研修要綱 / 研究室で泣いた日。/ 大人のレジャー / お洗濯。 - 2003年06月19日(木) 昨日、滋賀医大の研修の要項が発表された。 http://www.shiga-med.ac.jp/~kensyu/ 早速見たところ、 定員は48名、前にも友人から聞いていたとおり、 「滋賀医科大学を希望した研修医が定員枠から越えた場合には、 責任を持って良い臨床研修病院を紹介させて いただきます!さらに、卒後3年以降の後期研修にも対応させていただきます。 」 なんだそうだ。 この「いただきます!」というびっくりマークに、 新設単科医大の哀しさ、いや面倒見のよさを感じた(笑)。 ++ 今日は、初めてラットの飼育ケージの床替えなることをした。 要領を得ないのとずぼらなのがあいまって、おまけに元気なラットは逃げようとするし、存外てこずり、時間がかかった。 ++ 中華料理のチェーン店、王将の日替わりランチは、先日は卵入り野菜炒め、大き目のから揚げ二個、冷奴、ご飯、味噌汁、漬物だった。これで500円。生協の学食で同じだけ食べてももっとするだろうなぁ。元は取れているんだろうか?いや、きっと店舗全体では取れているに違いない。多分。 ++ このところ、一旦就寝したあと、午前の3時ごろに目がさめる日が続いている。なんとなく人気があるような気がしたり、変な夢を見て怖くなったりして目がさめるのである。しばらくは寝付けないので、おきているが、やはり眠たくてまた眠る。しかし、その分、朝、しゃんとしないまま起きている。今日もなんだかまぶたが開きにくい。1階に住んでいるのが悪いのかなぁ? しかし、単に愛想の悪い人になってしまわないよう、表情を作る練習をしよう。。 ちなみに、昨日寝る前に読んでいた女性誌に、輝く表情を作る練習の仕方や、言葉の磨き方が書いてあった。参考にしてみよう。 それは共感能力を高める特集の中の記事で、そこには共感度を測る簡単なテストもついていた。それによれば、私は12点満点中10点で、「クラブのママ並」で、「お金を払ってでも話を聞いてほしいファンがいるかも?」とあった。う〜ん、幸か不幸か、現在そういうファンはいない(思い出せば、かつての文学部の大学院時代には、長電話という名で、そういう友人達の相手をなんとなくだらだらしていたものだ)。また、そういうファンが私的にほしいとも思わない。 唯一得点できなかった項目が(といっても、項目は全部で6つしかないのだが)、他人に関する愚痴を言われたときの反応。そういうのは、一緒にその人のことを「ひどいねぇ」などと受け止めると、自分も一緒に悪口を言っていることになってしまうのだという。なので、「ふうん」などと聞き流し、「人間関係は難しいねぇ」などと一般論で流すのがよいのだそうな。 ++ 子どもっぽい話。 春先以来、「実験をする(そして結果が出れば論文を書く!)」ということを張り合いにやってきたが、このところ、諸般の事情で実験は停滞している。昨日、「そういう時期もありますよぉ」と他のメンバーに言われて気が楽になったが、張り合いが持ちにくいことで、疲れたとき、ふっと糸が切れることがあった。 このところ、2ヶ月ほど、穏やかな日々を続けてきたが、とある日、「今日も研究室に行っても無駄ではないか」とふとおもった(これがクラブ活動や出席を取らない授業ならば、即刻その時点でサボっているところである)。しかし、そうもいかないので、電車に乗ったのだが、何かしらとても哀しくなって、涙が流れ出した。突然の雨降りは、久々だ。 直ぐに気分は落ち着き、そして、切片の染色に取り掛かった。 しかし、また雨降りはやってきた。 白状すると、時々私は人と話すのがめんどくさくなることがある(話し出して調子に乗ればたいしたことはないのだが、腰が重たくなる、とでも言おうか)。 そんなときに、予期せず、顔見知りたちを大量に見、そのあと、机の前で、ぽろぽろ泣いた。鼻をかんで、ゴミ箱にティッシュをいっぱい放り込んだ。 要素はいくつかある。 マイペースで平和で楽チンな日々とは思っていても、張り合いが少ないこと。 (結構大問題) 疲れていたこと(確かに、私の生活は、さして疲れを呼ぶようなものではないのですが、この季節のすっきりしない天候、張り合いのなさ、そういったものがあいまって疲れを呼ぶ。にんにくエキスでも毎摂った方がいいのかな?)。 あと、私自身の気持ちの裏返しでもあるのだが、留年したという点で、人と接するので厄介な面があること。 三つのタイプの人がおり、まったく変わらず接してくれる人。これが一番私の接しやすいし、楽。 次に、気遣ってくれる人。嬉しいけど、同時に、時々、こっちが気を遣わせすぎているんじゃないかと申し訳なくなることもある。 最後に、(友人いわく、気を遣ってそうなるのでは、といっていたが)避けているように感じられる人。まぁ、こっちが「感じて」いるだけだし、そういうタイプの人とは、留年の有無と関係なくスムーズに付き合えるわけでもなかろうから(それに、私自身ぼこぼこでできた人間ではないから、留年したから、というのが理由でもないだろうし)、まぁいいですかね。 なお、医学部に入りなおす前からの友人達は、当然医学部での進級がどうのという価値観に関与しないから、まったく変わらずに接している(そもそも、私が医学部に入りなおすだのいう時点で、路線をジグザグしているわけで、その医学部の中での進級云々は付随的な意味しか持たないのである)。 ああ、なんか子どもぽい分類だ。 あと、カテゴリー外には、もともと疎遠な人というのがあるのだが(苦笑)。 たまたま語学の非常勤講師の先生とかえりみちご一緒した時、留年したんですよ、といったら、実はその先生も二年から三年に上がるとき留年したという。クラス単位で授業もあるし、必修科目も多いし、単科の外国語大学の状況は、医学部ほどではないが、クラスが意味を持っていたらしい(また、単位認定が厳しいので、毎年一割くらいは留年していたらしい)。 先生は、留年したことで、そのうち前の学年の友達とはなんとなく話が合わなくなるし、新しい学年に対しては、すでに人間関係が出来上がっているところに入るわけだし、というわけで、留年を機に、友達づきあいは余しなくなり、勉強に没頭するようになったという。だから、今の自分がある、とおっしゃっていた。 まぁ、前行っていた総合大学と、医学部では留年の色合いが違うからなぁ。 医学部はどこか護送船団方式。 普通の学部だと、全科目必修と言うことは専門化亭においてもないので、余分に単位を登録しておき、その中から数をそろえれば良い。また、ゆえに、全員同じ時間割りと言うこともない。就職活動のためにもう一年費やすだの、大学院に落ちただの、留学していただの、クラブ活動やその他の活動に打ち込んでいただの(あと、大学院になるととても多いのだが、満足する論文がかけていないという自主的な留年など)、留年はさほど珍しくない。 幸い(?)、私はすでに他の世界を知っているわけで、唯一ここが私の世界というわけではないが、留年がひとつのチャンスにはなりえるということである。 まぁ、誰とでもうまくやらなきゃ、って、それこそ真面目に思う必要はないのだろう。 なんかね、相変わらず不器用だな。 人間関係について洗練されてないし、諦めも悪い。 幸い、このところ、気分を翌日まで持ち越すことはない。まず眠って回復すること。それが今は一番の良薬のようだ。 ++ (大人のレジャー)大桃美代子 生稲昨日の -
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