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2003年05月17日(土) ■ |
教え育くむこと。 |
大学の助手になって2年ちょっと。 助手は、授業は持っていないから、本当の意味では教員ではないのかもしれない。 でも、実質上、学生に指導したり成績をつけることがある以上、 学生にとっては助手も教員だと思う。 ここのところ、学生一人一人に関わることが多くって、 こういう時に、いつも思うことがある。 教えるって難しいな、って。 叱るだけでもいけないし、優しければいいって訳でもない。 その比重は、それぞれの学生によって違うし、 教える内容によっても変わると思う。 教育ってなんだろう。 【教育】 他人に対して、意図的な働きかけを行うことによって、その人間を望ましい方向へ変化させること。広義には、人間形成に作用するすべての精神的影響をいう。その活動が行われる場により、家庭教育・学校教育・社会教育に大別される。 (「大辞林 第二版」より ) ふむ。 『意図的な働きかけを行う』ことによって、その人間を『望ましい方向』へ変化させる。 言葉にするとそうだなぁ・・・。 でも、人を変化させるって難しい。 まずは、変わろうって気にさせなきゃいけないし。 一方的に行うものじゃなくって、学生の反応を確認しながら教えないと身につかないと思うし。 看護師になるためにはね、ある一定の知識レベルを必要とされているし、 臨床に出たら、基礎知識から応用する力が必要とされる。 それに加えて実践力。 だから、教える方もある意味必死。 あれもこれも・・・となりがち。 でも、果たして学生は、どこまで身に付けているのか、 時々すごく不安になる。 あたしが教えてるのは1・2年生なんだけど、 他の領域の人から3・4年生の話を聞くと正直がっかりする。 あたしたちが教えたこと、ほとんど覚えてない学生が少なくない。 厳しかったということだけが残っているって感じ。 『望ましい方向に変化』してないってことですよねぇ。 あーぁ。 何がいけないんでしょうねぇ。 与えすぎなのかしら。 追いまくりすぎなのかしら。 あたしにとって「教育」とは、 『相手の思考を妨げないこと、求められたら迷わず与えること。』かな? まず、学生自身が考え、分からないことが何かを自分自身で知り、 それに対して知識を与える。 それが理想だなぁ・・・。 でも、それって、すごく忍耐がいるのよね。 学生の思考がまとまるまでじっと待つって、すごくエネルギーが要る。 一方的に教えて、テストして「何で理解できないのっ」って怒る方が楽かも(笑) あたし自身、教育に携わり3年目になって、最近なんだかいろいろ考えてしまう。 「教うるは学ぶの半ば」っていうけど、ほんとそうだなぁ。 今年、初めて後輩を迎えて改めて思うこと、 あたし自身も成長してきたんだなって。 仕事を教えながら、学生に教えながら、 あたし自身もいろんな事学んでるんだもんな。 教えられてるのも育まれてるのもあたしだったりして(笑) エンピツ↑投票ボタン 投票してくれると夢にお邪魔します(嘘) |