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2009年07月04日(土)
緒方恵美さんが語る「碇シンジの初体験と『新劇場版』への困惑」

『CONTINUE Vol.46』(太田出版)の「第1特集・ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」の「スペシャル対談:緒方恵美×中田敦彦(オリエンタルラジオ)」より。文は志田英邦さんです。

【中田敦彦:どうやって主人公の碇シンジ役についたんですか?

緒方恵美:実は、私は最初『エヴァ』のオーディションを受けられなかったんですよ。『エヴァ』の頃は、私が絶頂に忙しい時期で。アニメーションの収録が週に9本、ラジオが3本あったんです。アニメーションは1本収録するのに5〜6時間抑えられるので、1日に2本が限度。つまり、もういっぱいだったんですね。それもあって、当時のマネージャーがオーディションをお断りしてしまって。そうしたら、ある日『美少女戦士セーラームーン』の番組旅行があって、庵野秀明さんもいらしたんです。そこで初対面の庵野さんに「なんで、あなたは僕の作品のオーディションを断ったんですか? 僕が嫌いなんでしょうか?」と聞かれて(笑)。

中田:きっと緒方さんに演じてほしかったんでしょうね。

緒方:「まだキャストが決まっていないので、2次オーディションにぜひ来てください」と言っていただけたことがきっかけで、シンジ役につけました。

中田:シンジ君の繊細な声と緒方さんの声が結びついて、もうそれ以外考えられないですよ。

緒方:シンジは繊細ですよね。私はもともとミュージカルの役者だったんですけど、腰を悪くして、声優に転向したんです。アニメーションの演技って、絵にあわせるために誇張しないといけないことがよくあるんですよね。「させるかよ!」も「すゎすぇるぅかぁよぉ!」みたいに(笑)。もちろん、それは大事な技術なんですけど、もっと自然に演ってみたいと思っていた。そんなとき、庵野さんに「『エヴァ』ではすべてを取り払って演技してほしい」と言われたんです。「ぼそぼそしゃべってもマイクがちゃんと拾ってくれるから」って。

中田:声を張らないですもんね、シンジは。

――中田さんは、シンジにかなり感情移入していたそうですね。

中田:過去に、シンジみたいな主人公っていなかったし、会話のトーンも珍しかった。ある世代が太宰治に感情移入するように、僕らの世代はシンジに感情移入していました。シンジは自分自身のことだと思っている人は多かったと思います。いま見ると、思春期の感情がよみがえってくるんですね。父ゲンドウに対するコンプレックスだとか、性的なことだとか。
 そういえば、以前の「劇場版」でシンジがオナニーをするシーンがあったじゃないですか。あれはどうやって収録したんですか?

緒方:ははは。当たり前ですが、私にとって初めての経験でした(爆笑)。女性だからといって「間違ったらいかん!」と思って。ゲンドウ役の立木文彦さんに、「父さん、初めてだから、うまくできるかわからないんだ。間違ったら間違ってるって教えてね」(シンジの声で)って。

中田:ははは!

緒方:収録が終わったら「どうだった、父さん?」「よくやったシンジ」「やった、父さんにほめられた!」って(笑)。

中田;いやー、あのシーンは強烈に覚えているんですよ。

――やっぱり『エヴァ』の収録は大変だったんですね。

中田:大変なシーンがたくさんありますもんね。痛いシーンや苦しいシーン……特にシンジは感情がうねる役じゃないですか。

緒方:テレビシリーズのときはどうだったかな。あまりよく覚えていないんですけど、『新劇場版』は……いろいろありました。『序』で第6の使徒がエヴァ初号機に加粒子砲を放ってLCLごとシンジが沸騰してしまうシーンがありますよね。シンジは「うわあ」って叫ぶんですけど、アドリブで台本5〜6ページ分、叫び続けなくちゃいけなかったんです。

中田:そんなに叫ぶんですか?

緒方:テレビシリーズのときは音響がステレオだったし、NERVの本部にシーンが変わったら叫び声を切っても良かったんですけど、『序』は音響が6・1CHだし、本部のモニターにシンジが映り込んでいるから、ベタに叫び続けていないといけない。それで、ずーっと叫び続けていたら、次の日に喉の調子が変になってしまったんです。声帯に詳しい先生に相談したら「声帯そのものは異常はないけれど、あなた昨日、何したの?」と言われて。気管の内側が火傷している、と。

(中略)

――2007年から『新劇場版』がスタートしましたが、おふたりはどんな気持ちでしたか?

中田:子供の頃から見ていて、いまだに熱いものって他にないんですよ。『序』が始まったときも、12年ぶりという意識がありませんでした。

緒方:私としては正直、迷っていました。『エヴァ』って12年間封印されていたわけじゃなくて、何本もゲーム等が出ていたんで、私たちは休みなく『エヴァ』を演じてきていたんです。でも、だんだん自分が自分自身の物まねをやっているような気持ちになることもあって。正直、もうテレビシリーズの声を二次使用してもらえないだろうかって思っていたときもありました。

中田:『エヴァ』は巨大になりすぎちゃったんですね。

緒方:でも『序』の庵野総監督の所信表明を読んで、本気だ、と思って。実際の台本を手にしたときに「全然違う、これが本物だ」と震えがきたんです。当たり前ですが、やっぱり庵野総監督が作るものこそが『エヴァ』。監督の目指す世界に、自分もぜひ参加したいと思った。だから『序』から改めて私の中の『エヴァ』が動き始めたんです。

(中略)

――『破』のアフレコはいかがでしたか?

緒方:大変でしたよ。『破』のアフレコは数日間に分けて行われて。最終日はずっと叫んでいた感じで。

中田:そんなに!

緒方:最後にはへたり込んで立てなくなり、スタジオの床でへばっていたら、庵野総監督が来て、一緒に地べたに座ってくれて。座り込んだまま
「ありがとうございました」「こちらこそありがとう」って握手して(笑)。そう、今回初めて庵野さんにほめられました。

中田:初めてですか!

緒方:とっても嬉しい言葉を、ふたついただきました。ひとつは「キャラクターの気持ちを、13年間ずっと変わらずに維持してくれて、ありがとう」。

一同:おお〜っ!

緒方:もうひとつは「そのうえに13年分の君の経験を、いまのシンジに足してくれて、ありがとう」。

一同:おおおお〜っ!!】


参考リンク:映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』感想(琥珀色の戯言)

〜〜〜〜〜〜〜

 僕もつい最近、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』を観てきたのですが、基本的にテレビ版を踏襲していた『序』に比べると、新たなストーリー展開も含めて、アニメーション映画の金字塔として、さらに刺激的ですばらしい作品になっていると思います。次の『Q』(?)で終わってしまうのがもったいないくらい。
 ちなみに、この対談のなかで緒方さんが仰っておられるのですが、今回の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』は、スポンサーをつけず、庵野総監督が自身で出資されているのだとか。そのおかげで、「本当に監督が作りたい作品を作ることができる」とのことなのですが、映画をつくるのにかかるお金を考えると、これは大変な「冒険」なのではないかと思います。『破』の公開も当初発表された予定より、だいぶ遅れていますしね。僕などは、自分でお金を出すとしたら、「とにかく安く早く」みたいなことを考えてしまいそうです。

 この緒方恵美さんとオリエンタルラジオの中田敦彦さんの対談、本当に興味深く読むことができました。
 緒方さんが「碇シンジになったきっかけ」の話を読むと、庵野監督は、最初から、緒方さんを碇シンジ役として考えていたのではないかと思われます。もしかしたら、リップサービスが結果として幸運な出会いを生んだのかもしれませんけど。
 そして、『エヴァ』の登場人物の声が聞き取りにくいシーンが多いな、と感じたのは、庵野監督が、意図的に「そういう声の演技」を求めていたからだったんですね。僕は最初に観たとき、「これ、録音ミスなんじゃないか?」とか思っていたんだよなあ。
 「劇場版」の「例のシーン」での、緒方さんと立木さんとのやりとり、シンジとゲンドウの声で再生しながら、僕も大爆笑。たしかに、それは「初体験」だったに違いありません。庵野監督や碇ゲンドウは、「演技指導」したのでしょうか?
 シンジはテレビ版・映画版ともにかなりひどい目に遭っているのですが、それを演じる緒方さんも、かなり身を削っておられるみたいです。「声だけの仕事」だと思われがちだけど、そんなにラクじゃなさそう。

 今回の「『新劇場版』に対する緒方さんのスタンスの変化」が率直に語られているのも印象的でした。
 あまりに「碇シンジ」が有名になり、ある種の「象徴」と化してしまったために、ずっと演じてきた緒方さんにとっても、「自分で自分の物まねをしているような気持ち」だったんですね……それにしても、「もうテレビシリーズの声を二次使用してもらえないだろうか」とまで思っておられたとは。
 その一方で、これを読んでいると、緒方さんの「庵野監督への絶大な信頼」も伺えます。スタッフにとっては、やっぱり『エヴァ』は、庵野監督あればこそ、なのかもしれませんね。庵野監督自身も、『エヴァ』の大ヒット以降はなんとなく迷走していたように見えるのですが、この『新劇場版』では、水を得た魚のように「復活」されています。

 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』はたしかに、「13年前の熱さを維持しながら、この13年間に得たものが積み重ねられている作品」だと思いますし、『Q』も本当に楽しみになってきました。
 シンジがさらに酷い目に遭わされるとすれば、緒方さんの身体がちょっと心配ではありますけどね。