思い出の散歩道
こお



 「偽善」=「初心」

前にも書いたことがある。
この世界でたった一つ、残して欲しいものがある。
辻ケアル。
どんな高レベルの人間であっても一度はされたことがあるだろうし、したこともあるだろう。
普通に道をいく人に、無言で体力を回復してあげる行為のことなのだがこれが、ヴァナではそれが毎日どこかで行われている。
まるで挨拶を交わすかのように…いや、リアルで挨拶を見知らぬ人と交わすことはない、だから挨拶以上に頻繁に行われている行為なのだ。
人によっては「偽善」というように捉えるかもしれない。
ただ私はそうは思わない。
それは自らの良心から生じた「自分」へのエールだと思うからだ。
昔の自分を相手に重ねて、頑張っているその人に昔自分がしてもらった誰かのケアルを返している。あのときの「自分」に、まだ頑張れるようにと…今の自分に繋がる、あのときのケアルをかけてあげている。
感謝されたいとか、そういう気持ちはさらさらない。
ただ自らの受けた「喜び」を、次なる人に受け継がせているのだ。
そして、「昔の自分」から「今の自分」にお辞儀、そしてたった一言の「ありがとう」という素直な気持ちを受け取る。
……心から感謝される。
……心から感謝していたあの日。
いつか自分も辻ケアルをするんだって思ったあの日のこと、今だって鮮明に覚えている。
あのまだ駆け出しの、右も左も分からなかった自分に飛んできたケアル。
そして自分がしたケアル。
きっと同じものだ。
……確かに最初は誰かの「偽善」から生まれたものだったのかもしれない。
でも、その「偽善」はいつのころからか、私とって「初心」を思い出す行為となっていた。
あなたがもしも冒険に疲れたら、ぜひぼーっと昔通ったエリアに足を運んで欲しい。
そこにはあのときのあなたと同じ、前を見ることしか知らない……いや、どこが前だかも分かってない人たちがいる。
たった一つの辻ケアルでいい、彼らを導いて欲しい。
去っていった仲間たちの残していった「気持ち」を彼らにも語り継いで欲しいんだ。
言葉じゃない、私達の心を絶やさないで欲しい。
多分、いつか私の発した言葉は世界の喧騒に消えていくだろう。
でも、私の辻ケアルは世界のどこかで誰かに受け継がれていく。
どうか旅に出てくれ。
旅に出て、世界中に咲き続ける希望に、私達のつちかってきたものを伝えていってほしい、そして去ったものを嘆く君の心にも新たな躍動を芽生えさせて欲しい。
私がもしも戻ってきたとき世界に辻ケアルがあふれていることを願って。
そして、私がまた誰かに「ありがとう」と言える日を用意しておいて欲しい。
信じてる。

花はね、枯れたからと言って嘆いてばかりいちゃダメなんだよ…種を植えてあげないとさ^^

2004年02月09日(月)
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