初日 最新 目次 MAIL HOME


活字中毒R。
じっぽ
MAIL
HOME

My追加

2006年12月15日(金)
『プラダを着た悪魔』、アナ・ウィンター編集長の「伝説」

「クーリエ・ジャポン」2006/11/16号(講談社)の特集「ファッション業界の内幕」のなかの「『プラダを着た悪魔』と呼ばれた”女帝”という記事の一部です(Samuel Blumenfeld・著)

【スレンダーなこの英国人女性、アナ・ウィンターは56歳。'88年に米国で「ヴォーグ」編集長に起用されて以来、絶大な権力を振るってファッションの世界に君臨してきた。ストレートのボブヘア、尖った唇、ふだんは黒のサングラスで完全に隠されている切れ長の目……。アナ・ウィンターを見ると、召し使いを連れたオードリー・ヘップバーンとすれ違ったかのような錯覚に陥る。気位の高そうなその姿から「グラマーな昆虫」「手脚にハサミがついている」などと揶揄され、ファッション界での専横ぶりに相応しく、さまざまな鳥の名前まで冠されている。冗談のネタにされることはしょっちゅうだ。
 アナ・ウィンターは、パリのファッションショーの日取りを自分の都合で思うままに変更することができる。彼女が人前に姿を現すときは、きまって専属ガードマンが付き添っている。彼女の嗜好はファッションの至上命題となる。数々の流行を生み出し、消し去るのがこの女性なのだ。いや、こう言うべきか。アナ・ウィンターには、自分のまなざしを惹きつけたもの、おメガネにかなったものを、ことごとく黄金に変えてしまうミダス王の力が備わっている、と。

(中略)

 ただ、このオーラには気まぐれが付きまとう。
「彼女がニューヨークで開催されるショーの席を予約するとき、何て言うと思う?」
 と、英国の某ファッション誌の編集長。
「普通の人なら、1列目や2列目に席が取れたら満足でしょ? アナ・ウィンターは、誰にも視界を遮られず、誰の視界からも遮られる席を取れ、という無茶な要求とするのよ」

 度外れの気まぐれぶりは、「ヴォーグ」編集長就任当初から発揮されていたという。彼女が発する行き当たりばったりで容赦ない命令に、アシスタントたちは絶対服従しなければならない。物事を手際よく処理する能力が要求されるだけでなく、家政婦まがいのつらい仕事も課せられる。「ヴォーグ」の女主人が望んだものは、どんなものでも入手すべく奔走し、オフィスに届けなければならない。徹底的な献身を要求され、休憩もほとんどとれず、ときにはトイレに行く暇さえない。
 たとえば、アナ・ウィンターが朝オフィスに到着するまでに、朝食を用意しておかなければならない。こんな注文はおやすい御用と思うだろう。だが、この上司は朝、何時にオフィスに着くのかわからないのである。しかもコーヒーは熱々でなければダメ。温め直したコーヒーなど論外だというのだ。かくして15人分の朝食が時間差で用意されることになる。こうするよりほかに、方法がない。

(中略)

「ヴォーグ」のトップの座についてからというもの、彼女は新しい美的感性を追求し、顧客に服を披露するだけというそれまでのモデルのイメージを一変させた。それまでこの月刊誌の表紙写真は、スタジオ内の、いささか過剰なセットのなかで撮影されていた。それを彼女は、ごく自然なセットで撮影させるようにしたのだ。
 また彼女は、ファッション業界の表と裏、つまり生産者と消費者という相反する領域を見事に仲介した最初の人物でもある。彼女が「ヴォーグ」の編集を開始した88年11月号は、こうしたスタンスをはっきり打ち出している。表紙に登場した19歳の女の子は、40ドルの洗いざらしのジーンズに、クリスチャン。ラクロワのTシャツ、それに何と1万ドルのジュエリーを身に着けている。
「ヴォーグ」という雑誌には、編集長の確固たるアイディアが貫かれていなければならない。たとえば、登場する男女が充分に洗練されていないルポタージュなどは、容赦なく切り捨てられることになる。当然、ある程度の犠牲も出てくる。TV番組の人気司会者オプラ・ウィンフリーは、表紙登場に際し15kgもの減量を余儀なくされた。ヒラリー・クリントンは「ヴォーグ」登場の栄誉にあずかるため、自分のクローゼットの中身を総入れ替えさせられたうえ、着ていたマリンブルーの衣裳がマダム・ウィンターのお気に召さず、別のものに着替えなければならなかったという。
 掲載記事の内容も見逃せない。航空会社の客室乗務員をめぐる逸話はよく知られている。乳がんの特集記事を組んだ際、実際に病気を患った客室乗務員を前面に押し出すインタビューを掲載する予定だった。真偽の程は定かではないが、レベルの高い、あるいは気位の高いのが「ヴォーグ」読者だからと、アナ・ウィンターは、客室乗務員ではなく女性実業家の乳がん患者をわざわざ見つけてきて、出演依頼をしたのだという。】

〜〜〜〜〜〜〜

 映画『ブラダを着た悪魔』では、メリル・ストリープさんが、このアナ・ウィンターさんをモデルにしたと言われているファッション雑誌編集長を演じています。
 僕はあの映画で「紹介」されている「アナ・ウィンター伝説」の数々は、それなりに「演出」したものなのだろうな、と思っていたのですが、この記事を読んでみると、御本人もかなりすごい人みたいですよね。「誰にも視界を遮られず、誰の視界からも遮られる席を取れ」なんて、これはもう、一休さんにでも頼まないとどうしようもないではありませんか。ファッション業界の人たちは、いったいどうやって、この「無茶な要求」にこたえているのでしょうか?
 ここで紹介されているアナ・ウィンターさんの数々の逸話を読んでいると、「雑誌の編集長っていうのは、ここまでの権力を持てるものなのだろうか」と疑問にすらなってきます。時間差で朝食を15人前も用意させるくらいなら、ある程度決まった時間に出社するか、せめて出社してから準備をさせればいいことだし、そもそも、朝食の準備くらい自分ですればいいのに、という話ではあるんですけどね。ただ、その一方で、この記事で紹介されているように、ウィンターさんのセンスには卓抜したものがあって、彼女自身の「カリスマ性」に、「ヴォーグ」が支えられているのも事実なのです。無能でこの行状なら、こんなに長い間「君臨」できるわけもなく。
 僕などはこの記事を読んで、「ヴォーグ」の選民チックな主張に不快感を抱いてしまうのですが、世の中には「ヴォーグ」に認められるような女になりたい!と考えている女性も多そうですものね。人気司会者を15kgも痩せさせたり、あのヒラリー・クリントンにダメ出しをしまくったりしても、許され、それでも彼女らが「載りたい」と願う雑誌。そして、そんなエピソードによって、さらに「ヴォーグ」は権威づけられていくのです。まあ、読者の立場としては、自分がウィンター編集長のアシスタントになるわけではないですしね。