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2008年07月27日(日)
「十人のうち九人まで汚職している環境で一人だけ清潔なら、どうなると思う?」

『北京大学てなもんや留学記』(谷崎光著・文春文庫)より。

(中国の名門中の名門・北京大学での留学体験記の一部です。中国人学生たちの「賄賂」についての考えかた)

【学内だけではなく、学校周辺の小さな店に行くのも楽しい。こういう店には中国人学生に連れていってもらった。
 北大(この文章での「北大」=「北京大学」です)西門近くの手羽焼き屋さんは週末の夜は真夜中までやっていて、炭火がぱちぱちとはぜ、そこに上からスパイスをふりかけると、パッと赤く燃えあがる。夏は校内の外れに屋台も並ぶ。試験が終わると飲んだくれるのは、どこの国の学生も変わらない。
 官僚になる人も多いこの学校では、卒業後の切実な問題は「汚職にかかわるか否か」。
「どうするんだ、公務員試験受ける?」
「だけどなったら非貪不可(フエイタンブク・汚職しないわけにはいかない――「非〜不可」の構文が一発で記憶できるいい例文です)だしなぁ。危険だ」
「やらないほうが危険だ」
 授業中、先生が中国人の学生たちに
「君たちが故郷に帰って知事などと話すときに……」
 というのを聞いて、この子たちは地元に帰るとそういうクラスなんだなーと思ったが、だからこそ、汚職はさらに深刻なのである。
 日本と違い、十人のうち九人まで汚職している環境で一人だけ清潔ならどうなるか。もちろん九人から陥れられる。
 小学校入学から前のほうのいい席はお金で買う。大学入試共通試験の点数も1点1万元で買える。日常生活で賄賂を見慣れた彼らにとっては、汚職は良い悪いというよりもはや生活に密着している問題。生きるためには汚れなければならぬ。日本だって官僚汚職はひどいが、少なくとも日常生活で役人に賄賂は要求されない。
 中国の街中でよく見かける「運転免許手続き所」はたいてい管轄の職員の親族がやっていて、つまり「金出せば順番飛ばしてあげるよー、免許を売ってるよー」である。
 まあこのぐらいを汚職と思う中国人はいないだろう。中国人の知人が免許を持っていれば、「買った? 取った?」と聞いて、誰も変に思わない。
 五道口あたりの小店でもよく公安がつかつかと入ってくる。店の商品を勝手に飲み食いし、当然のごとくお金を払わず出て行く。老板いわく、
「あいつらは自分の給料が安いから、悪いとおもってないんだ」
 正直、賄賂をまったく拒否すれば、子供は学校に行けず、行っても不当な成績を与えられたり、引越しの登記もできず小さな店さえ開けないということになる。
 現代中国にちょっと深くかかわった人は、おおむね、「なぜこんなに簡単に息をするように嘘をつく、人を騙す。良心はないのかー」と叫ぶことになる。
 私もそう思っていたが、あるときふと気づいた。
 この人たちは子供の頃から騙され続けているんだ。それも一番ひどいのは自分の国。メディアに流れる反吐がでそうな美しい言葉と、現実との極端な乖離の中で育ってきているのである。そりゃ、まねするでしょう、親とたとえられた国家の。

(中略)

 北京大学東門近くの胡同の中にある、おっそろしく汚い学生バー。ジュースか酒かわからない甘ったるい液体を舐めていると、話が政府の腐敗になった。
「でもどうしてそこまで公務員が腐敗するの? みんなやるから?」
「違う。権限が大きいからだ。なんでも決められる、なんでもできる。集中しすぎている。誰も彼らを管理できない」
 紀宮様と結婚された東京都庁勤務の黒田さん。たとえば彼が腐敗とは生涯まったく縁がないと言っても、そんな「夢物語」を信じる大陸の中国人はそういない。都庁の職員というだけで最低マンション20室ぐらいは持っていると思うだろう。いや皇室と縁戚なら20棟か。
 別の学生が言う。
「国が腐敗を推進している。賄賂がないと生活できない」
「なに、それ?」
「公務員の給料が安いんだよ。僕の兄ちゃんは広西で公務員を1年で辞めた。手当てを全部入れて、給料は一ヶ月529元(約8000円)。飯も服も家も全部親もちだ。彼女に飯も奢れないし、結婚もできない」
 なんだか日本のフリーターみたい……。北京の公務員も給与自体は大卒で500元!これに表からは見えにくい手当をつけるのはどこの国も同じだが、食事、住居、期末、無欠勤、祝日(大休暇前)、旅行、スポーツジム手当!
 公務員が比較的高給とされる上海では、手当を含めると普通の大卒一年目で月平均6000元(9万円)近くいく職もある。受かるには上海戸籍が要る。まあ国家主席胡錦濤の給与も、公式基本給だけだと3146元(約4万7000円)である。
 公務員全部に十分な賃金を払うことができないから、「先富起来(豊かになれるものから豊かになれ)」って、つまり賄賂実力主義だったのかもしれない……。
 学校上げての賄賂、寄付要求も、それがないと学校経営がなりたたない面もある。
「なぜ改革は成功しなかったの?」
「そりゃ、ムリだ。一番権利が集中しているのが国家主席の胡錦濤だ。彼は軍隊と政府と権限を全部握っているが、そうじゃなきゃたちどころに引きずりおろされるのが中国という国だ」
 うーむ。中国! 毛沢東もそうだったもんな。】

〜〜〜〜〜〜〜

 これを読んでいると、中国という国は、いまの日本人にとっては「やりづらい国」だろうなあ、と考えずにはいられません。そう言いながらも、日本の企業にとっては中国は重要な生産拠点であり、また、貿易相手でもあるのですから、現場での苦労がしのばれるというものです。

 日本でも大分県の教育委員会での汚職が大きな問題となっていますが、同じことが中国で起こったとしても、たぶん、こんなに大きな問題にはならなかったのではないでしょうか。
 というか、あのニュースを中国の人たちが聞いたら、「えっ、それのどこが問題なの?」感じたかも。

 十人のうち九人まで汚職している環境で一人だけ清潔ならどうなるか?
 谷崎さんは、その問いに対して、こんなふうに答えておられます。
「もちろん九人から陥れられる」
 ものすごく理不尽な気がするし、現代の日本で生活している僕にとっては腹立たしくさえあるのですけど、そういう環境だったら、たしかに、危険分子として「残りの九人から陥れられる」のではないかと思います。
 そういう状況のなかで、ひとりで「非常識な正義」を貫いていくというのは、かなり難しいことですよね。そもそも、周りは、それを「悪いこと」だとすら考えていないのだから、「賄賂を受け取らない人」は「正義の人」ではなくて、単なる「変人」扱いされるのがオチです。
 公務員の給与が「賄賂をもらうこと」前提で設定されているのですから、ここまでくると、日本人的な感覚の「賄賂」とは別物として考えざるをえないのかもしれません。
 しかし、中国という国のなかで、最高の知識階級であるはずの北京大学の学生たちでさえこんな感じなのですから、そりゃあ、世間一般の公務員たちの意識は「推して知るべし」かと。

 これを読んでいると、なんのかんの言っても、日本というのはかなり「清廉な国」なのではないかと思われます。
 そして、これが現状では、中国という国が真の「発展」をしていくのには、まだまだ時間がかかりそうです。