self-satisfaction
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今日は、「少林サッカー」を見に行ってきました。 もー、言葉にならない〜〜〜。最高!! めちゃくちゃ良い映画です。ええ、あえて「良い」と言わせて下さい。 面白いと巷では評判ですが、それだけではないです。 ぜひ見てもらいたいので、何も語りません。 ええ、語ってしまうとつまらないです。 ぜひぜひ!時間がある方は、というか、 時間をつくってでも絶対見てください。 今日、水曜日はレディースディで、千円で見てきたんですけど、 千円じゃ申しわけないぜ!と思った〜。 「アザーズ」も良かったんですけど、「アザーズ」見る時間があれば、 「少林サッカー」を見てください〜。
今日の日記の題は、 「少林サッカー」のパンフの中にあった言葉です。
帰りの車の中で、ダンナとも話してたんだけど、 映画もそうだけど、詩もそうじゃないかなーと思ったりします。 小説とか物語とか、そういったものなら、考えることもあるでしょうし 考えながら読むことも大切だろうけれど、 詩は、感じる読み物ではないかなーと、ダンナといろいろ話したりしています。 詩である意味(意味というと大袈裟だけど、ぴったりな言葉が浮かばないのです) は、感じることができる読み物だということ、だと自分では思うのですよね。 映画を見て楽しむように、映画を見て何かを感じるように 詩を読んでイメージを楽しみ、そのイメージを感じること。 私は、そういうふうに詩を読みたいなーと、 何故か映画と詩をシンクロさせてしまう、近頃の自分でした。
いや、マジで「少林サッカー」はお薦めですよ。えへへ。
おやすみ。
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