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2009年08月16日(日)
江藤淳さんが福田和也さんに教えた「プロの仕事の話」

『月刊CIRCUS・2009年8月号』(KKベストセラーズ)の福田和也さん(文芸評論家)と石丸元章さん(小説家)の対談「揚げたてご免!!」の一部です。

【石丸元章:福田さんには、お酒の師匠はいたの?

福田和也:江藤(淳)さんだね。今年は没後10年でしょ。自殺する人だと思っていなかったので、訃報を聞いたときは驚きました。それで江藤さんの女出入りのことを諸井薫さんに『新潮45』に書いてもらったんですよ。

石丸:諸井さんは売れっ子でしたね。

福田:今はほとんど読まれていないけど、最盛期には月に500枚くらい書いていた。『PRESIDENT』の編集長をしながらですよ。それで毎晩酒を飲んでいたんだからすごいよ。

石丸:『dancyu』や『オレンジページ』も諸井さんが作った雑誌ですね。

福田:うん。それで最後に中央公論を買い取ろうとしてコケちゃった。あと2000万円あれば買えたんだけど、読売に奪われてしまった。それ以降体調が悪くなって、「キミが私に江藤のことを書かせたから、江藤が怒ってオレを呼んでいる」と言うの。それで本当に、江藤さんの二年目の命日の前日に死んでしまうんだよ。

石丸:江藤さんはどういう先生でした?

福田:直接の師匠ではなくて、文芸の世界でワタシを見つけてくれた人。「漱石はこういうものだ」みたいなつまらない文学議論をしたことは一度もない。渡世のことはよく教えてもらいましたよ。例えば、対談したときに形勢が不利なときがある。でもそういうときに、自分に不都合な部分をゲラで直すと、編集者に軽蔑されるからやめろとかね。

石丸:なるほど、実践的だなあ。

福田:あと、座談会でひとりでしゃべり続ける奴がいても、面白かったらそれでいいと。面白い座談会を成り立たせるのが仕事なんだから、無理して自分の意見を言わなくてもいいとか。そういう本当にプロの仕事の話を教えてもらったな。「余裕があるときに女にカネをやってもなびかないけど、苦しいときに工面したカネをやれば効果がある」とかね。

石丸:うん。やっぱり後継、継承、相続は大事だよ!】

〜〜〜〜〜〜〜

 諸井さんの働きっぷりもすごいのですが、この対談のなかで僕がもっとも印象に残ったのは、江藤淳さんが福田さんに教えてくれたという「プロの仕事の話」でした。僕は江藤淳さんことはあまりよく知らなくて、「奥さんの後追い自殺をした、愛妻家」というイメージくらいしかなかったのですが、その人が「女にカネをやっても……」なんていう話をされていたのも意外だったのですけど。

 ここで紹介されている、「対談したときに形勢が不利なときがある。でもそういうときに、自分に不都合な部分をゲラで直すと、編集者に軽蔑されるからやめろ」「座談会でひとりでしゃべり続ける奴がいても、面白かったらそれでいい。面白い座談会を成り立たせるのが仕事なんだから、無理して自分の意見を言わなくてもいい」というのは、作家の対談や座談会に限定されたものではなくて、普通の人の日常生活にも応用できるものなのではないかと思います。

 「誰かと言い争いをしたとき」のことを第三者に話すときって、どうしても自分に不都合な部分をカットしたり、相手の身勝手さを過剰にアピールしたりしがちですよね。でも、そういうのは第三者にとっては、かえって逆効果にしかなりません。むしろ、自分が悪いところも包み隠さずに話したほうが、好感を持たれることが多いはずです。
 また、何人かで話しているときに、ひとり話し好きの人がいて、その人だけが延々としゃべりっぱなし、という状況になることがあります。そういう場合、僕はつい「自分も何かしゃべらなくては」とプレッシャーを感じたり、他の人にも話を振ったりして、かえって場がぎこちなくなりがちなので、この「面白かったら、無理に自分の意見を言う必要はない」というのを読んで、少し気が楽になりました。
 仕事で座談会やっている人がそう言うのなら、ふだんの会話や飲み会で、無理に自分が喋る必要なんてなくて、聞き役に徹していればいいんだな、って。

 しかし、よく考えてみると、後者の場合、誰かひとりが喋りっぱなしで、それなりに盛り上がっているように見えても、その人がトイレに立った瞬間に「アイツ、ずっとひとりで喋ってて、付き合いきれないよなあ……」なんて周りがブツブツ言い始めるというのも、ありがちな状況のです。
 実際は、「その人の独壇場が、本当に『面白い』のか?」を見極める能力がある人っていうのが、そんなにいないんですよね、きっと。見極められたとしても、喋っている相手によっては、その「流れ」を変えるのも、なかなか難しいしねえ……