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2008年08月10日(日) ■ |
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横幅14センチのノートを1本の定規で9等分するための「職人ワザ」 |
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『職人ワザ!』(いとうせいこう著・新潮文庫)より。
(いとうせいこうさんが、江戸文字、手ぬぐい、パイプ製造、鰻職人などの伝統的な「モノづくりの達人」たちの「ワザの秘密」について書かれたルポタージュ。扇子職人・荒井修(おさむ)さんの回の一部)
【職人の幾何学、というコトバが浮かんだ。 職人たちはこうしてブン回しで円を描き、そこから日本の紋様を様々に発展させてきた。その歴史を目の当たりに見た、と思った。”見当”に支えられ、手によって支えられてきた職人の幾何学。 「あ、オサムさん、前にさ、線を等分にする方法を教わったでしょ?」 「そんなたいそうな呼び方は知らねえけど」 「あれ、俺、忘れちゃったんだけど」 「忘れんなよ、ちゃんと教えたのにさ」 オサムさんは定規を取り出し、編集者が持っていたノートの横幅を計り始める。 「端から端までが今、約14センチありますな。細かい数字まではよく見えないし、知ってる必要もない。さあ、何等分したい? 半端な数で言ってみなよ」 「9」 「よし、そんな変な分け方をしてみましょう」 ノートの端の任意の点に定規のゼロの点を合わせ、そこだけを動かさずに定規を斜めにしていく。 「9の倍数で適当なのは18だな」 ノートの一方の端までが18センチになるように定規をずらすと、オサムさんは2センチずつ点を振った。そして、再び任意の点に定規を置いて、そこから同じ作業をする。
「こうして付けた上下の点をつなぎゃいいの」 見事にノートは9等分されていた。 「昔の職人なんていうのは、計算も出来なきゃ字も書けないってのがいっぱいいたわけじゃないの。そういう人たちは、こんな形で幾つ割りなんていうのをやってたわけですよ」 もともとノートの幅は”14センチ足す半端な数”だから、それを計算で9等分すればむしろ正確ではなくなる。余りの数にピタリと点を打つことなど人間には不可能だからだ。職人の方法で等分した方が、手作業としてはよっぽど精密なのである。 「9つ割りにして何センチずつかなんてことは、この際必要ない」 「目的は完全に達してるわけですもんね。この方法のほうがクレバーだ」 「扇子でもさ、紙と骨の長さの割合ってもんがあんだよ。どういう風なのが一番かっこよく見えるかってのが。それを”六掛けの二分上がり”って言うの。上から六つ来て、二分だけ上がる」 これも考えてみれば、二回だけ十等分の計算をすればすぐにわかるようになっている。上から58パーセントとかいう面倒な考え方はしなくていいわけだ。ゆとりの教育などと言って、円周率を3にしてしまうくらいなら、むしろこういう方法をいくつも教えた方がいいのではないか。そこには知性というものが光っているからである。数学嫌いの僕も、もし子供の頃、この手の不思議に出会っていれば、目を輝かせていたに違いないと思った。コンパスひとつで美しい紋様を作り、定規ひとつで線を何等分にも出来ると、あの頃知っていたら……。】
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もし、僕の前に1冊のノートと1本の定規が置かれ、同じことを要求されたとしたら、僕はたぶん、一生懸命ノートの横幅を定規で測り、それを9で割り、その数字の近いところに端から点を打っていったと思います。 ですから、この「職人の線を等分にする方法」を読んで、「こんなやり方があったのか!」と、正直驚きました。いや、驚いたというよりは、こういう方法を自分が知らなかった、思いつかなかったことが悔しかった、というほうが正確かもしれません。 いろんな分野や状況で「応用」するための基礎になる、あるいは、どんな状況でも確実性が高いという点では、「ちゃんと計算して、その数字にしたがって作業をする」とうのは意味のあることですから、「計算できないほうが偉い」ということはないでしょう。こういう職人たちの多くは、こういう「手を動かして作業を効率化するテクニック」には長けていても、頭の中だけで計算することはできなかったはずですし。 でも、たしかに「こういう『職人ワザ』を学校で子どもたちに教えてみるのは、とても意義深いことではないかな」という気がするんですよね。 「定規」という「その場にあるものの長さを測るため」の道具もちょっと使い方を工夫すれば、こんなふうに役立てることもできるというのは、「柔軟な発想法」に繋がるようにも思います。
こうして、「伝統工芸の職人さんたちの話」を読んでいて僕があらためて感じたのは、「職人芸」というのは、なんでも「勘」とか「慣れ」で解釈されてしまいがちだけれど、実際は、この定規の使い方のように、ちゃんと「科学的かつ合理的」な手法に基づいているものがほとんどなのだということでした。まあ、こういうのって、ただ傍目で眺めているだけでは、「定規を適当にあてているだけなのに、線がちゃんと等分されてる、『職人の勘』って凄い!」みたいにしか見えないものなのかもしれませんけど。
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