長い長い螺旋階段を何時までも何処までも上り続ける
一瞬の眩暈が光を拡散させて、現実を拡散させて、其れから?

私は、ただ綴るだけ。
音符の無い五線譜は、之から奏でられるかも知れない旋律か、薄れた記憶の律動か。








2004年11月23日(火) 捕食

 今日は独検の試験日で――殆ど勉強していなかったので単語の一つ一つは解らないものばかりだったのだけれど、不思議なことに長文は読めるのだから奇妙。回答を選択することも、一応出来るのよね。意味は解らないけれど此処には過去完了しか入れようが無い、とか、其のように。――之だから、受かっているか落ちているかの判断もし難い。結果は、多分二ヵ月後くらい。

 試験は北国で一番大きい(と思われる)大学の、高等技能開発センターなる施設、の、横に在る古ぼけた(捨てられた?)校舎の一階で行われた。歴史有る大学だけに、朽ち果てた校舎は新築の建造物の陰にひっそりと建った侭に残されていた様子。広い敷地の、北の一角。今年上陸した台風の影響で有名な並木道はボロボロになった癖、此の古びた校舎はどれ程軋んだのか知らないけれど倒壊はしなかったらしい。今にも崩れそうな、其のくらい古い建物。
 メインストリートから横に逸れた細い道を通り、更に曲がって小道へ。其の奥に、此の古い校舎は在った。冬へ向かう曇り空の、下の、朽葉が溜まる土の上。

 ――厭なものを見た。

 其れは、何気無い一瞬の出来事で、或る意味では自然の摂理其の侭を切り取ったような情景で、あまりに自然で、決して過激ではなく、静かで、残酷だった。

 鴉が鳩を喰い殺す瞬間を、私は初めて見た。

 厭と言うには、あまりに不自然さが無さ過ぎた。朽葉で戯れる白い鳩の横に降り立った黒い鴉が、徐に鳩へと近付いて行き、鳩の喉許に嘴を刺した。須臾、白い羽が朽葉同様大地に散った。何が起こったのか理解するのに数秒を要しただろう――私は、然し脚を止める事無く、鳩が羽を散らしながら足掻く姿を横目に、試験会場の扉を押した。
 私が――鴉が鳩を襲ったのだと理解した瞬間に走り込んで鴉を追い払ったら、鳩の命は助かっただろうか。傲慢だ、と、思う。咽喉を一突きだった、だから幾等走っても鳩は何れ命を落としただろう。其れでも大学内には獣医学部も在ったわけで、若しかしたら一命取り留めたかも知れない。
 都心部だから、鴉は餌には困っていない筈なのに。人間の残飯など、荒らしてまで食べる価値は無いと、考えているのだろうか。そうだとしたら、何と、気高いのだろう。そうだとしたら、此の土地の鴉は、何時か人間を容赦無く襲うようになるだろう。

 試験を終えて、灰色の空の、下の、落葉が群れる土の上。まるで埋葬される直前、横たえられているかのように、木の根元に横たわる白い塊。鳩の、屍骸。地面は、白い羽が之異常無いほどに散乱し、白い色彩だけが辺りを埋め尽くしていた。後一ヶ月後だったら、雪と区別がつかなかったかも知れない。其のくらい、綺麗な白。排気ガスで汚れる都心部の雪なんかよりずっと鮮やかな白だったかも知れない。不思議な事は一つあって――赤い色彩は、何処にも見当たらなかった。土に、葉に、埋もれていたのかも知れなかった。唯、私の眼に赤は映らなかった。其のくらい白の印象が強かったのかも知れない。或いは――鳩の屍骸は、喰い荒らされた様子は無かった、だから、鴉は鳩を殺しただけかも知れない、つまり、捕食したのではなく。だから傷口は喉許だけで――其処から流れる血量は、高が知れたものだったのかも知れない。鳩の許に寄らなかった私には、もう、解らない。

 真白な鳩を殺した黒い鴉は、何処へ行ったのだろう。満足、したのだろうか。










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