惜春別日乗
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今日の日記はかなり毒かもしれない。
大阪で自助活動グループを立ち上げようと思った気持ち、それは自分でもかなり
純粋な気持ちで、「自助活動に参加することで心が救われる人を増やしたい」
という思いからだったわけだけど、これはかなり大変な苦労もあるということに
気が付いたから。
何が苦労かというと、「話がなかなか通じにくい相手と話をしなければならない」
ということが、増えるということであったから。
相手を鏡にして我が身を振り返れば、わたしの周囲の人間はかなり大変で
あっただろうと思う。(だから他人の事は言えないかもしれないが)
でも実際相対してみると、なかなかにストレスである。非ADHD者の人と話す
より以上に通じにくいだけでなく、誤解が生じやすいし、相手を傷つけずなおかつ
苦情や要望を伝えることは大変しんどいし、聞きたくないときや体調の悪い
時、どうやって断ればいいのか未だによくわからない。
一番困るのは「自分のことを分かって欲しいが為に話したい人の話を、延々
と聞かされる」事に対する苦痛である。
慣れるべきなのか、聞きたくないとはっきり言うべきなのか、それとも途中
で制止してよいものか。それでなくてもADHD者は人の話を長い間きちんと聞こうと
するのはかなり苦痛だったりする。そこへASの傾向が強い人の「自分ワールド全開」
をまともに受けると、一度くらいならいいけど何度もとなるといかな辛抱強く
聞くようになった者でもかなりのストレスだ。何故、「自分の話ばかりしていて
相手に悪くないかな」という気持ちが湧いてこないのか、まだ私は勉強不足
で理解できない。それで最近とても辛いし、会合の後体調を崩す日が出てきた。
内心「ADHDの人だけで話がしたいな」と思う時があるので、自分自身の器の
小ささに悲しくなる。多分これを読んだらAS傾向の強いスタッフは仰天して
怒りまくるか、私を嫌うか、或いは反対に落ち込むかもしれない。
最近非常に悩んでます。「私は聴覚過敏があるんだってば!!もう少し声を
小さくするなり、よく考えてから話すなり、こっちに対する気遣いはないのかい!!」
と大声で怒鳴ってキレることができたらどんなにすっきりするだろう。
あ〜〜ぁ 何のためにやっているんだかよくわからなくなってきた。
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