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■ 手塚治虫のこと
物心ついたころ、すでに手塚治虫は人気のピークが過ぎていました。トキワ荘の弟子たちが次々と話題作を発表し、劇画が席巻し始め、手塚のスタイルそのものが古臭く感じられるようになっていった時代でした。それでも「ブラックジャック」や「アドルフに告ぐ」のような後世に残る名作を描き続けた力量には、敬服するばかりです。 しかし、1970年代の終わりに彗星の如く現れた大友克洋に対し遂に語る言葉を持ち得なかった(或いは語る決心がつかなかった)ところに、一時代の終焉を感じたように思っていました。
もう6、7年前になりますが、手塚治虫の少年時代を描いたTVドラマを観る機会がありました。 第二次大戦の始まる前、きな臭い軍靴の音がそろそろと忍び寄っていた頃。治虫少年の物語性に決定的な火を点けた様々な要素を、虚実取り混ぜ織り成した内容でした。 ドラマの最後で時間は一気に現代に飛び、画面に手塚治虫が臨終を迎えた病室のベッドが映し出されます。白いシーツに覆われたベッドの上に突如きらきらと光が溢れだすと、それは見る間に火の鳥に姿を変え病室の窓から飛翔していきます。そして彼の目に映るのは…阪神淡路大震災で瓦礫と化した街並みなのでした。
手塚が少年時代、夢見るように過ごした街。手塚治虫という稀有な作家を生み出した街。 あたしはこの映像を観ながら、人の一生と人の業績は別物なんだとはっきり思い知らされました。人気のピークを過ぎ押し寄せる新しい波のうねりに呑まれ心身ともに衰退してゆく、それが如何ほどのことか。大事なのはそんな表面上のことじゃない、無論繰り返し手塚治虫がリスペクトされることでもない。大事なのはいつでも誰でもが、新たなインスピレーションを得られるほどに奥深いテーマそのものなんだと。
どれだけ時が流れようとも色褪せない、人が人として生きていくための答え――それが手塚作品の中に確かに在るのです。
2004年04月11日(日)
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