|
|
2009年03月31日(火) ■ |
|
「某ビールメーカー経営トップを、庶民的な居酒屋に招待した友人」の話 |
|
『無趣味のすすめ』(村上龍著・幻冬舎)より。
(村上龍さんのエッセイ集から。「もてなしと接待」という項の一部です)
【「最適」なもてなしのために必要なのはレストランガイドではなく、情報と誠意だ。三ツ星のフレンチか「吉兆」に接待すればとりあえず場所は間違いないかも知れない。だが予約が困難でしかも高価だし、権威や美食が嫌いな人もいる。あまり親しくない相手と寿司屋のカウンターで横並びに座るのは案外白けるし、鍋を囲むのは家庭的すぎるし、エスニック料理などで相手の好みを読み違えると取り返しがつかない。 最終的に重要なのは、レストラン・料理屋のランクや種類ではなく、もてなす側の誠意が相手に伝わるかどうかだと思う。わたしの友人のTVプロデューサーは、某ビールメーカー経営トップを、庶民的な居酒屋に招待することにした。他のスタッフは巨大企業トップを接待するのにそんなところでは失礼だと意見したが、友人はかまわず入口に縄のれんが下がる店に連れて行った。ただし、その店の壁一面をあらかじめそのビールメーカーの新商品のポスターで埋めたのだった。営業出身のビール会社社長は、友人の誠意を理解し、非常に喜んだらしい。もてなしや接待にマニュアルはない。誠意を相手に伝えるための、想像力が問われるのだ。】
〜〜〜〜〜〜〜
僕くらいの年齢(30代後半)になると、「もてなし」とか「接待」をすることもされることもあるので、この話、とても興味深かったです。 「有名な店」や「いま話題の店」であれば、「その店に連れていってもらった」というだけで「ここ、高いんじゃないですか?」「ここを予約するのは大変だったでしょう」というような印象を持ちますし、相手の「誠意」を感じるはずです。 ただ、この話に出てくるような「大企業のトップ」だとか、「超有名人」だと、そういった店に招待するだけでは、ちょっとインパクトが弱いのも事実でしょう。 それにしても、この「TVプロデューサー」の某ビールメーカー経営トップに対する「接待」は、かなりの冒険ですよね。企業のトップがみんな、高級店が大好きで、庶民的な居酒屋を軽蔑しているということはないのでしょうが、「軽くみられているのではないか」と相手に思われる危険はありますから。
この「その店の壁一面をあらかじめそのビールメーカーの新商品のポスターで埋める」というのは、インパクトがありますし、それだけのことをするためには、かなりの手間をかけたのだろうな、と相手に想像させることもできるでしょう。 たしかに、このアイディアは素晴らしい、と思います。 ただ、この「もてなし」が成功したのは、その「アイディアの奇抜さ」だけではないのです。 村上龍さんはこの文章のなかでさらりとしか触れていませんが、この社長は「営業出身」だったそうです。 ということは、「ひとつの店が、自社の新商品のポスターで埋め尽くされるまで」のプロセスを当然想像したはず。このプロデューサーが店の人と懇意でなければできないことでしょうし、店側もこのメーカーに対する好意と信頼がなければ、そう簡単には受け入れられない提案にちがいありません。 いくら「庶民的」とはいっても、お金さえ積めばなんでもやってくれそうな、「いまにもつぶれそうな不味い店」じゃないはずだし。 社長は、過去の「営業」としての経験から、それが完成するまでの苦労も瞬時に理解し、プロデューサーの「誠意」を感じたのでしょう。 もし、この社長が苦労知らず、贅沢三昧の二代目だったり、技術畑の人であれば、この「もてなし」は、うまく伝わらなかったかもしれません。
もちろん、こういうのは経歴だけでなく、その人の個性に左右される面が大きいので(営業出身でも、「あざといことしやがって」と不快に思う人だっているだろうから)、この社長の好みについても、かなりリサーチした結果が、この「もてなし」につながっているはずです。
「もてなし」や「接待」というのは、「相手の好みを知る」のが基本で、それに加えて、「予想をちょっと良い方向に裏切る」ことができれば最高なのでしょうね。 そうは言ってみても、実際はこういうアイディアなんてなかなか思いつくものじゃないし、外したときのリスクを考えれば、「有名店」「話題の店」を選んでおいたほうが無難なのでしょうけど。
|
|