|
|
2006年02月15日(水) ■ |
|
金メダリストたちの「第2の人生」 |
|
日刊スポーツの記事より。
【初の金メダルを手に、氷上から金融経済の中心ウォール街に華麗な転身を図る。スピードスケート男子500メートルで金メダルに輝いたジョーイ・チーク(26=米国)が今季限りの引退を宣言した。「スピードスケートでやれることはすべてやった」。チークは朗らかに話した。 圧倒的なレースだった。1本目、2本目ともに、1人だけ34秒台をたたき出した。高地にあるカルガリーやソルトレークシティーとは違い、タイムが出にくいリンクでの34秒台だけに価値がある。本人も「信じられない。人生最高の2本だった」と驚くほどで、2位ドロフェエフに0秒65の大差をつける圧勝だった。 しかし、優勝記者会見は異例の展開となった。最初の質問を遮り、しゃべり始めた。「金メダルを取って、何か意味のあることに役立てたい」。米国オリンピック委員会から得る2万5000ドル(約290万円)の報奨金をアフリカ難民救済に寄付し、スポンサーにも寄付を呼び掛ける。政情が安定したら、自らもアフリカのスーダンを訪れる計画だ。
アイディアは、レースの数時間前に浮かんだ。「何か大きなことをしたら、その時は大きなものを社会に還元したいと思ってきた」。94年リレハンメル大会で3冠に輝いたコスが主催する慈善団体のオフィスが選手村にあった。そこを訪れ、寄付はその団体を通じて行われる。 競技生活からも今季限りで身を引く。大学で経済学を学び、ビジネスの世界に転身する計画だ。小学校6年生の時には、世界でも有数の経済紙ウォールストリート・ジャーナルを読んでいた。ハーバード大への申請は断られた。「しょうがないよ。10年間も学校からは離れていたから」。チークの言葉には、金メダルよりも、第2の人生への喜びがあふれていた。
<金メダリストのビックリ転身> ☆俳優 トニー・ザイラー:56年コルティナダンペッツォ大会スキーのアルペンで、史上初の3冠に輝き、引退後、俳優に転身した。「黒い稲妻」などで主演。「白銀は招くよ」では、同名の主題歌も大ヒット。
☆実業家 ジャンクロード・キリー:68年グルノーブル大会でアルペン3冠。自ら伊のブランド「キリー」がヒットし、実業家として成功。パリ・ダカ、ツール・ド・フランスなどを主催するアモリーグループの総帥。
☆医者 エリック・ハイデン:80年レークプラシッド大会のスピードスケートで、5冠を達成。21歳で引退した後は整形外科医として活躍した。02年ソルトレークシティー大会では、米国代表のチームドクターも務めた。
☆特使 ヨハンオラフ・コス:94年リレハンメル大会でスケート中長距離の3冠。引退後はオスロ大で医学を学びながらボランティア活動にも情熱を注ぎ、現在もユニセフのスポーツ特使として活躍している。
☆議員 萩原健司:92年アルベールビル、94年リレハンメルの両大会でノルディックスキー複合の団体連覇。02年に引退して04年参院選で当選。元金メダリストの国会議員として、教育問題などで活躍している。】
〜〜〜〜〜〜〜
僕も、このスピードスケート男子500メートルを観たのですが、ジョーイ・チーク選手には、まさに「圧倒的な強さ」を見せつけられました。日本期待の加藤条治選手や、「びっくりドンキー®」の及川佑選手も健闘していたものの、正直、今回のチーク選手は頭ひとつ抜けているなあ、という印象だったのです。2位と0秒65差なんていうのは、この競技としては、まさに「ぶっちぎり」でしょうし。 しかしながら、その金メダル会見で、いきなりこの26歳のチーク選手のオンステージが始まりました。喜びの会見は、一転して「引退会見」になってしまったのです。スピードスケートという競技の年齢的なピークというのは人それぞれなのでしょうが、26歳というのは、「大ベテラン」というわけでないし、少なくとも「まだまだやれる年齢」のはずです。せっかくこうして金メダリストになったのだから、第一線でやれるかぎりは競技を続けるのが普通のような気がするのですが、言われてみれば確かに、アマチュアのアスリートとしては、こうしてオリンピックで金メダルを獲るというのは、「スピードスケートでやれることはすべてやった」ということなのかもしれません。それでも、スピードスケートの清水宏保選手やジャンプの原田雅彦選手のように、「金メダルを獲っても、まだ競技人生を続けているアスリート」が多い日本という国に住んでいる僕からすれば、この潔すぎる引き際に、カッコいいなあ、と思う反面、ちょっともったいないなあ、とも感じるのです。
しかしながら、じゃあ、引退した日本の金メダリストたちはどうしているのか?と考えたとき、萩原さんみたいに政治の世界に転身したり、タレントとして活躍したりしている人を除けば、多くの選手たちは「その競技の指導者になる」しかないのが現実なのですよね。そして彼らは、オリンピックのときだけ担ぎ出されて解説をやっている、と。まあ、食いっぱぐれることはないとしても、彼らの多くが「金メダリスト」だからといって、そんなに恵まれた状況にあるわけではないのです。そういう「第2の人生」を考えれば、このチーク選手の「早すぎる引退」というのは、むしろ積極的な選択なのでしょう。彼に本当に「ビジネスの才能」があるかどうかというのは、また別の問題だとは思われますが。
それにしても、こうして「ビックリ転身」という記事が出るくらいですから、金メダリストが、自分の競技を離れて「第2の人生」で成功するっていうのは、やっぱりものすごく大変なことみたいですね。もちろん、一度でもオリンピックで金メダルを獲れたなら、第2の人生なんてどうでもいい、と考えている選手たちもたくさんいるのでしょうけど。
|
|