山ちゃんの仕方がねえさ闘病記
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2008年12月13日(土) 同級生その二

昨日同級生のH間氏から電話があった。こっちは病室内なので相手の調子に少々とまどった。他の同級生の消息をたずねるものだった。

彼には同級生の中でも人一倍世話になっている。昭和63年に八幡の自宅を建築してもらった。当時階上町のH間建設は彼の父親との二人三脚でやっていた。ある同級生の結婚披露宴に出席していたときに、酔った勢いでもないだろうが彼から、

「おい、家を建てるときは俺に声を掛けろ。建ててやる。」
と言われ、
「おう、そのときは頼む。」
と答えた。

売り言葉に買い言葉のようなこのやり取りを覚えていた私は彼に電話して、

「おい、家を経ててけろ。」
と言った私に返ってきた言葉は。
「えっ、本気だど?」
であった。

本当に住宅建築の依頼をしてくるとは思わなかったらしい。というのも会社としては町営住宅などをやっていて、個人の一般住宅を扱っていなかったからだ。

でも社長の父親と相談の上快く請け負ってくれた。二人で材木屋へ下見に行ったり、住宅展示会やら水周りの設備の買い付けなどに行ったりした。給排水や電気設備のほうに気をとられる私に彼はもっと木に金をかけたらどうかと言った。見かたの違いがあって面白いものだと思ったが、今にして考えると、二人の考えは更新できるものとそいうでないものと分かれたような気がした。

建築から20年が経った。最初の基礎工事から全て彼の仕事だ。平成6年12月には三陸はるか沖地震、そして翌年1月にはその余震を直撃したにもかかわらず、基礎にも建物にも痛んだところはない。母屋に併設した車庫兼物置も同様である。

その間、石油給湯器は20年持ちこたえたが最近とうとう更新した。キッチンのサーモ付き蛇口は使用頻度が高いためか何度か交換した。浴室のサーモも一度取り替えた。リビングのFF式石油暖房機は交替した。天井の蛍光灯は数え切れないくらい取り替えた。これは交換がもっと簡単な機種をつければ良かった。

でも建物そのものはなんともない。しっかり建っている。建具にも隙間がない。房間建設素晴らしい!
(ちなみに同時に設置した浄化槽もきちっと定期的に検査を受け機能している。)

学生の頃の彼は、確か当時アイドル路線で売り出し中の石川さゆりのファンだったと記憶している。しかし彼女が出演する映画の中でレイプシーンがあったといっては心を痛めている純情なやつだった。

そのうち幼馴染の同級生の名前が頻繁に出てくるようになった。許嫁のような関係だったのだろうか。結婚したのは卒業後すぐ一番か二番だった。


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