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2009年01月07日(水) ■ |
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通信カラオケの楽曲は、誰がどこでどうやって作っているのか? |
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『カラオケ秘史』(烏賀陽弘道著・新潮新書)より。
(「カラオケ音楽」の制作現場について)
【カラオケ音楽を聞いたことがない、という人は少ないだろう。が、あの音楽は誰がどこでどうやって作っているのか。そんなことを不思議に思ったことのある人は、ほとんどいないのではないだろうか。 一番よくある誤解は「歌手がレコーディングをするときに、歌抜きのバック演奏だけを録音しておく。それをレコード会社がカラオケ会社に提供している」という「回答」だ。実際にそうした「歌抜き、伴奏だけのカラオケバージョン」がボーナストラック(おまけ)として収録されているCDもごく普通に店頭に並んでいるので、そう誤解されるのも無理はない。が、本書をここまで読んだ人は、それが誤解であることにすでにお気づきだろう。 前の章で述べた通り、現行の通信カラオケでは、光ファイバーやADSLよりはるかに通信速度の遅いアナログ電話回線で楽曲を送信できるよう、楽譜データだけを「MIDI」というコンピュータの「言語」に「翻訳」し、通信データを小さくしてから電話回線に乗せている。つまりどこかで誰かが楽曲をパソコンでMIDIに変換するという作業をしている、ということだ(2008年3月現在、音楽を自動的にMIDIに変換するソフトウェアは存在するが、まだカラオケ産業の制作現場に普及するほどの性能ではない)。 カラオケは音楽を売る宣伝にもなるのだから、きっとレコード会社がMIDIデータか、せめて楽譜くらいはカラオケ会社に提供するのだろう。カラオケ会社はMIDIデータをカラオケ用に加工したり、譜面を見ながらMIDIデータ化したりしてカラオケ音楽を生産していくのだろう。筆者もそんなふうに予想していた。 では、実際はどうなのか。カラオケ音楽制作の最前線を取材したい。筆者は大手カラオケメーカーである「第一興商」にそう依頼してみた。
細かい経過は省略するが、何人かの紹介を経て、結局筆者は東京駅から1時間半高速バスに揺られ、茨城県つくば市に向かうことになった。指定されたバス亭でおりると、そこは幹線道路沿いに公園と県営住宅が広がる、夕暮れの住宅街。どこにも工場や作業場はおろか、オフィスらしきものすら見えない。 バス停で待っていると、短髪痩身の青年は迎えに来た。電話で約束していた直井未明(1973〜)だった。 「(カラオケの打ち込みは)孤独な仕事なんです。わが家にはあまり来客がないものですから、お客さんはうれしいです。遊牧民が羊をつぶして客を歓迎する気持ちがわかりますね」 何と、カラオケ音楽制作の「工場」は、直井の自宅マンションだった。直井は、リビングで筆者を和菓子と日本茶で丁寧に歓待してくれたあと、隣室、六畳の日本間に案内してくれた。ここがカラオケ音楽の工房、直井の仕事部屋である。襖をはずした押し入れに、コンピューターやディスプレイ、モニタースピーカーやシンセサイザーが階段状に組み上げられ、まるで木工職人の作業台のようだ。 直井はここで、レコード会社からカラオケ音源制作会社を経由して届けた原曲を聞きながら、ドラム、ベース、ピアノ、ギター、ボーカル、コーラスその他効果音と、すべての楽器パート別に耳で音程を聞き取り、コンピューターのキーボードを叩いて手作業でリズムやメロディ、和音をMIDI信号に入力していく。 つまり楽器の音符を一音一音「耳コピー」して、パソコンにMIDIデータを手で「打ち込んで」いくのだ。 実は、こうした作業をしているのは直井一人ではない。通信カラオケの音楽はすべて、直井のようなオペレーターがこつこつと耳ですべての楽器の音程を聞き取り、コンピュータにMIDI信号の形で打ち込んでつくられるのだ。すべて人間の音感と手作業が頼り。意外なことに、楽譜すらレコード会社は出さない。実に地味で、膨大な作業である。】
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これを読むまでは、あのカラオケ音楽がこんなふうにして作られているとは想像もしていませんでした。僕もCDシングルによく収録されている「カラオケバージョン(歌抜きで録音したもの)」を加工して配信している」ものだとばかり思っていましたから。 考えてみれば、実際に聞き比べてみるまでもなく、「カラオケバージョン」の音色と通信カラオケの音色は「全然違う」のですけどね。
そして、僕がもうひとつ驚いたのは、「レコード会社はカラオケ音源制作会社に楽譜すら提供しない」ということです。 レコード会社にとってみれば、現在ではカラオケは大事なプロモーションの場でもありますし、自分たちでデータを制作して配るくらいの意気込みなのかと思いきや、ただ「原曲を提供するだけ」なんですね。 ここで登場する「打ち込み職人」の直井さんの音感のすごさ、僕にはちょっと想像もつきません。 完成している曲を楽器パート別に聞き分けて、それを一音一音「耳コピー」していくというのは、ものすごい作業量。 普通の耳しか持たない人間には、そもそも「聞き分ける」ことが無理です。 ちなみに、【1曲完成させるまでにかかる時間は平均で30時間。月産だいたい5〜6曲。1曲の報酬は4万5千円】なのだとか。 機材を揃えれば、そんなに経費がかかる仕事ではないのでしょうが、これだけの特殊技能に対する報酬としては、けっして高くはありません。音感だけじゃなくて、ある程度コンピューターも扱えないとダメなはず。 それでも、毎週通信カラオケに配信される「新譜」の数を考えると、直井さんのような「職人」が、日本にはまだたくさんいるのでしょう(著者の烏賀陽さんによると、2008年現在、日本の通信カラオケには8〜9万曲あるそうです)。 韓国や中国のメーカーからも10分の1の価格でカラオケ音楽制作の売り込みがあるそうなのですが、いまのところ「クオリティが段違い。日本人がつくったほうが圧倒的に良いので、安くても頼めない」のだとか。 日本の場合、歌う側も「カラオケ音楽の質」には、けっこう敏感ですしね。 ただ、こういう「職人芸」が今後も日本で生き残っていけるかどうかは、なんともいえないような気もします。 通信環境が改善されてしまえば、それこそ「CDのカラオケバージョン」をそのまま配信することだって可能でしょう。 ただ、それをバックに歌っても、「何か違う」のかもしれません。あのMIDIの音が「カラオケらしさ」ではあるのだよなあ。
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