ちょうちょうの気持ち
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この行事はずっと続ける、と去年の挨拶で町長がおっしゃって いたので安心していたけれど、やはり財政は厳しいらしく、 開催はするけどセレモニー部分を全てカットするらしい。 だけど、そうしたらフェスティバルじゃなくなるんじゃないのぉぉ? と思うんだけど。いかがなものか。 生涯ROMすると決めていた中川町のMLに清水の舞台から飛び 降りるような気持ちで先週投稿したけど、すっかりうっちゃら れてるんでこっちに転載いたしまつ。
短歌同好会の会報で知ったのですが、短歌フェスティバルが 今年は大幅に縮小されるというか、ほとんどあってもなくても いいものになるそうで、驚いています。 せっかく昨年記念講演をして下さった宮地先生が『短歌研究』 誌上でご自身の連作のタイトルに中川町の名を冠して、 短歌フェスティバルと中川町の宣伝に一役かって下さったという のに、残念でなりません。ていうか、表彰式も吟行会もレセプション も歌会もなーーんにもないってことは作品を募集して賞をくっつける だけってことですよね?そんなの、やる意味があるんでしょうか? そこまでするならいっそやめたほうが潔いのではないかと 思うのですが、選者の先生方はどう思われているのでしょうね? 生田原町のオホーツク文学館の短歌・俳句賞もやはり町村合併 になってしまうと今までのような形で開催することは難しいという ことで、今年は豪華にやるというウワサです。非常に人気のある 先生を講師にお招きしているとか。 そこまでしろとは言いませんが、せっかく知名度の上がってきた 催しをこんな、鮭の中骨だけを立派なお皿に乗せて出した・・・ みたいな形にはして欲しくありません。 町村合併してしまったら中川だけこんな催しを続けるわけには いかない・・・というのではなくて、合併することによって、他の町に とっても斉藤茂吉という財産が増えるのだ、というふうには考え られないのでしょうか。(もちろん、他町村の催しも) 経費をかけない方法はあると思います。作品集を有料にして希望 者だけに配布する(生田原町はそうです)とか、レセプションを エコミュージアムの食堂で行うとか、各賞の副賞をもっと簡素化 するとか・・・・。 あくまでも「短歌フェスティバル」という名前のものを続行するなら 表彰式や記念講演、交流歌会などのセレモニーは欠かせないの ではないでしょうか。 それが出来ないならいっそすっぱり止めるべきだと思います。 あくまでも私の個人的な意見ではございますけど。
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