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■ 山火事の島
昨日瀬戸内のある島に山火事が発生、折からの強風で延焼が拡大、避難家族が出たとのニュースが流れた。一時期その島に住んでいたので大変驚き早く鎮火するよう祈ると同時に、当時のことがありありと思い出された。
あたしの父は経営のエンジニアで関連会社との提携の他、業績が思わしくない場所に派遣され改善し建て直すのが主な仕事だった。そのため短いタームで全国あちこち異動を重ねた。島もそのひとつだったのである。
経営の中枢に入るためそれなりの地位と権利を与えられている余所者の父に対し、迎える出向先の幹部たちには当然いろいろな思惑があった。一筋縄でいかないことも度々だったし露骨な嫌がらせもあったらしい。うまくいけば送別会は上等になるが、父が見限れば幹部たちの首がすげ替えられることも――尤もそんなことを訊いたのは、父が引退してかなり経ってからである。
あたし自身、島での実生活は4ヶ月に満たない。学寮にいたので、長期の休みだけ帰島するからだ。ちょっとした買い物も船に乗らねばならない暮らしは遊び盛りの子供たちにはつらく、加えて閉鎖的な慣習は外から来た人間には馴染めないことが多かった。しばらくして父が単身赴任で残り、家族は実家のある東京へ戻ったのである。
その後どういった成り行きか「美術・芸術の島」という触れ込みで再開発が進み、今では美術館が建ち野外彫刻が並んでいるそうである。隣が産廃問題で揺れた豊島なので、イメージ回復に努めているのかもしれない。
もう二度と訪れることのない土地の数々。どれほど変わろうと、記憶の中のそれはあの時のままだ。
2004年01月14日(水)
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