世界お遍路 千夜一夜旅日記

2005年01月31日(月) 長い?旅から戻って

25日に東京へむけて出て、29日朝6時に戻って、荷をおいて、シャワーを浴びて7時にはまた2泊の準備をして出る。
たまちゃんご家族と真鍋島へ。
いずれ転居するが、その前にぜひ、美穂さんの島へ行きたいと言うことで。
楽しかった、おいしかった!

30日午後、岡山市の大学時代の先輩夫婦宅へ。
奥さんと大学の古美術研究会で一緒。下宿も近かったし、、、でずっとお付きあいしてきた。。
今、彼女は市会議員で超多忙の身。
宵のうちは、もっぱら私と彼女のご主人とよもやま話。
深夜には彼女も入って、イヤ3人して思い出話や現在の社会の話、お遍路の話、朝方までしゃべった。

本日、9時半過ぎに岡山をでて、午後に帰宅。
さすがに、疲れていて、思わず横になったら、爆睡していましたわ。
さあ、これから、たあくさんの郵便物のかたずけをしないと。
がんばるぞう。



2005年01月25日(火) 東京、いくで

今日から、ちょこっと上京。
用事あり。
供養碑会参加 ただ今、32名。
確認ハガキ、帰りましたら、まとめて出します。
心配しないでくださいね。
〒番号、間違いがあって、ご迷惑おかけしたりしているので・・すみません、お断りまで。

しばらく日記の更新できないかな・・・
今晩は旧い友人たちと宴会です。



2005年01月23日(日) ただ今25名

21日にだした郵便が届いて、人数が「煩悩消滅の数限定」なので、とりあえずは連絡をとメールや電話をいただいて、あっという間に本日現在25名になった。
ご夫婦で、とか家族で申し込んで下さる。
この調子で行くと、数は行きそうだ。ありがたいことだ。感謝。
それにしても、この頃の郵便局って仕事が速い。
ビックリする。まあ「なんだ、やればできるね」って感じもするけど。
あ・・いや、、ご苦労様です。

昨日晴れわたった空が一転して雨の本日の徳島だ。
しかし、外を歩くと今日の方があったかい気がする。
湿気のせいだろう。

やることが沢山あるんだけど、確認ハガキを作ったり書いたりしていたら、時間があっという間に過ぎた。

中越地震の影響による失業者は1000人を越えたという。
特に、中高年の人にはなかなか仕事がないとか。
他人事ではない。
私の場合、あんまり先まで考えるときついから、とりあえずは3/21日まで。
この日を無事に終えられたら、それ以降は「生まれたての気持ち」でやんないとね。。



2005年01月22日(土) マイレージでいく石垣

マイレージで、台湾優待券待つも、キャンセル待ち状態だ。
このさい、ということで一気に止めて石垣島に変更。
しかし、出発日は取れるが、帰りが取れない。
仕方ないので、予定を大幅に縮小で2月後半に3泊4日となりました。
竹富島にいって、シュノケリングして・・って感じかな。
台湾で、運勢を見て、足ツボマッサージをして、故宮博物院を見て、北投温泉につかって・・という感じで楽しみにしていたんだけど。
本までかったしさ。
まあ、今度だわ、残念。

今日は穏やかな日だった。
でも、風は冷たい。

昨夕にだした郵便、もう届いたらしくて、すでに、メールで申し込みが来ている。
ありがたし。
毎日お祈りしている、この「大仕事?」が無事に終わりますように・・と。
きちんと気がかりを解決して区切りをつけて、新しい1歩を歩み出したい。



2005年01月21日(金) 偽善って、いいんじゃないの

偽善・・広辞苑じゃ、「本心からでなく、見せかけでする善事」とある。
まあ、あんまりいい意味じゃ使われない言葉である。
文字を分析すると、偽は、人のために為す・・で、人のために為す善事、ということで、本来的にはまさに、善も悪もなくそのものズバリの行動の事実を意味した言葉であるのだ。
だれが「偽善」に「負」の意味を乗せたんだろうか。
なんて想像をたくましゅうする。
人のためにいいことをする→自分の為じゃないんだから、心から本心でないんじゃないの?→人は自分のため以外のことをするときは「取り繕い」的なことが多いんじゃないの?→自分や家族など以外のために善き事をするのは「見せかけだよ、たいてい人の本質は悪なんだから、サ」→偽善→本心からでなく、見せかけでする善事・・・なんていう成立過程があるのかねえ。
私も、今より年若だったころには、この「偽善」の意味に異議はなかった。
というか、別にそう深く考えず「偽善者」なんて言葉を使用してきた。
昨春、大島島遍路に行って、50年間善根宿をしている87歳の80歳のご夫婦にお会いして、彼らの娘さん(といっても、56歳だが)「母のやっている食事の世話を手伝っていると、ホントに心をこめてよいモノを、体にいいものを食べてもらおうとしていることが伝わってきます。父母が元気なんは、島に来てくれるお遍路さんのためを思ってずっとお世話をしてきたからだと思います。」といっていたことだった。
実感ある一言。
そうなんだよね。
情けは人のためならず。
積善、という言葉があるけど、善を積むことで自分こそが「益」を受ける。
さらに突っ込むと「偽善」(負の意味)でも、いいじゃないか、と思う。
やせ我慢でしてみよう。建前でよろし。
それでも、得るものはある、と思う。
で、何度も為すうちに変わることもあるだろう、と思う。
偽善、大いに結構だい。
みんなでしようよ、偽善。
みんなですれば、恐くないなあんて。
それさえも、しないことに今の社会の大きな問題の一端があるようにさえ思う。
「本音で語ろう」とか「本音トーク」とか、まるでいいことのようにいわれて久しい。
しかし、この「本音」って言葉の流行が本能むきだし、やな事にはそっぽ、自分の益に直接につながらないことからは逃げるといった、人の善性ではなくて悪の部分を露呈・助長させてもいいんだという風潮を産んだように思うのだ。
「本音で語る」事が悪いことだとは思わない。
建前で語り続ける先に、戦争などの恐い未来があることは分かっている。
(しかし、本音トークとか本音で語ろうとか言っている人の大方は、「恐い時代」が来たときには黙して語らずだろうと思う。まず、本音で語る的な言葉使用している80%が自分の都合のいいときにかホンネで語らないように予想しているんだけど・・・)
えーっと、脇道にそれそうだわ。
要するに「偽善、いいんじゃないの、今の世には」ってこと。
本来的には負の意味がなかった偽善という言葉の名誉回復を計りたい。
まあ、私がこの頃していることの大方が「偽善」であるわ。

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昨日から馬車馬のようにプリンターを使って、400枚以上印刷。
(かわいそうに、うちの安物プリンターは1度「壊れました」なんて、言うエラーをだした、でも、再起動で酷使。ごめん)
80通以上のお便りを作った。
夕方、本局まで出しに行った。

すっかり疲れ果てて、食事もそこそこにダウン。
日が変わった夜中に起き出してこれを書いている次第であります。
夜が明けたら、八幡さん参りに行こう。
昨日、行かなかった、というか行っているヒマがなかった。
空気の乾燥で、また、鼻血が出るし、喉もおかしい。
風邪じゃ、ないんだけど・・・
徳島県「異常乾燥注意報」
新潟は「大雪注意報」
喉鼻粘膜が湿度の高い「育った新潟仕様」になっている私は、この時期はヤバイ。







2005年01月20日(木) 先が見えて・・

昨日は、お坊さまにお会いして、開眼供養についていいですよ、というお返事を頂いた。。
この方は、25年も前に歩きお遍路をして、サラリーマンを辞めて高野山で出家して15年修行なさったのだとか。
遍路道保存協力会のMさんが「托鉢についてあの方から教えていただきましたわ」という方だ。
Mさんの強力推薦だけあって、パワフルでエネルギッシュな方だった。
今は毎日のように、徳島駅前でスマトラ沖の街頭募金をしておられるようだ。
この方が、やはり供養は21日ですよ、あなたの都合もあるだろうけど、やはりこの日です、といわれるのでそういう流れになった。
まあ考えてみれば、お彼岸でお大師さんの日で、ベストであると思う。

ここまで、話が進んだので「般若心経とご浄財」の為のプリント作成にうつった。
石に力をつけるには、大勢の思いを結集しないと・・と思う。
昨日から、手をつけて、あれやこれや悩んで書き直して。
で今日昼近くになって完成。Mさんに見てもらって大量印刷。
プリンターを酷使したせいか、ほんのさっき「壊れました」なんていう表示がでてフリーズ、なまけんなよな、とかってけっ飛ばしはしなかったが・・。
明日は私の友人や知人を中心に「お遍路にご縁が深い人、実際に巡拝された人」へ発送する。これまた21日だし、日和もいいし。
(明日だせば、月曜には着くだろう)今晩も夜更かし、寝不足になりそうだ。
でもガンバロッと。

今日は大寒。言葉どおりに実に寒い日であった。
風花がちらついた。
新潟は大雪だ。
昨夏の大洪水に始まって、地震、大雪・・・新潟県は踏んだりけったり殴られたりだわ。
この先、半壊全壊、どれだけの家がつぶれるだろうか。

おひな様カードの立候補いただいた方へそれぞれ無事に材料が届いたようで「楽しみながら作ります」というメールがきてありがたくうれしい。感謝。




2005年01月18日(火) おひな様カード

おひな様カードの材料を発送した。
ハローワークに行った後、駅ビルで石の写真の現像を取って・・なんてことをしていたら夕方になった。
なんだか気ぜわしい。

「遍路道中物故者供養」の石と細工の段取りは終わったが、開眼供養をして下さるお坊さまに明日会いに行く。
それで、日取りを詰めたら、どうやら、有志の方々を募るところまで行きそうだ。
21日に、案内の発送ができたらいいと思うのだが。
これらがとどこりなくいったらこの10年の総仕上げかな。

このところ、遠来よりメールやお便りが届く。
旅の虫、うずくねえ・・・(笑)



2005年01月17日(月) 十年・・・

何人かの方から、阪神大震災から10年・・・のメールをいただいた。
今朝は、私も、震災犠牲者の方々へ祈った。
月日の過ぎるのは速いものだ。
テレビでいろいろとやっているが・・今改めて失ったモノの大きさをかんじている方も多いだろう。
中越地震の我が周囲を見るとその感を強くする・・・

この10年は、私にとっても、仕事を辞めての10年。
1995年は初めて四国を歩いた年でもある。
学校教師時代の平穏無事な毎日から、ジェットコースターに乗ったような10年だった。
いろいろな人に出会い、いろいろなところに行った10年だった。
「目を閉じるときに後悔しないようにしたい」という思いから闇雲に辞めたのだからジェットコースターは当然かもだけど、今、実際、明日死ぬことになっても後悔しないだろう、と思う。
しかし「神さま、身辺整理をする時間を少しだけ下さい」とは、思うが。だって、ほっちらかしたまま、死んだら人サマに迷惑だろうから。(笑)
でもま、今の自分がまさに私、私を生きているという気がすごくしている。

「遍路道中物故者供養」をすることができたら、この10年の大きな区切りが自分の中でもつく。
できますように・・・




2005年01月16日(日) ご縁の石が見つかる

15日には、初遍路の時にとめていただいて以来、時折ハガキを交換したりしているなつかしいお宿(今はしていない)をおたずねして楽しかった。

石屋さんが探して下さった石を見にいった。
庵治石の本場である。
確かに、長いのってなかなかないようだ。
しかし、つれて行かれた石置き場の隅っこに2本転がっていた。
少し大きめだが、ちょうどよし。
決まった。
よかった。
これでめどが立った。

帰り、一宮寺、金倉寺、道隆寺、郷照寺とお参りして帰った。
郷照寺では、綾ちゃん観音様にもお参り。
たくさんの観音様たち・・・お祭りしてある地下の部屋には残された人たちの思い(生者の念?)が充満しているようで、すこし苦しかった。
改めて、葬送儀礼というのは、儀礼とはいうものの、それは生者の思いを静める為にあるのだと思ったことだった。



2005年01月14日(金) おいしい、どぶろくさん

山川町の今関さんがじきに外遊?で、しばらくお留守になる。
で、おいしいどぶろくさんをご馳走になりに。
返礼に、私が知っている呼吸法や気功法の簡単なものを教えすることに。
次の日も、お楽しみ。
日記は1日か2日、休みます。

そうそう、昨日の日記で書いた重要事項、再度掲載、よろしくです。

★お願いです!!★
山古志村の独居・高齢所帯に差し上げるお雛様カードを作っていただける方、募集します。
1人10カードほどです。
メールなどで申し出て下さいましたら、材料のすべてと作り方を送りします。
作り方は難しくありません、だれにでも作れます。
私が塾をやっていたときに小学生につくってもらっていましたから。
気軽にメールを下さるとうれしいです。
★14人の方を募集します!!よろしくです★





2005年01月13日(木) お雛様カードのご協力、お願い!

松山市で「山古志村復興支援映画上演会」をしようと、会場までは確保できたのだが、越えられない問題があった。松山市は映写機を市の講習会に出た人しか貸し出ししないということ。
つまり、市の講習会修了者がいないことには会場だけあってもダメ、ということで会場をキャンセル。残念無念であった。
代わりといっては、なにだが、阪神大震災の時に「お雛様カードを送りましょう」ネットワークというのがあって、私も続けて協力していた。
これは、震災後に仮設にすむ独居のお年寄りに、カードを送ってお慰めしましょうというもの。
何度も、もったいないような礼状をお年寄りの方からいただいた記憶がある。
で、今回わたしもこれをしようと思って、山古志村に、独居の方と65歳以上のお年寄りご夫婦の世帯数を聞いた。。
両方で、約150世帯。
本当は山古志村の仮設全部にできたらいいのだが、650世帯は少し厳しいので、今年はご勘弁していただいて・・せめてお年寄りだけでも、ということで。

★そこでお願いです!!★
お雛様カードを作っていただける方、募集します。
1人10カードほどです。
メールなどで申し出て下さいましたら、材料のすべてと作り方を送りします。
作り方は難しくありません、だれにでも作れます。
私が塾をやっていたときに小学生につくってもらっていましたから。
気軽にメールを下さるとうれしいです。
★14人の方を募集します!!よろしくです★

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今日は少し風が収まって、日差しは強い日。
家の中のかたずけをしていて、古新聞があって、例のごとく読みふけっていたら、西武の堤氏の元側近が「あの方には、人にたいするリスぺクト(尊敬)がない、オリックスが優勝したときにも森監督に続けておやりになりたかったらどうぞ、でしたから」「頭のいい人間はいらない、という発言はよくありました」みたいなことが書いてあって、「人にたいするリスペクトがない」というところで、元編集長のM氏のことを思い出してしまった。
彼もそうであった。
バカ丁寧なところがあったけど、根本にはまさに「他人にたいするリスペクトがない」2代目の宿命ってヤツ?かな。
さらには、本人は気がついていなかったけど病的に自分より弱い立場の人(身体、経済、社会的などなど)を好んでいたっけ。あれも、自信のない2代目病だと思ったものだが。それは「頭のいい人はいらない」ってことと相似形で。
これまた、彼の場合は無意識にやっていたって事だ。
意識的にやれれば、それなりにクセがあって大物系になるのだが、彼の場合はちがったねえ。
エンタメ系に残念!といってみよう。

夕方が近くになって、お参りに出かけたら、彩雲が出ていた。
まああるいぽこっとした形でおもしろかった。
阿波国の空模様、雲模様は相変わらず、朝夕、ほれぼれするほど美しい。






2005年01月12日(水) 億万長者さんの番組を見て

昨日だったか、日本の億万長者さんの番組をやっていた。
何とはなしに見てしまって思ったこと。
確かインドの億万長者さんは、決まった日に門前で「施し」をすることを決まりとしている。
理由は、今自分が持っているお金は「預かりもの」で、それをしかるべき方法でちゃんと「供養」「布施」をしないと、次回は虫か何かにうまれることになって、人間に成れない。(輪廻転生)
 ※この「預けられている」という感覚は正しい、だって生まれてくるとき、死ぬとき、つまりはなんにも持っていけないのだから
人と生まれ冨を預けられたら、それを施すのは人として、必要な行為である。
日本にも昔は、長者の門前で「供養」をするのは当たり前のことしてあった。
それの美しき名残が「お接待」だと思う。
欧米でもチャリティはお金持ちの当たり前の行為、義務である。
とっころが、日本の億万長者さんはどうだろう?
自家用飛行機、お城のようなうち、金に飽かせた温泉採掘、自分の家族全員に車一台づつとか・・等々、要するに己のみの欲望の延長だ。
醜い、と思った。
ふつうは持てないようなお金を手にしてしまった人間としての恐れがないのだなあ・・・自分が努力して手にいれたんだからってか?
そりゃちがうだろ、と思う。
地震を見りゃ分かる、人は実は地面の上をちょこっと、地球さんから借りていたに過ぎないことが証明されているんだから。地球さんのご機嫌が悪くなリャ、あっという間に根こそぎ持っていかれる。
感謝とか、これを他の人のためにも使うという発想がないのは見ていて貧相だ。
だいたい、この手の番組はそうだねえ。
要するに、番組制作スタッフにもういった発想がないのだろう。
だから、スマトラ沖の地震にしても、日本の有名なお金持たちの動きの鈍い事よ。
目立つのは、松井だけだもんねえ。
自分の欲望、自分の身の丈か、それ以下でしかお金の使い方を考えられないから、この国はどんどん醜悪に貧弱化するのだわ。
「義」で「慈」で、お金を生かす億万長者さんの番組が見たいモノだ。

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今日は寒かった。
風も強かったし。
新潟は大雪だ。
母がこの冬は大雪になる・・と地震直後に山の紅葉の速さを見ていっていたが、あったってしまった。
12月の暖かさで「はずれてよかったね」といっていたのだが。
まあ、12月の暖かさはスマトラ沖大地震の前触れだったと思う、今にして思えば。
あまりの寒さに、いつも行く八幡さんのお参りさぼりそうになったけど、しかし、このくらいの寒さにめげていてナニが新潟県人・・と思いまして、行った。
神社は、風のせいで、参道に木の葉や杉枝が落ちていた。
帰りがけ、どうも気になったので、少し掃除をしてきた。
神さまは清らかがお好きだし。
汗を気持ちよくかいて、帰りは身体ほかほかになった。
帰ってきたら、ビールがおいしかったし。
鼻血が出る風邪はどうやらおさまったようである。
やっぱり、縮こまっていないで(じきに縮こまって本なんぞ読んでいられなくなる気がするので今しとこって感じなのだが)あちこちにでないとねえ。
と反省しました。





2005年01月11日(火) 鼻血がとまった

ここ数日、鼻が詰まってかむと鼻血がじゅるる・・・
鼻の粘膜が空気の乾燥等で切れて、だったが、やっと軽快した。
ちなみに私が行く歯医者さん、ずっと風邪を引いている。
患者さんから、うつされるのかな?

ここ数日、徳島はかなり寒い。
まさに「寒」だ。
しかし、新潟の寒さよりいいような・・・なにしろお日様がでるし。
昼は、部屋の中まで太陽が入るから暖房はいらなくなる。
驚くのは、徳島の人たちの厚着だ。
昨日も日課の八幡さんにお参りしたあとお気に入りの天一神社まで急坂を上った。
地元のおじさんに出会ったのだが、手袋、耳カバー、帽子、長いコートと完全防寒だった。3時頃のあったかい時間にして、これだ。
このおじさんだけじゃない、散歩で会う人、みんなそうだ。
手袋、帽子は当たり前グッズだ。
このおじさんから、今は竹林になっているあたりが実は大ミカン畑だった話を聞いたのだが・・だいたい、耳カバーなんて、ワタシ的には絶対徳島には不要と思う。
朝に会う小学生も、耳カバー・あつあつとしたマフラーしているけど、神奈川の学校じゃ、耳カバーしていると事故に遭いやすいからとさせなかったよなあ。。
徳島県人、意外と寒がりだと分かった。
耳カバー・・・
ありゃ、アムステルダムだの、アイスランドにゃ必要だがねえ。
今どきアイスランド、昼でも零下5度とかだもん。そりゃ、耳かバーいるよ。しかし、それでも彼らは、零下の中を裸で歩いて、屋外温泉プールに入るよ。

屋島の石屋さんから笋あった。
「難しい」といわれた石、私のリクエストに合いそうなのが2本ほど見つかったとか。
「やった、うれしい、でも早かったですねえ」
「イヤ、休み中、あちこちウロウロ、探しに行ってみたんや」(石屋さん、照れくさそう)
私も一人で屋島あたりの石屋さんをうろついたけど、もちろん見つからなかった。
やっぱり、プロだ。
早速に週末に屋島までいって形等を確認することになった。
うれしくて・・・鼻血も止まったし、今日はビールを飲みました。(ウフ、ウフ)




2005年01月09日(日) 牡蛎が旬

今日は、昼頃に雪が舞った。
風が寒い。。
空気の乾燥、ひどし。
お陰で、鼻粘膜が乾燥して鼻血になるし、喉はおかしいし。
もしかして風邪気味か・・ヤレヤレ・・・で、栄養、栄養と牡蛎粥となった次第でありました。
それと、。アイスクリームが異様にうまいこの頃です。
ヤッパ、乾燥のせい??

・・・・・・・・・・・

白粥を炊く。
そこに、豆乳をカップ半分、いれて弱火でとろとろ。
牡蛎に少しの牛乳を振りかけて臭みを抜く。で、とろとろ粥に牡蛎をいれる。プスプスしてきたら(あんまり煮ると牡蛎がまずくなる)、お味噌を入れて味付け。最後にシャキシャキのサラダ水菜をいれて、混ぜ混ぜして消火。
けっこう豪華なお粥で、どんぶり一杯だ。これともずく。デザートはリンゴ。
おいしかった。
味噌粥ってあったまる。
牡蛎の味がでていておいしかったし。
水菜のシャキシャキも、歯触り気持ちよし。
季節感たっぷりのお粥でござった。
★ちなみに牡蛎の力★
他の貝類に比べビタミンB1、B2、B12を豊富に含み、コレステロールやカロリーは低い。特に亜鉛が多く含まれているのが特徴的だ。
亜鉛が不足すると味覚障害を起こしたりするのだ。(この病気は、味が分からなくなってしまってものがおいしく感じられない・・オオコワ)
肝機能改善効果もあり、栄養バランスも吉。そのため海のミルクとも呼ばれている。畑のミルクは、豆かな。
:牡蛎のお友だちは山の栄養・・みたい:
以前「海は山の友だち」とかいう本があった。
牡蛎もまた、海の栄養のあり方と出来不出来が大きく連動するみたいだ。
山の滋養が海に流れて海の貝や魚が大きく育つ。
海がやけとる・・という言葉は、海が栄養不足になったときに漁師の人が悲しそうに使う。
ちなみに関東では宮城の牡蛎をよく食べたが、この辺はやはり、広島である。



2005年01月08日(土) 庵治石の産地へ

屋島1時のお約束で、香川へ。
友人の紹介。
彼女の従兄弟さんが石屋さん勤務で、その方は掘り専門らしいのだが、今日は特別に社長さんに紹介ということで迎えに来て下さった。
昨日、山の神様のお祭り。
正月、5月9月と山神様の祭り日があって、昔はこの月のお祭り日は仕事を休んだのだが、今は正月のみいう。
そういうことで、7日までは山に入ってはいけない、ということでお休みだったらしい。
漁師さんもいろいろとタブーがあるが、石屋さんも奧が深いわ。
「1つ間違えば、命がのうなる仕事やし、自然相手は神さんを大事にせんと」
うなずく。この自然への謙虚さがなくなってこの国、というより地球全体が狂い始めたのだ・・とは私見だが。
いろいろとお話した結果、私の求める石(30センチから40センチくらいの太さで、180センチメートルくらいの自然石)を探すのは困難を極める。ということが分かった。
「88番近くまできたお遍路さんが、自分の来た道を振り返って、ここまで来れたことに感謝しながら合掌できる場。手を合わせることで、ここまで来れずに果てた人や病気で途中までのお遍路で亡くなった方へ思いを馳せつつ、生きている幸せ、手を合わせる幸せを感じられる場。そんな場にしたい」「土地の提供をして下さる方はお墓さんのようなものでは困るといわれているので自然石がいいかな」と。
「遍路道沿いで果てた個人のお墓はあるが、供養の碑のようなものはないので、私がしないという思いがある」等々をお話ししたら、
「難しいけど探してみましょ」と、社長さんは言って下さった。
感謝。
見つからなかった場合の次の手もいろいろと教えていただいて辞した。
午後からは仕事は休みだったのだが、待っていて下さってありがたかった。
印象に残った言葉「石も生きとるしなあ」
そうか。
「お寺の和尚さんに手水石を頼まれて、見つけて削ってヤレヤレで、しばらく倉庫においておいたら、石がホンのちょこっとちじんで、水が漏れるようになった」
なんて。
石がちじむなんて、まるで木のような。
ビックリした。
庵治石にしても、わってみんと、中がどないになっているかわからん、果たして使い物なるかどうか。
ヘエ・・・・すごく高い庵治石にして。

友人の従兄弟さんが現場まで行って下さって、私が考えたサイズがまあそなんもんやろと確認して下さった。
10日から2週間、待つことになった。
その間に自然石が見つからなかった場合は「割りっぱなし」の石でもということになっている。

少し、ヤレヤレだ。
とにかく、これをしないと、わたしは四国から出してもらえない。(という気がするのだ。このためにふらっと四国の呼ばれてしまったような)
それと、私にとっても、一区切りになる。
死ぬときに後悔しないで目をつぶる、が私のモットーだし。
このモットーのためにも、四国にはそうそういつまでも滞在できない気もするし。
とにかく、ご縁のある石が見つかるといいが。







2005年01月07日(金) 冒険・・・天一神社

八幡神社→日出神社→農神社→天一神社
天一神社まで、約900メートルです。
天一神社は、日本で一番古い神さまです。

こんなことがいつも行く八幡様に書いてあって、ずっと気になっていた。
で探検に行くことにした。
日出神社は、裏山を登って気持ちのいい尾根山道を歩くこと5分弱で着く社、以前もお参りした。
いってみると、お正月のお参り人のために日出神社は、御神酒を自由にいただいて下さいと書いてあって浄められている。
八幡社もいつもきれいだが、ここもまた、である。
さて、ここからだ、社の裏に、やはり尾根沿いに道がある。山道である。
進むこと数分で、まずは農神社。
ここでいったん、きれいな道は途切れる。
ウーム。
下に林道のような道があるが・・・しかし、この尾根をはずしたら、ちがうだろうと、やはり社裏にほそぼそ続いている道へ進入した。しかし、草は茂るし(さすが南国徳島、枯れておらん)木は倒れているし。しかし、道は続くので進む。
だがしかし、だんだんと、もしかして、ソマ道だったのか状態になってきてはて、戻ろうか・・と考えたが、それでもとりあえずは尾根の上まで登れと急な道を登山。
ひょっこり、鳥居が現れた。
ああ、戻らないでよかった。

そして、天一神社の立派な事よ。
林道らしき道はこの神社への参拝道であったのだ!
社殿も新しい。
山の頂近くの、まさに神さんが降りて見えそうな気持ちのよいところにある。
なにより、真新しい手水舎に水がちょろちょろと流れているではないか。
天が近いし、山も見下ろせる、すばらしいところにある神社だ。
なんだか、秘密の場所を発見した気分。
時々来たい。
お参りの後、持ってきたコーヒーを飲んでホッコリした。

帰りがけに、文化の森にある王子神社にも参拝。
受験神社としてうっているようで、登りがたくさん。
王子というので、熊野の王子神社の関係かと思ったが、アマテラスさんの「王子」ということらしい。
お守りは「吉」

山中の農神社もきちんと管理されていたし、天一神社の立派なことは、ただビックリ。ちなみに初めは板野にあったのだが「神示」によって、元禄年間にこちらに遷座されたようだ。
徳島は、四国で一番早くひらけたところだろ思うのだが、この神社の多さ、や奥深さ、立派さを考えると、確かに「仏」がはいる前から、人が住み、神を拝んでいたのだろうと思う。
とにかく、うちの回りは神社だらけ(やや大げさ?)

風がすごく寒い日だったが、たっぷり2時間の冒険だった。

石探しは、8日になった。
まだ「山の神様のお正月」で仕事始めになっていないらしい。
石屋さんの世界もいろいろと「決め事」「秘め事」あるようだ。




2005年01月05日(水) 風が寒い

このところの移動先の寒さ比べ
姫路〉徳島〉新潟・・・となる。
徳島は風は冷たい。

昨日に帰るときに思った。
高速バスに乗って坐って「ヤレヤレ、帰るんだ」
じきに「住めば都」になりそうだが。

午前はハローワークへ、午後は手紙・ハガキの返事、郵便局、歯科医へ。
これで日が暮れた。
明日は石探しへ。



2005年01月04日(火) 武庫川・姫路から

朝大阪着。
一度阪神電車経由で姫路に行きたかったので、まずはネットで調べてあった
武庫川の天然温泉銭湯「元浜」へ、340円也で入湯。
確かに「元は浜」的な駅から、10分弱の地域。古い一生懸命やっているという感じのところだったが、脱衣場で着替え終わった人がヤレヤレとタバコを吸っているのにはまいった。
お風呂上がりのタバコってうまいのだろうか?
しかしまあ、確かに温泉、湯が重たい感じでややぬるっと感があった。
1時間余りの銭湯、外の風が気持ちよかった。
武庫川は地名のとおり、武庫川が駅の下に流れていて、古い松が堤防沿いにあって、なかなかに風情がある感じだ。
町中も下町風で、なんだか小さな旅をした感じ。

ここから、姫路まで、西宮で乗り換えて特急姫路行きというが、あちこち止まってどこが特急なんだ?だったが、約1時間半近くで着。少し高いがJRのほうが断然早いようだ。でも、JRより景色はひなびている感じでしたが。

姫新線に乗り換えて、破磐神社さんへ。
昨年のお参り納めした崇敬する神さまからのお参り始めである。
ちょうど、ご祈願参拝の最中。
静かに手を合わせて、奥様とお話をして、弟からあずかった「御供」をお渡しして荷物をかせていただいて、境内地の神さまへも参拝して・・・・。
その後おみくじを引いたら「吉」
「種をまき 苗を植え 月日の恵みと努力により実るように 新たに事を始めてよく 日夜怠らなければ 神仏の御加護により 幸せが訪れる」
そうか「新たに事を始めてよく」であるか・・なんて思っていたら、宮司さん曰く
「うちのお神籤はよくあたりますよ、以前宝石屋さんをたたもうか続けようか悩んでいる方がお参りにみえて、おみくじを引いたら、畳んだほうがよいとでたんでしょうか、決心がつきました、いうて止められた方、ありましたよ。その人の心の内になかうようなものがあたります、われ岩に注連縄を寄進して下さった方も、ここでお神籤を引くといつも凶。だけど、今度、注連縄をかけたあとにで大吉だったそうです。初めて吉がでたと喜んでおられました」
へえ・・・
しばし、奥さんと3人でお話をして失礼した。

地元の神社にもお参り。
ここでもお神籤を引いたが、凶はでないものの、末吉。文言もイマイチ。で、アホな私は、気に入ったのがでるまで引くぞ、と挑戦するも、同じように末吉とか、でウーム。
でそうだ、と神籤に番号が打ってあるのに気がついてお気に入りの番号を引いたら、見事に大吉であった。
「お気に入り」大吉と、氏神さんにお墨付きをいただいたような・・・(笑)
意に添わなかった神籤は神さまによろしくと、木に結んでお返しして「大吉」のみお持ち帰りのガハッハ。
まあ、毎日にお参りに免じて許していただきましょう。
それでも、6回目の大吉。
で、この間1度も凶が出なかったのが慶賀。

とまあ、神頼みで始まった年の初めでありました。

洗濯をして、ホッとお茶飲んで、背中が少し痛いと、と横になったら、そのまま爆睡。
なんと、夕ご飯も食べないで寝ていましたわ。
温泉が効いたんだろうか。
(1/5日早朝記)



2005年01月02日(日) 裏ハローワーク

甥が「こんな本、あるよ」とかしてくれたとんでも本。
「裏ハローワーク」
大麻栽培、臓器ブローカー、裏ビデオ販売、鍵師、夜逃げや、やく(ドラッグ)の運び屋、偽造クリエーターなどなど・・・・
鍵師なんてまっとうだと思うけど、それ以外は・・・・書いているライターさん、自分も長いことやく(マリファナ)をやっていたので、そっち方面の知り合いが多くて、その関係のつながりで・・・見たいな事が書いてあったけど。
新年早々、不健康な本を面白く読んでいたら、日がくれた。

今日は夕方から夜にかけて、カラスがやたらに騒いで、それを見て犬は落ち着かなくなるし、また地震が来る??と心配になった。
スリランカのジャングルでは野ねずみ一匹さえ死んでいなかったという。
避難したのだ。
動物、それも野生の強い何かをいまや地震予知のために飼わないといけないか?

スマトラ沖地震で、地軸さえも揺れたというし、なんだかやっぱり心配な年の初めだ。



2005年01月01日(土) 今日も雪・・・である

夕べは、父が来ていたようだった。
ふっと、感じた。

終日雪。
今年は、喪中なので、ということで地域恒例の2年参りなし。
無為でした。
甥のところから漫画を持ってきて読む一日でありました。

母は姪と新年から買い物に行った。
昔は、元旦にお金を使うと一年中赤字だとか、元日に仕事すると一年中急がしとかって、掃き掃除をしたごみもすてずにちりとりに入れたままにしとくとか、いろいろ我が家にもあったはずなのに、何のその、お忘れになっているらしい。
しかし、そういうことを抜きしても、元日はきっちり、オール休みっていいと思う。だって、スーパーや何とかショップを支えているのはいまやパートタイマー主婦である。彼女たちが新年早々うちにいない家庭って・・・と思ってしまう。
ゆっくりしようよ。
いつから、日本はこうだらしなく忙しくなったのか、便利という名目でたくさんの「のんびり」を多忙悪魔に売り渡したよね。
不便も時に楽しめるよ。
いや、楽しみたい。

いいと思うけど。

遅ればせながら 謹賀新年


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