山ちゃんの仕方がねえさ闘病記
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2012年10月06日(土) 父のこと(1)

 今年85歳になった父は、現在入院中である。8月の初めに熱を出したらベッドわきで転んだまま立ち上がれず動けなくなった。それからかかりつけの医院に入院している。そろそろリハビリ施設のある病院へ転院予定である。もともと脳卒中の後遺症で右半身不随だったので、元に機能回復できるのかかなり心配なところだ。

 父が脳卒中に倒れたのは私が小学校3年生の冬、正月が明けたばかりの頃だ。父が役場の宿直の夜、子どもの火遊びによる火災が発生した。電話連絡を受けた父は役場のサイレンを鳴らした。心配をした我が家では、当時高校生の兄が状況の確認に役場の父のもとに向かった。(その当時自宅に電話はなかった。)戻ってきた兄は火災より重大な報告を持ってきた。父の様子がおかしいというのだ。
「右腕が上がらなくなった。」
 私たちが駆け付けた時には父は既に布団に横になっていて、話すこともできなくなっていた。脳卒中の症状が出て既に右半身不随の状態になりつつあった。
 当時卒中の患者は絶対安静で動かすなというのが常識であった。父は役場の宿直室でかかりつけの医師の往診を受けた後、2週間ほどしてから救急車で市民病院へ搬送された。ここから長い長い闘病生活が始まった。この時父は39歳と10カ月、「不惑」の年直前であった。

 巷ではいろんな噂が飛び交った。
・「ヤマ」は酒が好きで飲み過ぎてこうなった。
父の名誉のために言っておくが、父は極めて几帳面な性格で、確かに酒は飲める口だったが決して飲まれるようなことはなく、父の宿直の夜に集まる仲間たちとのお付き合いのために飲んでいたのである。

 さらに退院後リハビリのために神社の森の中を散歩している父を見て、影から
「おい、おい、見ろ、見ろ。あいつは酒が好きで飲み過ぎであんなになったのだ。」
と元の仲間内に言っている人がいたそうだ。その人物は私も父と同様に尊敬していた人だっただけに、その話を聞いた時はとてもショックを受けた。

 それでも父は摂生をしながら85歳の現在まで生き延びた。途中父を見下した人たちは父より先に次々と鬼籍に入られた。うちの周りには父の年代の男性は全くいなくなってしまった。


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