視界ゼロのときは見たいものが見えない。 そんなときはあがく。 そんなときはじっと待つ。 そして視界がひらけたとき、そこには果たして見たかったものがあるのだろうか。 いや、見たいと願っているだけでは、それは見えないのかもしれない。 そもそも何を見たかったのだろうか。 目の前を遮るものがなくなったとき、そこには何もないのかもしれない。 目の前を遮るものがなくなったとき、そこから何かをはじめなければならないのかもしれない。 何かを創らねばならないのかもしれない 今、目の前をさえぎっていた靄が晴れていく。 心の中でそれを願っていた。 新しい世界を見るために。 でも、心のどこかでそれを怖れていた。 新しい世界を見たくないから。
現実に直面するのを避ける毎日。 雲のかかった月をながめ、 蕾のままの花を愛でる毎日。 それは麗しく耽美な毎日でした。 その風景も崩れ去る兆し。 雲が流れ去り、 蕾開き花咲く兆し。 それは美しく鮮やかな日々の始まりでした。
現実に直面したその日から、 頬を伝う涙を笑われ、 傷ついた足を切り落とされ、 見据えた眼を突かれ、 伸ばした手は何も触れない。 ただひとつ許されたことは笑うこと。 辛いことも、苦しいことにもただ笑うこと。
どんなに笑ってもその現実からは逃げられませんでした。 その現実は、その痛みは、その苦しみは、報いだから。 だから笑わなければなりませんでした。 あの遠くの国のことを?そこに住む人のことを? いいえ、自分のことを。何よりも愚かしい自分のことを。 笑わねばなりませんでした。
ある日、通りかかった人がこう言いました。 「君は幸せだ。笑うことだけでよいのだから。それだけでよいのだから。」 また別の人が言いました。 「そうだ。君には笑うことが許されている。それだけで十分ではないか。」 笑うこと。それが自分に許された唯一の行為。 ワラエレバジュウブンデハナイカ。 しかし1人の子どもがこう言ったのです。 「何で目を閉じているの?」
傷ついた足は両手に抱きかかえられていました。 つぶれたと思っていた眼は堅く閉じられていました。 流れた涙を笑っていたのは自分でした。 愚かな自分でした。
自分の目では自分は見えない。 だから人の目を気にする。 自分がどう見られているか。
私は、咲く花を踏みにじり、生きる虫を踏み潰し、歩くことができませんでした。 ただひたすらに歩いていくことができませんでした。 でも、それでも前へ進むことに決めました。 いつ第1歩を踏み出すかは分かりませんが、それでも進むことに決めました。
想うことの苦しさを その香りに感じたこと 分かりあえない辛さを その言葉で確かめたこと 待つことの虚しさを その手の温もりに知らされたこと 生きることの喜びを その笑顔が教えてくれたから
人の足ひっぱっても、忘れ物しても、おなかが減っても。
肩がこっても、お金がなくても、途中でつまづいても。
涙を流しても、笑いが止まらなくても、怒りに我を忘れても。
足引きずってでも、松葉杖ついてでも、這ってでも。
人を傷つけても、人に傷つけられても。
どんなに厳しい結果が待っていようとも。
前に進むことに決めました。
翼は見えないけれど、空を飛びに行くことに決めました。
切ない想いと叶わぬ願いを抱えて。
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