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2007年05月28日(月) ■ |
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「清潔な調理場からでないと、美味しい料理は生まれない」 |
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『至福のすし〜「すきやばし次郎」の職人芸術』(山本益博著・新潮新書)より。
【清潔。料理ではこれはもう言うまでもなかろう。「清潔な調理場からでないと、美味しい料理は生まれない」とは、フランス料理のジョエル・ロビュションの口ぐせであるが、けだし名言と思う。「掃除をしていて、しすぎるということはない。汚れたらすぐに拭けばいい。それが半日もたてば洗わなくてはならない。一日置いたら磨かなくてはならない」と小野二郎は店の者にそう言う。調理場での格言といってもよいだろう。 このように、優れた料理人は清潔であることに人一倍気を遣う。料理にたずさわる職人であるなら当たりまえのことだが、調理場や身のまわりのものの清潔さに常に気をつけている料理人には、おのずとその人自身に清潔感が漂うものである。】
(「すきやばし次郎」の「清潔さへのこだわり」についての、山本益博さんと小野次郎さんの話の一部です)
【山本益博:飲食店というのは、清潔というのがまずなによりも大切と思うのですけど、これがなかなかクリア出来るようでいてクリアできない。清潔であることが飲食店にとって何より大事という、そのお手本のような店が「すきやばし次郎」ではなかろうか、と。わたしの知る限り、日本一清潔な店だと思います。 日本一どころじゃない、「次郎」さんと同じくらい清潔好きというか、店の中がとにかく隅から隅まできれいになっていないとご機嫌が悪い、あのジョエル・ロビュションさん、その彼をいまから15年ほど前、こちらへ初めてお連れしたとき、ロビュション、店へ入った瞬間、自分の店より清潔な店を初めて見たって言ったんですよね。 それくらい清潔なんですけど、「次郎」さんは、もともと清潔好きだったんですか。 小野二郎:まあ潔癖は潔癖でしたね。だけど人に言われるほど清潔かどうか……。これでごく普通じゃないですか。 でも、保健所が来ると、うちの若い連中は、保健所よりかうちのオヤジの方がうるさいから、もっとよく見ていってほしいって言います(笑)。保健所の人はうちへ来ると、勝手口のところで靴脱いで入ろうとするんです。わたしら土足で入っているところ、あの方々は靴を脱いで入ってくる。土足でいいですよと言うんですが、本当にいいんですかと言うぐらい。保健所の人は今はうちへ来るのが5年にいっぺんぐらいですけど、表彰状は毎年来てます(笑)。
山本:すし屋さんはどこへ行っても、つい魚の匂い、酢の匂いがします。目をつぶってもすし屋とわかってしまう。それがすし屋ならではの匂いでいいとおっしゃる方もおありのようですけど、やっぱり絶対禁物ですよね。
二郎:いちばん美味しく食べていただくには、他の匂いが入らないほうがいいんです。すしはすし種と酢めしだけ、ですからそのものだけの味でないとダメですね。生臭い匂いなんてのはいちばん禁物です。
山本:やっぱり掃除が徹底してないと、流しの下のところなんかから、つい魚の匂いはすぐ匂ったり……。
二郎:わたしの店では、お勝手と調理場は、夜仕事が終わると、お湯を全部かけて洗わないことには、店は仕舞にならないんです。それをやらないと、どうしても匂いがだんだんだんだん重なっていって、しまいには匂いがついてしまう。
山本:若い人は掃除について、ブツブツ文句言わないですか。言わせない?
二郎:言ったらクビになります(笑)。
山本:その掃除、清掃にどれくらい耐えられるのかってのがありますよね。ロビュションはよく言います。「料理というのは、調理半分、掃除半分」だと。まず清潔を保てるだけの心がけというか、掃除がきちんと出来ない者は調理する資格がないと。 また、「コート・ドール」(東京・三田)の斉須(政雄)さん……。
二郎:あのお店もきれい。前に山本さんに連れていっていただいて食事したあと、厨房を見せていただきましたよね。隅から隅まで本当にきれいになっている。すごく刺激受けましたね。
山本:店が出来て10年以上経っているっていうのに、厨房はいつでも明日開店かっていうぐらい磨きに磨いてありますよね。その掃除について斉須さんに尋ねたんです。 「毎日毎日掃除を徹底しているからこその清潔感と思うんですけど、仕事が終わったあとのもうひと仕事で大変じゃないですか。若い人は嫌な顔しませんか」って。 そうしたら、斉須さんこう答えたんです。 「僕も一緒にやりますよ。でも毎日やらなかったら、もっと大変ですよ。毎日きちんと掃除していれば、大掃除っていらないんですね。 僕は、この店をオーナーに任されたとき、こんなに立派な調理場作っていただいて、と思いました。いい料理を作らなきゃいけないって思いました。 そういう料理をする喜び、ですね、山本さん。こんな立派な厨房で料理をすることが出来る。それに感謝するのは掃除くらいしかないじゃないですか。ですから、掃除が大変、なんて思ったことないです。いまはオーナーから店を譲り受けましたけど、その気持ちはまったく変わってません」
(中略
山本:店へ入っても掃除ばかりっていうので、それが嫌で辞めてしまう若い人、いまどき多いんじゃありませんか。
二郎:早いのだと半日(笑)。その次だと、一日ぐらいたってもう嫌だと。二日目の朝、店に出てこないので、連絡してみたら、一日立ってて疲れましたって。そうですね、10人来て1人残ればいいほう、1割ないかもしれませんね。
山本:みんなすし屋になりたいという若者は、つい早いところ、お客さんの目の前に出てすしをにぎりたいんですね。】
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掃除という行為を「うーん、わざわざ綺麗にしたって、どうせすぐまた汚れるんだからさ」などと常に敬遠し続けている僕にとっては、なんだかもう、本当に読んでいるだけで申し訳なくなってくるような話です。いや、お客さん相手の飲食店だからなおさら、というのはあるのでしょうが、「汚れたらすぐに拭けばいい。それが半日もたてば洗わなくてはならない。一日置いたら磨かなくてはならない」というのは、本当にその通りだよなあ、と。ごく簡単なことなのですが「出したものは片付ける」とか「ゴミはすぐにゴミ箱に捨てておく」ことをその場でこまめにやっていれば、確かに、いざというときに慌てふためかなくても済むのですよね。まあ、こういうのこそまさに「言うは易し、行なうは難し」の典型なんですが。
ちょっと前に、テレビで、みのもんた司会の『愛の貧乏脱出作戦』という「流行っていない飲食店の店主が、流行っている飲食店に弟子入りして腕を磨き、店を再建する」という番組をやっていたのですけど、あらためて思い返してみれば、そこで紹介される「貧乏店」は、すべからく「片付いていない」「不潔な感じ」だったのです。ここで語られている「超一流店の清潔の概念」を読んでいると、「店の清潔さと食べ物の味は別」というのは、単なる言い逃れにすぎない、ということがよくわかります。「魚の匂い、酢の匂いもダメ」なんて言われると、「そこまで厳しいのか」と驚くばかりなんですけどね。僕にとっては、「あれが鮨屋の匂い」なのに。
『コート・ドール』の斉須さんの「こんな立派な厨房で料理をすることが出来る。それに感謝するのは掃除くらいしかないじゃないですか」という言葉も、仕事場の机の整理整頓が全然できていない僕には、耳が痛い話でした。こういうのって、「自分への戒め」であるのと同時に、店を預けてくれたオーナーへのアピールにもなるはずです。そう公言して、店を綺麗に使ってくれれば、オーナーだって悪い気はしないでしょう。まあ、そんな下心のあるなしはさておき、スポーツの世界でもイチロー選手や松井秀喜選手が野球の道具を非常に大切にしていて、いつも自分で丁寧に手入れしているというのは有名な話です。
まあ、実際は、この至高の名店である「すきやばし次郎」、僕のような「普通の人間」にとっては、「あまりに張り詰めた雰囲気なので、緊張してしまって食べ物を味わうどころじゃない」なんて話もあるみたいですけど。
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