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2008年01月23日(水) ■ |
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事故で夫を亡くした妻が、自分の子供を突然殺した理由 |
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『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』(桜庭一樹著・富士見書房)より。
【あたしは、昨日の夜、神となった兄、友彦としょうもない話をしたことを思い出した。友彦が<当たったらヤバイクイズを知っているかい?>と、またじつに優雅な微笑みを浮かべて私に話しかけてきたのだ。夕食を摂っているあいだの、短い、あたしたちの会話タイムでの出来事だった。友彦は、 <いいかい、なぎさ。当てるなよ> <な、なんで?> <これに答えられた人間は史上にわずか5人しかいないんだ> さんざんあたしを脅して、困っているあたしに向かって楽しそうに長い髪を揺らし、話しだしたのだった。 <ある男が死んだ。つまらない事故でね。男には妻と子どもがいた。葬式に男の同僚が参列した。同僚と妻はこんなときになんだけどいい雰囲気になった。まぁ、ひかれあうってやつだ。ところがその夜、なんと男の忘れ形見である子供が殺された。犯人は妻だった。自分の子供をとつぜん殺したんだ。さて、なぜでしょう?> <な、なぜって……> 知るかぁ、と思ってあたしが目をぱちくりしていると、友彦は満足そうにうなずいて、 <きょとんとしてるな、我が妹よ> <うん、もちろん> <わかんないんだな?> <……悪かったわね。わかんないよ、ぜんぜん> <よかった、なぎさ。君は正常な精神の持ち主だ> <はぁ> 友彦はにこにこして、楽しそうに、 <この問いは一説によると、異常犯罪者の精神鑑定に使われる質問なんだ。普通の青少年はほとんど、99.999……パーセント、答えられない。この史上でこれまでに答えることのできた人間はわずか5人。それは……> 友彦は、ここ十年ほどのあいだに起こった有名な猟奇事件の犯人である子供たちの名をつぎつぎに挙げてみせた。あたしがぽかんとして見ていると、 <答えられたら、ヤバイクイズ。これにて終了。我が妹は正常なり、ではね、なぎさ> ぽかんとしているあたしを残して、襖を閉めてしまった。
(中略) 注:この後に「答え」を引用しています。この小説をこれから読む予定がある方は、小説を先に読まれることをおすすめします)
ほとんどの人間が答えられないというこのヤバイクイズを聞いた海野雅愛は、うんとうなずいた。そして、 「"Because I miss you"」 「えっ……?」 「逢いたくて、じゃないかな?」 海野雅愛は簡単に言った。 正解だった。
クイズの答えは、”逢いたくて”。 もう一回お葬式があればその男にまた逢える。妻はそう考えて、もう一回お葬式をするために子供を殺した。男にまた”逢いたくて”が正解だ。】
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この「クイズ」、僕は以前、どこかで聞いたことがあるような気がしたのです。たしか、「秋田小1男児殺害事件」と関係していたと思うのですが、ワイドショーなどで「こういう話があります」ということで取り上げられていたのか、それとも、一緒にテレビを観ていた人が教えてくれたのか……
これが桜庭さんの完全な創作なのか、何か元ネタがあるのかもわからないのですけど、これ、すごく僕の心に引っかかっていた「クイズ」だったんですよね。 まあ、そのわりには、この『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』を読んだときも、「正解」は思いつかなかったのですけど。
ちなみに、僕が最初にひらめいた答えは、「子供がいると新しい男と付き合うのに邪魔になるから」というものでした。これはこれで残酷な答えではあると思うのですが、この「正解」を知ると、はるかにリアリティが無いというか、この妻の心に踏み込めていない、いかにも「他人事として客観的に考えた答え」であるような気がします。
おそらく、このクイズを聞いた大部分の人は、「わからない」「想像もつかない」か、僕のような答えにたどり着くのではないかと思うのです。このクイズの状況そのものが「不条理」であり、「そんな妻の気持ちなんてわからない」から。 そんなに「逢いたい」なら、子供を犠牲にしたりせずに、なんとか携帯番号調べて電話しろよ!とも思いますよね。 でも、世の中には、たしかに、「もう一回お葬式をやって同じ状況をつくったほうが、手っ取り早くて確実」と考えるような人もいるのだ、あるいは、いてもおかしくないのだ、ということなのでしょう。 はたして、そういう「歪み」を抱えたまま生きている人を、他者が「矯正」できるのかどうか? それはある意味「歪み」というより、「あまりにも『自分の欲望を満たすこと』に忠実すぎる」だけなのかもしれませんし。
少なくとも、「これに答えられた人間は史上わずかに5人」っていうのは桜庭さんの創作だろうな、とは思います。それが事実であるならば、この質問は客観的なデータとしてはあまりに正答率が低くて役に立たないので、実用には適さないでしょうから。
「簡単に『逢いたくて』にたどり着ける人」は、世の中に意外とたくさんいるような気もするんですよね。あんまり想像したくない話ではあるけれど。
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