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2012年05月15日(火) ■ |
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「おまえの言い分はわかった。ただし、名前は書け」 |
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『わたしが子どもだったころ』(NHK「わたしが子どもだったころ」制作グループ編・ポプラ社)より。
(劇画家のさいとう・たかをさんの項から)
【そのころ出会った大人で忘れられないのは、東郷という名の教師です。ある日、東郷先生は、学校でも札付きのワルだったわたしに声をかけてきました。
「斎藤だったかな」 「なんや、新米の教師か。いじめられへんようにおれにあいさつにでも来たんか」 「そんなわけないだろう。ちょっといいかな。東京から来た東郷だ。よろしくな」 「よろしくなやあるかい。なにをすかしとるんじゃ」 「斎藤、なんでおまえは答案用紙を書かないんだ」 「知れとるわ。こんなもん丸暗記したらすぐ解けるクイズやないか。おまえら大人が勝手に決めたルールやろが。だから書かへんのじゃ」 「おまえの言い分はわかった。ただし、名前は書け。白紙で出すという責任をおまえがとらなくちゃいけない。それは大人も子どもも同じだぞ。おまえみたいな生き方をしていると、常に後ろを気にしていなくちゃいけないぞ。ルールは従うものじゃない。守るものだ」
あっ、人間社会というのはそんなものかと。六法全書を見ても「人を殺してはいけない」とは書いてありません。「人を殺したらこんな目に遭わせますよ」と書いているのであって、つまり善とか悪は約束事なんですね。その約束事からはみ出すなら、自分のなかに基準を持たなきゃいけないということがわかったんです。 デューク東郷の場合も、善と悪の基準は自分のなかにあり、他者の善悪の観念とは関係がない。彼は人の命を奪ったあと、足下にいる蟻を踏まないようにまたいだりします。つまり、人間の命も蟻の命も同じなんですよ。そういう人間は現実の社会では生きられません。はみ出し者でも生きられたらいいなという感覚で、わたしは『ゴルゴ13』を描いたんでしょうね。】
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さいとう・たかを先生は、中学時代、かなりの悪童だったそうです。 【仲間とつるんで進駐軍のジープにヤジを飛ばし、カメラ屋を襲撃し、花札をして遊ぶ。けんかに明け暮れて、学校は平気でさぼり、テストは白紙で出す。とにかく悪かった。】 そんなさいとう先生の「忘れられない大人」のエピソード。
これを読んで、すごく勉強になりました。 ああ、「ルール」って、こういうふうに子どもに教えるべきなのかもしれないな、って。 「なぜ、テストを白紙で出してはいけないのか?」 その問いに関しては、「テストの成績が悪いと、将来困るから」なんて答えざるをえないのかな、と思っていたのですけど、それよりもこの「白紙でも出すのは構わないから、自分の名前は書け」というほうが、なんだかこう、ずっしりくるんですよね。 「自分の行動には、責任を持たなくてはならない」 でも、それができる人というのは、けっこう少ないんじゃないかと思うのです。 僕だって、ネットにものを書くときに、匿名と実名とで、同じことを書けるかどうか、自信がありません。 たかが名前を書くかどうか、それだけのことのようで、これは、けっこう重いことなのではないかと。 まあ、この言葉の重さを中学時代に理解したさいとう先生も、「自分で責任を持って生きようとしていた人」だったのでしょうね。 同じ話を聞いても、「じゃあ、名前書いておけばいいんだろ」って、開き直るだけの人も、少なからずいるはず。
それにしても、言われてみると、たしかに刑法には「人を殺したら、こういう罪になって、量刑はこのくらい」と書いてあるだけなんですよね。 「殺すな」とは書いてない。 法律があっても、人が人を殺すことは「可能」ではあるのです。 それでも、『北斗の拳』みたいな世界にならないのは、「倫理」や「道徳心」があったり、「人を殺すことによって、罪に問われることは割にあわない」ので、それを実行に移す人は、ごく少数です。 戦争になれば、「敵なら殺すのも正義」になったりするわけですけど。
「おまえみたいな生き方をしていると、常に後ろを気にしていなくちゃいけないぞ」と言われたさいとう先生が、「俺の後ろに立つな」という決めゼリフの主人公を描き続けている、それもまた、何かの運命だったのかもしれません。
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