山ちゃんの仕方がねえさ闘病記
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2011年06月08日(水) 救急隊員との伝言ゲーム

大震災があってからまもなく3ヶ月が経とうとしている。亡くなられた方々のご冥福をお祈りすると共に、いまだ行方のわからない方々が早急に発見されますことを願って止みません。また、依然避難生活を余儀なくされている方々にも、なるべく早く元の生活に戻れるようお祈りします。

これまでなるべく震災のことは考えたくないと思ってきたが、最近、過去の地震の時のことをよく思い出すようになった。地震常襲地帯に住んでいるため、ガキの頃から何度も地震被害に遭遇してきた。その記憶はなかなか鮮烈だ。

我々の八戸地域は度々大きな地震や津波の被害に遭っている。自分の記憶にあるだけでも
 昭和36年 チリ地震津波
 昭和43年 十勝沖地震
 平成6年  三陸はるか沖地震
 平成23年 東日本大震災

このうち平成6年の三陸はるか沖地震は、直後に発生した阪神淡路大震災の衝撃と、「はるか沖」なんていうのんびりしたネーミングのせいでか、世間からは無視されるがごとく忘れ去られてしまった。

そのはるか沖地震の数年前ではなかったかと思う。当時庁舎の3階にあった道路建設課長はT田氏であった。

その年の仕事納めの式が終わって、職場での懇親会がそれぞれの課で行われた。だいぶ盛り上がってきた頃、その事件は起きた。(奇しくも平成6年の三陸はるか沖地震は仕事納めの日に発生した。だから夜中に集合した職員はほとんどが酔っ払いだった。)

酔って階段を降り始めたT田課長、3階から2階への踊り場で転倒、後頭部を強打し裂傷を負い、アルコールが入っていたせいもあったためか、大量に出血した。頭を打った音が階段室に響き渡った。それに真下の2階にあった都市計画課の職員が気づいて「119番」通報した。庁舎の隣にある消防本部からすぐに救急車が到着した。T田課長のいる課の職員は救急車のサイレンでコトに気づいた。

当時は携帯電話もなかったので、直近の課の職員がその事務室の電話から、救急隊員の言うことを復唱するように口伝えで消防本部に伝えた。

 隊員「後頭部に裂傷あり」
 職員「後頭部に裂傷あり」
 隊員「○○の必要あり」

このとき、その電話口の職員には隊員の言った「○○」が聞き取れなかった。聞き返せば良いものを、酔いのせいかとっさに
 職員「ナンダガの必要あり」
と大きな声で言い放った。周囲は唖然として一瞬静まり返った。
すると救急隊員が冷静にさっきの「○○」をゆっくりと言い直した。
 隊員「縫合の必要あり」

そしてその職員は何事もなかったかのように
 職員「縫合の必要あり」
と復唱し、伝言ゲームのような電話リレーは終了した。
後頭部に切り傷があったので縫う必要があったのだ。そしてT田課長は担架で運ばれていった。これがそのときの顛末である。

しかし、我々はその場では必死に笑いをこらえていた。アルコールがはいっていたのでこらえるのが辛かった。

その後、自分たちの部屋に戻り、腹を抱えて笑った。人間酔うと漫才のようなことを真剣にやっていたりする。しかしそれが本当に喜劇になってしまうこともある。

何度思い出しても爆笑してしまうのだ。
今はどうしているかな、S子内さん。


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