朝、眼が醒めて窓を開けて、庭の芝生は一面が白い絵具を撒き散らしたような――どちらかと言えば消火器を使用した跡のような、薄く、未だ緑と少し茶色の草の絨毯の上に雪がふわりと被さっている。午後になると其れも消えて、日蔭になっていたところだけは残っていて、朽葉の生命力にも負けじとしている。灰色の空だけが、北国の冬の始まりを告げる。
太陽が沈んでしまう時刻が早くなるにつれて、昼間の太陽の高さが低くなるにつれて、冬は例年通りに厳しくて、長くて、寒くて、白くて、温暖化とか異常気象とか叫ばれていても数値で其れが確認出来ても体感するのは難しく、結局は北国の冬は冬であることに違いは無い。雪と氷と、大地は白く空は灰色で、影は淡暗青で、闇は深く黒い。冬の終わりの先に待つ春でさえ、其れは確かに待ち遠しいけれど、実際に眼で見るのは何よりも早く手軽に情報伝達されるブラウン管の先にあるテレヴィだったりする。雪の目深な睦月や如月、冬の最中に、梅が咲きましたという便りが届く。北国の梅は皐月だよ、桜と並んで咲くの。……季節感も時間の感覚も、ずれている。日の出の時刻も日の入りの時刻も、太陽の高さも、気温も、湿度も、私の眼で見る世界とディスプレイの向こうの世界とは異なっている。
兄貴様が五ヶ月間の療養を終えて房総半島にある県に転勤になって、兄貴様は如何か知らないけれど私は 今までの 生活を取り戻しつつある。私の、大学生活。本来居る筈の無い人間が同じ家で食住を共にするということが私にどれだけの負担を課していたのか――今となってはもう解らない。只、気が楽になったのかしらと朧に考えるだけ。当時頭で考えていたことと、思考とは切り離された精神状態とは、全く別次元だった。他者の影響は受けまい――そう意識したところで、私は自分が如何に弱い人間であったかを思い知らされるだけ。 強くなりたいと願う気持ちは今でも何一つ変わらない。 一番星が寂しげに輝いている夕刻のオレンジ色と白い空から藍色の空へと移りゆく時間帯、都会の空は幾等待っても天の川が見えるわけではなく、一番星は何時までも孤独なのかも知れなかった。天は平面上に星を見ているだけで、実際には隣接する星と何百光年離れているか知れないのだから。矢張り、星は何処までも孤独なのだ、きっと。
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