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2007年05月22日(火)
秋葉原と書泉ブックマートには、ダイヤモンドの原石が転がっている!

『先達の御意見』(酒井順子著・文春文庫)より。

(『負け犬の遠吠え』の筆者・酒井順子さんと、人生の「先達」たちとの対談集の一部です。鹿島茂さんとの対談から)

【鹿島茂:だから、負け犬たちが、いつか王子様が……なんて思って待っていても、永久に王子様はやってこないわけ。

酒井順子:眠れる森の王子様は自分で探しにいかなくてはならないわけですね。でもどこにいるんでしょう?

鹿島:いることはいるんです。どこだと思います。眠れる王子様たちが大量にいる森は?

酒井:秋葉原ですか?

鹿島:なんだよね、やっぱり。それに、神保町の書泉ブックマートの周辺。あそこには、ありとあらゆるオタクの森の王子様が、それこそ蝟集(いしゅう)している。だから、ネルシャツに紙袋のオタクじゃなくて、コムデやヨージを着ているイケメンのオタクもいるはずなんです。女をナンパなんてめっそうもないっていう、デッド・ストックが。

酒井:でも、そういうデッド・ストックにどうやって接近すればいいんです。まさか秋葉原やブックマートで逆ナンパなんてできないでしょう。

鹿島:それにはいろいろと手がある。一つはパソコンや格闘技、ヘラブナや鉄道、それにクルマやオートバイなんてオタク雑誌の投稿欄に「偶然手にしたこの雑誌で、深い世界があるのを知りました。ど素人ですので、わかりやすく手ほどきしてくださる方はいませんか? 直接お会いしてお話を聞きたいので、近県の方を希望します」っていうメールを送る。ひとたび、投稿が載ったら最後、何百通、何千通って手紙やメールが回送されてきますよ。

酒井:そうか、そんな手があったのか。でも、ヘラブナばっかり500人……。

鹿島:ヘラブナだって、イケメン・高学歴・高収入の三高男はいる。たとえば、男子校、理系大学、研究所って、一切女っ気なしで来たがため、デッド・ストックとなったオタクたちが投稿欄を見て、ついに同好の女同志現るって、軍団をなしてやってくる。

酒井:一種、壮絶ですね。でも、オタクの森の王子様にかしずかれる女王様ってのもどうなんだか……。

鹿島:酒井さんだったらね、物書きなんだから、そんな面倒くさい手段は必要ない。秋葉原のパソコン書店やブックマートでオタク本を物色しているイケメン男に、「あの、いま取材しているんですけど、ちょっとお話うかがっていいですか」と声をかける。

酒井:取材と思えばなんだってできる。

鹿島:そう、SMだって、スワッピングだって取材できるんだから、オタクなんて簡単なもんですよ。ただし、オタクにはオタクなりの接近法というのがある。

酒井:どうすればいいんですか?

鹿島:オタクというのは、一ヵ所の井戸を一意専心、深ーく掘り下げる、その深さに限りない誇りをもっている。だから、その誇りをくすぐってやればいい。

酒井:オタク・ボタンのスイッチをうまく押す。

鹿島:そう、グイッと。すると、2時間、しゃべりっぱなしになる。

酒井:オタク水道の垂れ流し。

鹿島:しかし、そこで唖然としたり、ゲンナリしてはいけない。「ウッソー」とか「スッゴイ」なんて、うまく合いの手を入れて、いかにも自分がその分野が好きになったふうを装う。オタクは女に慣れていないから、そんなことわかりっこない。第一、わかるようだったらオタクをやってない。

酒井:2時間我慢すれば、三高ヘラブナがかかってくる。好みのタイプだったら、ヘラブナOK、鉄っちゃんOK。

鹿島:話し終わったら、もうその時点で、オタクはあなたに恋してる。ちょうど、精神分析で、トラウマを告白し終わった女性患者が分析医に恋するのと同じに。

(中略)

酒井:秋葉原とブックマートにはダイヤモンドの原石がつかみ取りで転がっているような気になってきました。

鹿島:いっそ、秋葉原と神保町を結ぶ万世橋を「逆ナン橋」と名づけて、そこではバレンタイン・デーじゃなくても「逆ナン」OKにすればいい。

酒井:負け犬よ、万世橋に集まれ! ですね。】

〜〜〜〜〜〜〜

 うーん、世間の「オタクに対する認識」って、こんなものなのか……と、ちょっと暗澹たる気分になってしまうような話ではあるんですけどね。
 さすがに、【オタク雑誌の投稿欄に「偶然手にしたこの雑誌で、深い世界があるのを知りました。ど素人ですので、わかりやすく手ほどきしてくださる方はいませんか? 直接お会いしてお話を聞きたいので、近県の方を希望します」っていうメールを送る。】なんて「いかにも」な方法では、「ネカマ」か「業者」だと思われて、誰も食いつかないのではないか、という気がします。現在でもこういうのに対して、絨毯爆撃的にメールを送っている男とかがいるのかもしれませんが。

 しかし、世間で言われる「三高」の基準からすれば、「オタク」というのは、確かに「まだ未開発の資源の宝庫」ではないかと思います。「オタク」の中には、高学歴、専門職で高収入、顔の造作は悪くない(流行りの格好をさせれば光りそう!)、というような人は、けっして少なくないのです。それでも、世の女性は「オタク」を選んでくれないんですよね。カッコいいだけで暴力をふるったり、女癖が悪いような男より、とっつきにくいけど「優しくて高収入」のオタクのほうがモテてもおかしくないんじゃないのかなあ、と僕などは考えてみるのですが、現実には「キモーイ」の一撃で、女性はオタクを「論外コーナー」に分類していきます。「現実への妥協」は、「生理的不快」には敵わない。

 「2時間オタクトークを我慢すれば…」なんて鹿島さんは仰っていますが、「2時間も興味の無い話を1対1で聞かされる」という状況に、大部分の人類は耐えられないと思うのです。2分ならともかく、2時間はさすがにねえ。それが1回限りならさておき、もし付き合ったりすれば、それが毎回になるのかと想像するでしょうし……

 『電車男』のおかげで、良くも悪くも「オタク」という存在は認知されたようなのですが、世の女性たちには、もっと「資源としてのオタク」に目を向けていただきたいものだと僕も思います。まあ、オタク側にとっても、本当に「女性が必要」かどうかはさておき。