広島生まれ広島育ちのめいが書くなんちゃって広島弁日記(現在鳥取在住)
2006年02月26日(日) やくもで帰省 2日目
この日は日曜日にもかかわらず6時に起床。

・・・ちゅうのも
前日お義母さんに言われた日程は
午前7時
 お寺へ行ってお経を聞き和尚さんの話を聞く(約2時間)
午前11時
 旦那さまのおじいさんの二十五回忌とおばあさんの七回忌の法要
午後0時
 近くの食事処(その辺では)有名でお食事(約2時間)
だったけぇ、
「あと5分〜。」
なんて事が言えん状況。

何とか強制的に起きたものの
休みの日にしては早い起床時間の上に
前日結構遅い時間まで起きちょった事もあって
眠くて眠くてしょうがないうち。
『胃が寝ちょるわ・・・。』
と思いつつ、お義母さんの準備してくれた朝食を食べるうち。

朝食を食べた後、簡単ながら片付けを手伝い
スーツに着替え歩いて雨の降る中お寺に向かったんじゃ。

本堂で常連さんと共に読経とありがたいお話を聞く旦那さま一族。
その中で正座して一生懸命眠気と闘ううち(苦笑)
・・・とふと周囲を見ちょたら半分寝かけちょる旦那さまを発見。
『おい、長男!』
と思いよったら目が覚めたわ。
そがなこがながありながらお寺でのお勤めは終了。

ここから2時間は空き時間なんじゃけど、
昨日泊まらんかった近くの親戚が来るけぇ落ち着けん状況。
お茶やコーヒーを準備したり、出したりするんじゃけど
お初にお目にかかる人が多くて
『こちらはどなた?』
『こちらの方にお茶は出したっけ?』

1人で軽くパニックになるうち。
(知らん人が多すぎ(苦笑))

11時ちょうどにお坊さんが来て法要が始まったんじゃけど
まずは軽い世間話からはじまったんじゃ。
どうやらおじいちゃんの弟と同年代らしく
武勇伝をいろいろ知っちょるみたいで
過去の悪行をバラされそうになったところで話は終了。
お経をあげて貰った後、ありがたいお話を聞いたんじゃ。

その後、歩いて食事会の場所へ移動。
『これ位なら大丈夫かの?』
と飲んだ一口サイズグラスに入った食前酒で顔が真っ赤になり
周囲の人たちから「大丈夫?」と心配されるダメ嫁。
本人も顔が赤くなっちょるのは気付いちょったし、
『ちぃと気持ち悪いかも・・・。』
ちょっとピンチになりつつもウーロン茶を飲みながら
食事をちびちび食べてピンチを回避。
料理はぶち美味しくてデザートまでしっかり堪能。
(この辺では有名な旅館&料理屋らしい)

旦那さまの実家に戻ってきてゆっくりしたいとこなんじゃけど、
旦那さまと妹さんは翌日仕事じゃし、
弟さんは明日から卒業旅行らしくゆっくりしとれん状況。
うちもこの日は自分の実家に戻る予定じゃったけぇ
それに便乗せんとお義母さんにお世話にならんと港まで行けんけぇ
ゆっくりするわけにはいかんかったんよの。

「次の船はいつかの?」
と思うて調べてみたら相当頑張らんと間に合いそうに無い時間。
兄弟3人とうちは
『だったら、次の船でも・・・。』
と思うちょってそがに焦っちょらんのに
「早ぅせぇ〜!」
と1人焦るお義父さん。

急いで荷物詰めましたとも(苦笑)
かばんの中でスーツがグチャグチャだとちゅう事が
わかりつつもとりあえず体裁を整えて
弟さんの車に乗って旦那さまの実家を飛び出たんじゃ。
(・・・って書いたら家出みたい(笑))
食事会が終わって自分のお母さんを車で送りに行っていた
お義母さんと顔を合わせる事無く港へ向かう4人。
船には間に合いフェリーに乗ったところで眠ってしもうたんじゃ。

その後、広島駅まで送って貰い
旦那さまは新幹線→特急で鳥取へ。妹さんは新幹線で山口へ。
弟さんは車で山口へと戻って行ったんじゃ。
うちはうちの母が出掛けちょって
夜にならんと帰ってこん事は知っちょったけぇ
『余裕があったらウロウロするかの?』
なんて思いよったんじゃけど、眠くて仕方ないし
疲れ果ててしもうちょってそがな気力も無く
電車に乗って実家に直行したんじゃ。


母が帰って来てからいろんな事を話しつつ、
夕飯を食べたうちだったんじゃ。
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