またまた、お金、と自立の話 - 2004年03月15日(月) 気温が暖かだったのと、夜の家庭教師を休んだおかげで、身体がその分楽になった。 母は風邪を治して頭を冷やして考えろと言う。 でも考えたところでどうしたら良いのさ? 自分の意志で大学にまた入ったんでしょ、と言われるとその通りでぐうの音もでない。でも目標があればなんて言う理想論だけでは人は生きていけない。 必要になれば援助するわよ、という母の言葉は私には額面通り受け取れない。結局ギリギリまで援助したくないだけじゃない、と。 だから怖くて私は働くことを辞められない。スケールは全然違うけれど、会社員の友人がかつて、「わたし仕事辞めたらもう翌月から食べていけなくなるもん、だから辞められないよ−」って、他のやめた子を前にしてだか、やめた子の話題の後だかに言っていたけど、その心境はよく分かる。 わたしの場合、「貯金があるからいいさ!」とばかりに仕事を辞めたり転職もどきをしたりした挙げ句、派手な立ち回り(でもないが)よろしくまた学生をしている訳だが、その貯金も受験勉強中やら大学2年間やらでどんどん目減りして行って(ほんと、既習得単位を認めてくれて暇な教養課程だったら、バイトしまくってたと思う。それもバイトッていうより、派遣でかっちりはたらいてたんじゃないかなあ)、今は単純計算して月4万ずつ崩して行ったら卒業までになくなる計算だ。こりゃあ、教科書を月々しっかり買ってればなくなるじゃないですかなどと思うにつけ、友人同様、怖くてわたしは走ることを辞められない(同等に語れないが)。 まさいてや母は先月、母自身の精神状態が張り子の虎状態の時だったので仕方ないとも思うのだが、資格をつけて働けというのと同時に養ってもらえばいい(学生の間と言う意味?なんだろうか。発言の辻褄を合せようとすれば)とものされ、わたしはなんとも言えないキレかけ圧迫された気持になった。実際それが一番(賢い方法)なのかもしれないし、ケセラセラ、なんとかなるさ、ッて思ってれば気になりさえしないことかもしれないが、なんだかわたしはプつッと来たのである。 と騒いで書き立ててみたところで、果たしてわたしが意固地になっていた自立というのが何のことやら、精神的に大人なのかすら曖昧で(さすがに自分のことを「お子さま」とは言わなくなったが)、自立、そして自律できているのか疑わしい。 というほど肩に力を入れるものではないのかもしれないが、夢を実現しようと頑張っていた友人がある日ふっと「疲れたなぁと思ったら言って下さい」と家庭に入った気持や、別の友人が同じく「生活に疲れた」と結婚し、そのあと自嘲なのかあっけらかんとしているのか分からないが、表面上はあっけらかんとした口ぶりで「家庭内援交だよ」とのたまう気持も分かる(気が)するのである。 しかしまぁ、この国では大学生は親に庇護されてしかるべきと見なされてるんだねぇ、なんだか窮屈なことよ。 -
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