月のシズク
mamico



 「つねに、眠かった」

ここ最近、ずっと気になっているCMがある。
広末亮子ちゃんが出演している、LIFE CARDのCMだ。

岩井俊二監督を起用し、彼女の故郷である高知で撮影されたという。
CMは、「到着編」、「ドライブ編」、「故郷論編」、「桂浜編」の4本がある。
これが流れるたびに、軽い目眩のような不安感が、私の中に侵入してくる。

ストーリーは明確だ。
広末亮子が空港に到着し、出迎えてくれた友人といっしょに海沿いをドライブする。
懐かしい商店街や思い出の公園をめぐり、砂浜で友人とたわむれる。
嬉しい再会に、楽しいドライブ。彼女たちの会話にもそれは見て取れる。

なのにだ。このCMには、失ったものを取り戻せない哀しみが漂っている。
女の子たちがはしゃぐ姿も、笑い声も、薄曇りの海沿いの風景にも、湿度を持った
哀しみの要素が含まれている。それは、背後で流れる音楽のせいだとすぐに
気付いた。不安を誘い出すような和音と、半テンポ遅れるリズムの組み合わせ。

CMの最後に、車のハンドルを握る広末が、誰に云うでもなく、こう語る。
「なんだったんだろうね。忙しくてボケボケだったんだよ。つねに、眠かった」
彼女の声に感情はのっていない。あるのは、ある種の諦念だけだ。

車中の彼女たちの会話をよく聞くと、過去に、広末が友人たちに送った手紙の
話題が交わされる。「何も書いていなかった」「封筒だけで中身が空っぽだった」
などだ。つまり彼女は伝えたいメッセージを紙にしたためるという行為を放棄
し、コトバにできなかった何かを封筒に入れ、封をして、誰かに送ったのだ。

どこへも逃れられないのに、この現実世界(彼女の場合は芸能界)に留まって
いなければならない抑圧。眠りの世界に身をしずめたいのに、多忙がそれを阻止
する日常。彼女が送った何通もの「空の手紙」は、そんな現実から逃れたい、
声にできない叫びだったのだろう。誰かに伝えたくて、伝えられない叫び。

彼女の過去の苦しみを、あの不穏な音楽が代弁していたのかもしれない。

2003年05月26日(月)
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