日経(H20.3.28)社会面に、東京地検が、裁判員制度になると精神鑑定の重要性が増すことから、精神鑑定専門の担当検事を配置するという記事が載っていた。
同じ社会面では、渋谷の夫殺害事件で、被告人は心神喪失であったとする鑑定に対し、検察官が再鑑定を請求していたが、東京地裁は再鑑定を認めなかったと報じていた。
同じく社会面には、茨城の8人殺傷事件で、容疑者は最初の殺人について「反省していない。悪いとも思っていない。」と供述しているという記事が載っており、いずれは精神鑑定が問題になるだろう。
何だか精神鑑定に関わる記事が増えている気がする。
このように精神鑑定が問題になるのは、刑法39条に「心神喪失者の行為は罰しない。」「心神耗弱者の行為は刑を減軽する。」と規定があるからだが、その背景には近代刑法理論がある。
つまり、人は自由な意思決定が可能であり、それにもかかわらず違法行為を犯したことに責任の根拠があるから、自由な意思決定が可能でない者(責任無能力者)には責任を問うことができないという考え方が基礎にある(通説)。
しかし、現実の法律において刑法理論を一貫させる必要性はないはずである。
違法な行為をしたのにまったく刑事責任が問われないということは、健全な市民感情に反するのではないだろうか。
もちろん、感情だけを重視することは問題であるが、生じた結果をも考慮して責任を定めることは可能であろう。
すなわち、「心神喪失者の行為は、(無罪ではなく)刑を減軽する」「心神耗弱者の行為は、(必要的減軽ではなく)刑を減軽することができる」と法改正してはどうかと思うのだが・・。
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