惜春別日乗
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2005年01月22日(土) 人生最悪が何回来るんだろう

今日午前中は、ある重大な話し合いを元夫としました。少し前から、娘と会わない方が、娘も動揺しないしいいのではないか、という話しはされていたけど、今は受けとめきれずに動揺するかもしれないが、娘も成長とともにわかっていくし、理解して行くものだと言ってつっぱねていたんです。でも一度ちゃんと話しをしようという話しになっていました。それが今日になったわけですが、ショッキングな話しをされて、私自身酷く落ち込むだけでなく、自分の存在が邪魔にされることへの悲しさと、恨み辛みがない交ぜになって、どうしようもない気分の悪さです。

実は元夫に好きな人ができて、相手に娘も懐いているから会わないで欲しいということなのでした。分かれるときは「女はもういい」と言うて一年足らずでそういう人ができて、私を切ろうとしている、その事がかなりショックでした。思い起こせば、元夫はそういう人なんだなということがよく分かりました。前妻さんと分かれて一年経たないうちに私とつきあい始め、同棲しているときに前妻さんが用があって来たときの彼女の気持ち、そのときは私は理解できませんでしたが、同じ立場になってようやく、彼女もきっと辛かっただろうなと思うのです。

私がもう少しまともに子どもを育てる力があれば、こんな悲しいことを味わわずに済んだのに、と思うと悔しくてなりません。全く会わないようにするのだけは絶対ダメと言うてきましたが、育てるのは結局ほとんどその新しい奥さんとなる人なわけですから、私は会わせてくれと言いました。娘を託さなければならないことは身体の半分をもがれる程辛いことですが、できないものはしかたがありません・・・。自分のできることをと思い、早く良くなって服の一枚でも買うてあげれるようになりたいと、頑張ってきました。だけど結局・・・私は自分の身体に残っている傷を見ながら、時々悲しくならざるを得ないのかなと思うと、いてもたってもいられないような無性に落ちつかない気持ちになります。継母は継母です。実母ではないから、子どもはどうしても2人の母という概念を受け入れることが難しい。小さければきっと、身近にいる人を母と感じるでしょう。そうしたら私は一生、3人の子どもから「母親」へ向かう家族としての感覚を持ってもらえなくなる。そう思うと、何のために産んだのだろうと切なくなります。

人生最悪や、と思う日を何度も超えてきたけど、またこうやってしんどい荷物を負わされることに、呆然と立ちつくすような感じです。いつになったら、普通の幸せを得ることができるんだろう。もしかして一生こんな感じなのか?などと、深く落ち込み後ろ向きな考えから逃れる事ができない、今日はそんな日でした。午後から自助活動に参加しに出掛けていなかったら、私の状態はもっと悪かったかもしれません。


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透雪 |MAILDusk of the Black HoleShine&Shadow