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星をみる
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 愛するということ

愛するということを、知らないとは思わない。
息子や、猫や、友人とも知り合いとも呼べないけれど大切な人のことを、わたしは確かに愛している。

けれど、異性を愛するということにおいて、一番近くにいる人を愛せているのかどうか、疑わしくなっている。

なんの不貞もしていない。少なくとも、どんなに調べて叩いたところで塵一つ出ないのは確かだ。

だけどわたしは、このところ、毎日のようにあの人のことを考えている。
会いたい。会いに行きたい。行くつもりはないけれど。
子どもの頃のわたしなら、電話をしてしまったかもしれない。
でもそれもしない。そんなことをしてもしかたがない。

あの人のことはよく知らない。
よく知らないまま好きになり、会えなくなって10年もたつ。
それでも、あの人にもらったものが忘れられなくて、今だってそのおかげで生きている。それだけではもちろんないけれど。

もし、10年前の知り合いが急に現れて、「あなたのおかげで生きてこられた」なんて言ったらわたしはとても引くだろう。あの人だってそれは同じだ。そんなことをする気はない。それでも、いつか会いたいなという気持ちは消せそうにない。

そういうのがきっと、伝わっているんだろう。
動物的な何かで。だから、あんなに怒ったのだろう。
何処へも行かない。不貞をする気は無い、けれど。
あの人への気持ちに、もしも色や形があるならば、とても透き通ってまっすぐな水晶のような、美しいものだと思う。

そして、それを目にしたら、誰も決してわたしを許してくれないだろう。


2018年10月15日(月)



 うみほし

蛍は少し髪を切った。
肩まで伸びた髪を、肩上のボブカットにしたのだ。
散歩中に見つけた店で切ったのだが、美容師の女の子の喋りすぎない感じもよかったし、カットの腕も悪くなく「また来よう」と思いながら帰宅した。思いながら、ずっと陽人のことを考えていた。
陽人に頼まなかったのは、蛍なりのけじめとというか、線引きのつもりだった。
陽人と蛍の勤務時間は基本的に同じだから、髪を切ってもらうのは勤務時間中ということになる。電話で予約をするわけにもいかないから、もし「カットをお願いしたい」と陽人に言えば、「いいですよ。いつにします? 今?」などと陽人は答えるだろう。自分だけでなく陽人の仕事のペースを見出すことになる。そんなことは、してはならない、したくないと蛍は考えたのだった。
しかし、短くなった蛍の髪を見た陽人は、とてもあっけらかんと言った。
「髪。切っちゃったんですかー? 僕に切らせてくれたらいいのに」


2018年10月17日(水)



 のぞみ

希美の背中は薄い。白い肌に手を滑らせるとひんやりとして弾力が弱く頼りない感じがして、蛍は心持ち力を弱めた。
「ここで働くのって辛くないですか」
希美がうつ伏せのまま急に訊いてくる。くぐもっているけれど、いつものように、無遠慮であけすけな声だ。
「え? 辛くないですよ。どうしてですか」
質問の意味を測りかねて聞き返すと、またも無遠慮な声が返った。
「だって、陽人さんと二人きりなわけだし」
蛍は希美の肩甲骨に集中しようとした。手を止めてはいけない。
「蛍さん、陽人さんのこと、好きでしょう?」
蛍は思わずちらりとドアに目をやった。店内にはゆったりしたギターの音楽が流れている。希美の声は、向こう側にいる陽人の耳に届いてはいないだろうか。そう考えるだけで呼吸が速くなりそうだった。
「変なこと、言わないでください」
努めて語尾に笑いを混ぜる。でも意図したほどうまく響かなかった。
「え、だって、陽人さん素敵ですよね。こんな、二人きりでいて、好きにならない方が難しいっていうか」
希美の声のトーンが上がる。一体何を考えているのだろう。蛍はほんの一瞬、希美の細い首を後ろから締めてしまいたくなった。
「もちろん素敵ですけど。既婚の人には興味ありませんから」
これでは、独身なら好きだと言ってしまっているようなものだ。言ってから思う。
素敵な人みんなに恋をするわけじゃない。少なくとも、蛍の恋愛はこれまでそうだった。学校で、クラスのほとんどの女子が憧れるような格好いい男の子がいても、蛍が好きになるのは全く別のタイプだった。かっこいい、素敵だとは思う。ただ、どうしても、いわゆるモテるタイプと自分の気が合うように思えなかったのだ。もしかすると、自信のなさも手伝っていたのかもしれないが、蛍の好きになるタイプは、どちらかというとモテるタイプじゃないけれど、話していて面白く、安心感をくれる男性だった。

2018年10月19日(金)
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