山ちゃんの仕方がねえさ闘病記
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2012年05月11日(金) 「漁師の魂宿る模型船」作る人

火曜日の日経の文化面に、「漁師のたましい宿る模型船」と題したエッセイが掲載されていた。Facebookに記事を紹介しようと思ったら、共有できないようなので、やむを得ず日記にここに書いてみたい。

書いた人は菅原武志さんという八戸市在住の元船員というか、元漁師、元造船会社勤務で、ずっと船にかかわってきた人だ。趣味で模型船を作っていたが、けがのために造船所を辞め、漁船の模型作りに転身したのだそうだ。

造船も手掛け漁師でもあったので、船のことなら細部にわたるまでイメージできるそうだ。このたびの大震災の津波をきっかけに、失われた船の模型を注文する人が増え、大忙しなんだそうだ。

数週間前にNHKの地域版の放送で紹介されたこともあって、知れ渡ったのではないだろうか。それに今回の日経の記事は全国版だから、震災にかかわらず注文が増えるに違いない。菅原さんにはぜひとも頑張っていただきたい。

 AMAZONで三蔵法師に関する書籍を検索していたら、こんな古い本が安値で出ていた。いつのものかと見ると、
・昭和27年(1952年)第1刷発行
・昭和33年(1958年)第12刷発行
岩波新書であるがオビがしっかり残っていて、それには定価が「¥100」とゴシック体で印刷されていた。また、漢字は旧字体で、まるで台湾か香港で用いられている繁体字を見ているようである。例えば、
史実→史實、発行→發行、精励→精勵、礼拝→禮拝
といった具合である。

 玄奘は帰国して間もなく、その旅行中の見聞を詳しく書いた「大塔西域記」を著した。それをもとに弟子の慧立が玄奘没後に「大慈恩寺三蔵法師傳」を編んでおり、そのうちの前半部分の現代語訳が講談社学術文庫から出ている。既にこれは読んでいるので、今回の書はこれとの比較になる。

 慧立版は非常に詳細で注釈も多く原本に忠実なのであろうが、国名や人名が頻出し煩雑で大変読みづらい印象をもった。こちら前嶋氏の書は口語的で、サブタイトルに「史實西遊記」としているように、物語風に書きすすめられており、旧漢字を除けば楽しく読むことができた。慧立のよりもずっと読み易かった。現代の漢字遣いにすれば十分に今の若い人たちにも読んでもらえると思う。

 読み終えてみると、玄奘という人の意志の強さに改めて感動した。かつてこんなにも意志が強く、行動的で頭脳明晰な人が存在したということに驚く。

 本書には中国の概念図1ページ分のほか、インドにおける玄奘の行程図が折りたたみで1枚あるだけだ。紀行文の要素が強いだけに、地図がないのが今一つ物足りなかった。


 「中国五千年の歴史」といわれるように、中国は長い歴史を持っているが、その中で最後の王朝といわれる「清朝」にのみスポットを当てた本である。女真族である満洲族の一小国が、あの大きな中華世界をのみこんだだけでなく、イスラムの世界をも取り込み、それまでの中国では最大の版図を築く。このときすでに満洲族、モンゴル族、漢族、チベット族、ウイグル族の五族による中国が形成される。いわゆる「五族協和」の原型ともいえる。

 中国においてはマイノリティといえる満洲族が政権を担うわけだから、他民族の扱いには大変な苦心をしたようだ。その一つの表れが「合璧文字」といわれる、一つの言葉に対して複数の異なる種類の文字を用いて表す方式だ。つまり避暑山荘正門の額などは、モンゴル、ウイグル、漢、チベット、満の五体合璧となっている。そうは言いながら、満洲族の習慣である辮髪を強制し、強い反発にあうと即座に撤回してみたり、中国の大半を占める漢族には受け入れがたい施策もあったようだ。

 清朝の歴代皇帝の中でも、第4代康熙帝、第5代雍正帝、第6代乾隆帝の時代が最も清朝が輝きを放った時代だと言われる。歴史的にも重要な事柄が集中しているようだ。西太后や溥儀らの事件も清朝の歴史全体を通してみればほんのちょっとしたことなのかもしれない。

 本書は前半のほとんどを女真(満洲)族が満洲の地で建国し、後に北京に進出し「清」として中国全土を支配するに至った清国の成立過程に費やしている。だから中国にいきなり満洲族の国家が誕生したわけではないことが納得できる。西太后のことなどはほとんど触れていないが、私はこれで満足できる。

 ただ、地図や年表がとても貧弱なため、別に資料を用意せざるを得ないので、これはもう少し配慮がほしかったところである。


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