森日記
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2004年07月29日(木) キャプテンお誕生日おめでとうございます〜!

 と、いうワケで、根性でカカイル原稿下書き終わらせて、ちょっとだけ泳いでみたりしました(笑)ちょっとアホ語りしたり…。遅くまでスイマセンでしたIさん!楽しかった…!!でもやっぱしアホみたいに語ってたのはアタシのような気がする…。

 あちらこちらでお祝いがされてて、ああーこれだけ多くの人に愛されてるキャプは、やっぱり凄いなぁ…と嬉しくなりました。いいなぁ、好きだなぁ…。

 当サイトは藤渋藤推奨ですが、渋沢さんと藤代は、自分の中では順位とかではないので、どっちファンとか言えないのが、ちょっと蝙蝠チックでアレなんですが。以前どっかで語ってたんですが(笑)、言うなら「藤代のことは強く好き」で「渋沢さんのことは深く好き」って感じでしょうか。好きの方向も色も種類も違うので、どうしても競べられないです。表紙とか藤代が今はやや多いですが、秋〜冬はキャプが増える予定(←…)だし。こ、今年何冊出す気だアタシ…。

 今日は渋沢キャプテンについてちょっとだけ〜っつっても、もうその魅力については語られまくっていると思うのですが(笑)アホですが。

 武蔵森関連でサッカーを語る時は、桐原監督が常識論、藤代辺りが意表を突いた意見を出して、渋沢さんはその両方を受け入れ、分析する、というのが常套でしょうか。桐原氏にはあまり無い(おっと)総合的視野の広さって、あの2人の方が持ってるんですよね〜。だからあの2人がする会話って、監督とかコーチがするべきものだし、将来的にはあの2人の見る方向が、チームの方向になると思います。けど実は渋沢と藤代の見てる方向も違うんですよねー。藤代のは深くて、渋沢のは限り無く広い。それはどっちがどうとかいうのじゃなくて、感覚的か、知覚的か、という種の違いなので、そのうち先にそれに気付くのはキャプなんでしょうなー。ちなみに藤代は感知はするけれど、それをほっておくので(笑)、あんまり意味は無いんですが、本人がそれに意味を見い出してないので、もはや論外です。何言ってんだろうアタシ…。つか、これは藤渋論(笑)
 
 渋沢さんは、桁外れに許容範囲が広くて、総合判断力も高いので、まるで全てのものを受け入れて自身も成長するブラックホールのようですが(どういう例えだ…)、本人もその先の危うさを見て取っているようなので、何だか気になってしまうです…。きっと、彼は強くて、何も見捨てられないから。切り捨てる強さとはまた違って、どこまでも受け入れる強さって、あれだ、菩薩様だ。(オーイ…)万人の業を受け入れる、正しい光。だから、誰も、その光でできた影を見ることができない。彼自身も、自分の影になってしまう存在には心を砕いてしまうけれども、自身の影には気付かない。自分の背中にある傷を見ることが出来無かった不死の英雄のように。

「…きかないのか?なぜオレがお前を憎むのか。なぜかわかるか?」
「…ああ。…だが、それは俺のせいじゃない」
「…そうさ、だからこそ、オレはお前を憎む」
その彼の影を理解してしまうからこそ出来る、自分の中の傷に気付かないし、否定してしまう。彼に対して自分が出来ることは、その影をも受け入れることだと思っているから。

 

 …って、まぁこれはまだ彼の人格が完成されてない時くらいの感じですかね。むしろ、切り捨てる強さでさえも持ってくれる人だと、アタシは思うのですが!相手のためだと思ったら、いっそ露も払うくらいアッサリと切り捨ててくださると思います。ああ、それもまた良いな…!!でも反面、自分の痛みには耐久力が有り過ぎる人なので、それが心配…。身体的にも、精神的にも。その痛みを逃がす作業でさえ彼1人で出来ると信奉するなら、彼はまさに神だし、誰かにそれを託すなら、それが代理人なのでしょう。そういう感じ。



 何か、バカなこと言いましたが、要するにキャプテンが好きだ、という話しでした。


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