|
|
2005年11月17日(木) ■ |
|
僕たちが行きたかった「秘宝館」 |
|
「しをんのしおり」(三浦しをん著・新潮文庫)より。
(筆者が、「横浜トリエンナーレ」に行ったときのエピソード)
【展示物の中には「秘宝館」というブースもあった。秘宝館……懐かしい言葉との再会だ。私は幼き日に思いを馳せた。 田舎道を車で走っていたら、田んぼに秘宝館の看板が立っていた。私はその看板を見て、「ねえ、秘宝館ってなに。秘宝館に行きたい!」とかなり真剣にダダをこねたものだ。「おねだりをするなんて恥ずかしいわ、ふん」などといきがっていたガキだったのに、「秘宝館」という文字を見ると途端に自制と自尊の心を忘れた。秘密の宝でいっぱいの館。あからさまに怪しげな字面が魅力的だった。しかし大人たちはみな、私の魂の底からの欲求をきっぱりと無視したのであった。 手の届かなかった憧れの秘宝館。その秘宝館の宝すらも「現代美術」として出品されているとは。私の胸はいやがうえにも高鳴った。秘宝館とはいったいいかなるものなのか。その内部にはどんな秘宝が飾られているのか……。 実際に見た秘宝は、予想していたよりもはるかにはるかに私の好みだった。秘宝館の収蔵物を初めて見ることができて感無量である。素晴らしいよ、秘宝館。ああ、私は大人たちを恨む。この素敵な宝を子どもに見せようとしなかった大人たちを恨む。 秘宝館のブースの入り口には、「県の指令により、6才以上18才未満の入場をお断りします」というプレートが掲げられていた(実際の秘宝館にあったものらしい)。6歳未満ならあれを見てもいいのか。その微妙な年齢指定には、ロリコンならずともときめくこと請け合いである。感動と興奮のあまり、何を言いたいのかよくわからなくなってきた。】
〜〜〜〜〜〜〜
ちなみに「横浜トリエンナーレ」とは、こういうイベントらしいです。「現代美術の祭典」なんですね。しをんさんが行かれたのは2001年に開催されたもので、ちょうど現在、2005年のトリエンナーレが開催されています。 それにしても、その「現代美術の祭典」に、「秘宝館」のブースがあるなんて、驚いてしまいました。というか、現代美術というのは、どうも僕には理解不能のものが多いのですけど。 御存知ない方もいらっしゃると思いますが「秘宝館」というのは、こういう施設なのです。 このしをんさんの文章を読んでいて、僕も子ども時代に、道ばたの「秘宝館」の看板を見て「行ってみたい!」と言って親を苦笑させたことを思い出しました。いや、だって、子どもだったら、「秘密」の「宝」の「館」だなんて、いったいどんなスゴイものがあるんだろう?って、ものすごく知りたくなりますよね。 結局、僕がはじめて(そして唯一)、この秘宝館という場所に行ったのは、大学の部活の旅行で、それまでは、何が飾られているのか全然知らなかったのです。どうして秘宝館に寄ることになったかというと、そのときの旅行の幹事だった後輩の、「だって、面白そうじゃないですか!」という気まぐれだったのだけど。 いや、そのときの「同じ部活の女の子たちと、秘宝館に入るという状況」というのは、今から思い出しても、そりゃあもう「悲劇的」ではありました。 「気持ち悪い!」とダッシュで館内を駆け抜ける女の子たち(一部興味深そうに観て回る人もいましたが)。そして、気持ち悪いながらも、幹事として一生懸命計画を立てた(はずの)後輩たちの手前、余裕をかまして観て回るふりをしていた僕。とはいえ、あまり一生懸命眺めていては、かえって僕の株を下げる羽目に陥ってしまうので、バランスが肝心。でもなあ、20歳過ぎたばっかりの、自意識過剰かつ比較的真面目な青年たちには、「秘宝館」というのはあまりに退廃的すぎて、正直、ついていけませんでした。今でも、あの薄暗い館内の澱んだ空気を、なんとなく覚えています。 帰りの車の中は、そりゃあもう修羅場になりました。 なんであんなところに行くの!と罵声を浴びせられ、うつむく幹事たち。アレをネタとして笑い飛ばすには、あの頃の僕たちは、若すぎたのです…… もし今なら、恥ずかしがる女の子たちを観賞するという、やや倒錯した楽しみかたもあるとは思うのですけどねえ。
僕が行ったのは、もう10年前の話なのですが、不思議なもので、今やあれも「現代美術」になっているみたいです。本当に、なんでもアリだな、現代美術って。
|
|