Wakako's Diary 道すがら記

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ノートテイク - 2003年09月30日(火)

今日は、明日からの後期が始まるのに備え、聴覚障害のある同級生を全学年挙げて理解につとめ、受け入れ体制を整えられるよう、レクチャーと質疑応答の時間がもたれた。

分っているつもりだったが、機能的な面について知らないことが多く、非常に勉強になった。

講議の提供の仕方そのものも、彼女が唇を読んでいるのに暗くしてスライドを用いてしまって唇が見えなくなるなど、問題が多々あったようだ。

そのあと、ノートテイクを補助するモニターのセットなどを2時間くらいかけてああだこうだいいながら皆で行なった。
人体構造学は、ノートテイクを担当させて頂くので、身が引き締まる。

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帰宅後、たまたま前の大学時代からの聴覚障害のある友人と話す機会があった。

資料を見せて、今日はこんなことをした、と話したところ、資料を見て友人が、「私もkちゃんと同じくらいの聴音だよ。親近感を覚える」と言った。補聴器や人口内耳がない場合、kちゃんはジェット機の音が聞こえるくらいの聴音だと今日初めて知った。それも衝撃だったのだが(ただ、聴音のテストで、補聴器だけの時は10%しか聴こえておらず、人口内耳の手術後は60%に上がって来ている、とkちゃんが嬉しそうに報告してくれ、また会話も格段に楽になったことが感じられていたので、それまでがいかに聞き取りが困難だったかその時点である程度想像してはいた)、友人はそこそこ一対一では聞こえてるんじゃないかと思っていたので、友人もジェット機の音が聞こえるくらいなんだ、とかなり衝撃を受けた。彼女とは10年以上付き合いがあるけれど、果たしてその聞こえに関してきちんと理解していたのだろうか。極めて不十分であった。はっきりゆっくり話す以外に工夫していただろうか?

また、資料の中に、聴覚障害のある医療者の会の案内もあり、メンバーが27人いるとのこと。うち薬剤師が10人、看護師が8人である。

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分った気になっていたこと、想像以上に困難が多々あること、
しかし、日常生活を送ることこそが社会参加であること。

今日の一連の出来事は、今も興奮の波となって、私をゆさぶっている。

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なお、今日のレクチャーは、

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030930-00000026-kyt-l25

に詳しい。

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(以下に転写しておく)

難聴学生を全学挙げ支援 滋賀医科大、文字映写や代筆など

大学から支援を受けることが決まり、復学へ意欲を見せる竹澤さん(大津市・滋賀医科大)  聴覚障害者らに医師への門戸を開いた医師法改正に伴って滋賀医科大(大津市)に入学した重度難聴の学生に対し、同大学は後期の10月1日から全学的な支援態勢をスタートさせる。 講義内容を文字で伝えるシステムを導入するほか、本人に代わって講義ノートを取る同級生のサークルも発足させた。前例のない取り組みで「障害者の気持ちの分かる医師を育てることにもつながる」(馬場忠雄副学長)としている。
 学生は、同大学医学科2年の竹澤公美子さん(20)=同一里山2丁目=。幼少時に重度の難聴となった竹澤さんは「自分が聞こえなくなった理由を知り、治療法を見つけたい」と医師を志した。高校3年の時、医師の欠格条項から聴覚障害者を除外する医師法改正が確実となり、2001年の春に同大学を受験、合格した。
 1年生の時は教授の唇の動きを読んで講義内容を理解していたが、2年生の専門課程に入ると講義についていけなくなった。難しい専門用語が増えたうえ、解剖実習では教授がマスクをするため口元が見えなくなり、後期は単位が取れず留年した。このため竹澤さんは今年前期を休学し、7月に人工内耳を移植する手術を受けた。
 竹澤さんの留年を受け、大学側も支援に乗り出すことにした。予習資料を事前に竹澤さんに配布し、講義内容を事前に文字情報化して教室のスクリーンに映し出すよう全教授に指示。また、学生15人による支援サークルも発足させた。
 全日本ろうあ連盟(本部・東京都)によると、大学医学部で学ぶ聴覚障害者は現在、竹澤さんを含め全国に2人だけ。竹澤さんは「今後、障害のある生徒が入学した時のためにも、大学の支援はありがたい」と話している。(京都新聞)



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