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2010年08月02日(月) ■ |
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日清『ラ王』の栄光と挫折 |
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『カップヌードルをぶっつぶせ!』(安藤宏基著・中央公論新社)より。
(安藤宏基・日清食品ホールディングスCEOによる、『ラ王』開発秘話)
【インスタントラーメンの場合、ちょっと面白いマーケティング・アイデアで百億円を売ることはできる。しかし、五百億円を売り上げようと思ったら、いくらインスタントとはいえアイデアだけでは無理である。商品に新しい付加価値をつける技術革新がどうしても必要になる。「ラ王」の開発に当たっても、生めん独特の味わいを表現し、なおかつ長期間の保存に耐えるようにするため、技術的な壁をいくつかブレーク・スルーしないといけなかった。プロジェクトチームは当時の中央研究所長だった山崎眞宏の指揮下にめんの担当者として法西皓一郎、赤松伸行、田渕満幸らがついた。めん一筋の名うての変人たちである。 生めんは当たり前のことだが水分が多い。菌の管理が不十分だと、雑菌が繁殖してカビが生えることもある。だから賞味期限は長いものでも1ヵ月から40日程度である。これを5か月保存に耐えられるめんにする必要があった。 そのために、まず、めんに酸性の処理をほどこし、長時間殺菌し、完全密封包装する。酸性処理すると、菌の発生は抑えられるが、ラーメン独特の風味とコシをつくる「かん水」がアルカリ性なので、中和されてコシも粘りもないめんになってしまう。そこで、めんを形成している小麦粉タンパク「グルテン」の網状の構造を、酸性下でも弱くならないように強化する必要があった。 めん開発のリーダーとして働いたのは、オペラ座の怪人ならぬ「めん小屋の変人」と言われた法西皓一郎だった。この人はインスタントラーメンがJAS認定されたときに規格基準を作る仕事に参画して以来、技術一筋の生き字引で、後に日本即席食品工業協会の技術委員長を務めて、業界の発展にも貢献した。 法西は「賞味期限を5か月にするためにめんを酸性化すると、かん水のアルカリ反応が抑えられます。pH5.5で保たないといけないんですが、そうするとまったくめんのコシがなくなるんです」と嘆いていた。 pH(ペーハー)とは、酸性、アルカリ性の濃度を示す数値で、pH値が小さいほど酸性が強い。相手は化学者の常識で判断しているのが分かった。しかし私は素人である。専門的知識がないから、何でも言える。 「だっらら酸性下でもコシを生む材料を探せばいいじゃないか」と進言した。 「そりゃ、無理ですよ」と言い張る。 「なぜ無理なんだ」 そんな押し問答が続いた。 「なぜ」と聞いても、答えはなかった。 そうこうするうちに、田渕満幸が君津化学から「アルギン酸」を持ち帰ってきた。アルギン酸は海藻から作る増粘多糖類の一種で、水に溶けると粘りやとろみを増す効果があり、物質を固くするのに使われる。法西が重い腰を上げた。これをめんに入れてみた。固すぎて、白玉団子のようでとても食べられない。 「三層めんの技術を使えないのか」と私が提案した。三層めん技術は、もともと日清食品が保有している特許だった。 「単層めんだから固くなります。これを三層めんの中心に入れて、周りをでん粉のようなやわらかいもので包めばできるかもしれません」 このプロジェクトのために急遽、資材部から研究所に呼び戻された赤松伸行が意欲を示した。 5月のゴールデンウイークが近づいてきた。 「連休返上でがんばってくれ。成功すれば特別休暇を出す」とハッパをかけた。 プロジェクト・チームの努力があって、連休明けにはpH5.5の状態でも食感のいい生タイプのラーメンができあがった。三層になっためんの上下に「つるみ」、真ん中にアルギン酸を入れて「コシと粘り」を作るという独自な配合に成功した。これをわれわれは「スーパーネットワーク製法」と称し、十件の特許として登録した。 技術的な壁をブレーク・スルーするには、化学者や技術者の常識を壊すような素人の発想が意外に役に立つ。極限まで技術者を追い込んで、技術者の頭がいったんリセットされた時に、新しい発想が生まれてくる。これがブレーク・スルーの臨界点だと私は思う。ラ王開発に貢献した赤松は現在、日清化成社長、田渕は横浜研究所長マイスターになっている。 満を持して発売したラ王の価格は、250円に設定した。この高価格ではたして売れるのか不安はあったが、発売するとすぐに、コンビニでは「ラ王みそ」「ラ王しょうゆ」の2品がカップヌードルを抜いて売り上げ1位と2位を争う展開になった。私が「打倒カップヌードル」を提唱してから初めてのことだった。支持層は他のカップめんの購入層が10代の若者中心であるのに比べて比較的年代層の高い男性であることが分かった。 このとき、大変ユニークな宣伝戦略をとった。まず、ラ王のヘビー・ユーザーが20代から30代の男性で、彼らがテレビを最も見ている時間帯が深夜であることを突き止めた。この時間帯はゴールデンタイムにくらべると番組提供料金やCMのスポット料金が安い。そこで「深夜ジャック」と称して、全国ネットされる深夜番組の大半を買ってしまったのである。番組の前後に「提供・日清ラ王」というテロップが流れた。赤井秀和氏と金山一彦氏を起用したCMは、二人がおいしそうにめんをすすった後に、「らお〜」と叫ぶ。これを見て、深夜にコンビニに走る若者が続出し、欠品騒動が起こった。 当時のデータによると、一週間ごとに放送されたCMの総視聴率と、その週のコンビニの売り上げ個数との相関関係が、見事に連動していたのである。CMを入れると週販は一気に跳ね上がった。CMを減らすと落ちた。ところがしばらくすると、CMを増やしても減らしても、ある一定数で変動しなくなった。これは消費者のトライアルが一巡し、リピートの段階に入った証拠だった。ラ王は短期間で定番商品のポジションを獲得したのである。】
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先週、「日清が、今年8月いっぱいで、『ラ王』生産終了」というニュースが流れてきました。先週発売された『週刊アスキー』の裏表紙には、「ラ王、終わる。」というモノクロの大きな広告が掲載されています。その広告には、「18年間、ご愛食ありがとうございました」という文章が添えられているのですが、僕はそれを見ながら、「そうか、『ラ王』が発売されてから、もう18年も経つのか……」と、時間が流れる速さと自分の年齢を考えずにはいられなくなったのです。
『ラ王』が発売されたのは、1992年。僕は大学生でした。カップ麺のお世話になることも多い食生活を送ってきたのですが、『ラ王』が発売された当時の盛り上がりは、けっこう記憶に残っています。 たしかに、あの時期は赤井秀和さんと金山一彦さんのCMを頻繁に見ましたし、近くのコンビニでも、軒並み「売り切れ」だったんだよなあ。 『ラ王』はちょっと値段が高かったけれど、「みんな同じような麺」だったカップ麺のなかでの「生めん」の衝撃は、非常に大きなものでした。
僕は当時、『ラ王』に対して、「そんなに生めんにこだわるのなら、店でラーメン食べればいいんじゃない?」「コンビニで売っている、使い捨ての鍋入りのラーメン食べればいいんじゃない?」などと思ったのですが、『ラ王』の場合は、インスタントラーメンであるために、「生めん」でも、賞味期限が5か月くらいは必要だったんですね。味ではなく、「長持ちさせるための技術」が、『ラ王』開発の最大の難所だったようです。
いつのまにか、僕は『ラ王』から離れてしまっていました。 まあ、年齢的にも、カップ麺をあまり食べなくなったのはたしかなのですが、『ラ王』も、コンビニのカップラーメンのコーナーで、「あっ、まだちゃんといるいる」という感じで「生存確認」をして、カップヌードルや流行りの「ご当地カップ麺」を買っていたのです。 『ラ王』はなんとなく作るのに手間がかかる、というイメージがありますし。 たぶん、作ってみれば、たいした手間じゃないんでしょうけど。
そう考えると、「ふたを開けてお湯を注ぐだけ」という『カップヌードル』は、本当にすごいよなあ、とあらためて感心させられます。『カップヌードル』以上に簡略化するには、「レンジでチンするだけ」くらいしか思いつきませんし、電子レンジって、意外と欲しいときに目の前には無いんだよなあ。
この本のなかで、安藤さんは【正直に申し上げるが、直近2008年度、日清食品の生タイプめん売上高は100億円を切っている。500億円を売り上げたピーク時から13年を経て、ここまで市場がシュリンク(縮小)してしまった。】と書かれていますから、今回の「『ラ王』生産終了」は、やむをえない決断だったのかもしれません。生タイプじゃないカップラーメンも、かなりめんの質が高くなってきましたし、そもそも、消費者は必ずしも「生めんに近づくことが、カップラーメンにとっての進化」だとは感じていないようにも思われます。 「店で食べるラーメンはラーメンであり、家で食べるカップラーメンは、カップラーメン」なんですよね、きっと。『カップヌードル』が生めんになっても、違和感があるだろうし。
それにしても、僕にとっては、20代前半にお世話になった『ラ王』の引退は、寂しいニュースではあります。 単なる「生産中止」にこんなに大々的な広告を出しまくるというのはおかしな気もするので、もしかしたら、『ラ王』のあとに新しい展開があるのかもしれませんけど。
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