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2005年10月04日(火)
パイロットたちの3S(スリー・エス)

「機長からアナウンス」(内田幹樹著・新潮文庫)より。

【国際線で長距離を飛んでいると、何時間もの巡航時間―水平飛行で安定して真っすぐに飛んでいる―がある。そのあいだ、パイロットはコックピットという狭い場所に閉じこめられている。A社の場合、かりに12時間の飛行時間であれば、4時間操縦して2時間休憩、そしてまた4時間の操縦、2時間の休養というシフトである。
 休憩時間はクルーバンク(別室)で横になったり雑誌をながめることもできるが、眠れない人は徹夜の勤務とほとんど同じ状態になる。一方コクピットにいるときは、眠気覚ましの意味もあって、どうしても飲んだり食ったりばかりになってしまう。しかもコクピットがある意味特等席で、ボタン1つでスチュワーデスがなんでも届けてくれる。

(中略)

 ヨーロッパで12時間近く、アメリカ東海岸で14時間ほど。はっきり言ってみんな退屈しきっている。お客さんはテレビ、音楽ありで退屈をしのげるが、コクピットでレーダーを見続けたところで問題は解決しない。
 そうしたなかでいったいどんな話をしているのか。
 昔から言われている話題といえば、3S(スリー・エス)だろう。これはスケジュール、サラリー、セックスの意味で、もとはアメリカで言われていたものだが、いまではほとんど世界共通といっていいと思う。
 自分の経験から言うと、いちばん多い話題は乗務スケジュールと休日、訓練、審査ではなかろうか。次に家族や趣味の話題という具合だろう。これに組合と会社が労働問題でもめていたりするときには、組合関係や乗務手当の話でもちきりとなる。日本の場合はあまりあからさまなセックスの話題はほとんどなく、せいぜい泊まりに行ったらどこに飲みに行くか、いい娘がいる新しい店を見つけた、などどまりで、だから3Sといわれても、あまりぴんとこないのが正直なところだ。

 僕は海外の航空会社の便を乗客として使うときにはコクピットに挨拶に行く。
 そのときもいつものようにコクピットに行ったが、そこでジェネレーター(発電器)が2基アウトになっているのが目についた。ジェネレーターは全部で4基ついていて、そのうちの2基がアウトになってしまうと、なにかあったときには心もとない。とくに北極に近いアラスカ北部地帯ではなおさらだ。
 そこで機長に「どこかに降りて直すのか?」と聞いたところ、
「いや、このあたりだと降りて直せるところがないんだ。アラスカに降りても部品がないだろうしな。だからこのままアメリカまで行っちゃう」と言う。
 そんな会話のあとで、
「ところで日本のパイロットは給料をどのくらいもらっているのか」ときて、「休みはどれくらいあるんだ?」それから「スチュワーデスにいい娘はいるか?」ときた。まさしく3S。

〜〜〜〜〜〜〜

 考えてみれば、パイロットというのも大変な仕事ですよね。戦闘機のパイロットに比べて、定期便のパイロットは命の危険少ないのでしょうが、こういう記述を読んでみると、逆に「退屈こそが最大の敵」なのかもしれません。最近の飛行機はオートパイロット化がかなり進んでいますし、コクピットにずっと座って周りの状況に気を配りながら、万一のときにはすぐに対応できる精神状態でいるというのは、ものすごくきつそうな感じです。もちろん眠くなることだってあるでしょうし、副操縦士と馬が合わなくて空気が張り詰めていたりすることもあるでしょうし。
 ここで紹介されている「パイロットの3S」なのですが、これって、僕の身のまわりにおいても、ごく一般的な「初対面、あるいは疎遠な人たちの世間話の定番」なんですよね。「今の仕事どう?」とか「けっこう稼いでるの?」とか。まあ、さすがに「給料いくら?」というような露骨な聞き方はしませんけど。
 確かに、世間の男にとっては、政治の話とか野球の話なんていうのはイデオロギーの衝突が起こる可能性がありますから、なかなか自分のポジションを表明しにくいのです。
 その点、この「3S」は、やや下世話ではあるものの、みんなそれなりの一見識を持っていながら、比較的他者の嗜好に対して柔軟になれるところですから(そりゃ、あまりに給料や待遇に差があれば、嫉妬の対象にはなりそうですが)、初対面の会話にはもってこいです。むしろ、同窓会で久々に会った昔馴染みの友人たちと盛り上がるのって、この「3S」の話題だし。
 この「3S]は、職業、洋の東西を問わない、「男の興味のグローバル・スタンダード」なのかもしれません。
 ところで女性は、このような、ちょとギクシャクした状況のとき、いったいどんな話をはじめるのでしょうか…やっぱり、食べ物とか?