ごろついていたら、先日来たお友だちから電話、テレビに例の鳴門の渦潮がでているよ。 ほうほう、とTVをつけて鑑賞。 入場料3000円の大塚国際美術館(行ったことのある友人がいうには、ウソコ美術館らしい)とか、見慣れた大鳴門橋の景色が確かにでてきたわい。 鳴門ルネッサンスリゾートに美容整形があって・・・みたいなストーリーで。 最後の字幕に「協力 徳島市、鳴門市のみなさん」とでてきたけど、阿波弁らしき気配はなかったけどねえ。徳島的生活感、なかったけどねえ。 先日のお遍路を取り入れたミステリードラマは見なかったけど、なんだこれ状態だったようだし、適正にその地域を取り入れていただくのはなかなか難しいようだ。 というか、もともとそんな気はないのかなあ・・・
台風さん、のろのろでなかなか来ない。 こまったね。 ちっとも勢力弱まらないようだし。
大型台風さんが来る。 困ったよ。 だって、今治に行く予定なのにさ。それで、歩く予定なのにさ。 困ったね、ホント。 熊野の時といい、どうも台風につきまとわれている感じ、というか、わたしが好んで台風さんを選んでいるような・・・
本夕は、歯医者さんへ。 神経抜きに、麻酔をかけてレントゲンとってしたけど、先日からこんなに沢山レントゲン取るの、いいのかな、と心配になっている。 「少しちくっとして、その後歯ぐきが押し広げられるような気がしていたいような気持ちになりますが、冷静に考えてもらえばいたくはありません」 こんなことを歯ぐきに注射しながら解説するお医者さんて、初めてだけど。 とにかく、丁寧ではあるが。本日の支払い2420円なり。 帰ってきて、今朝つくって置いたチキン野菜カレーを食べたけど、まずかったわ。 ビールも飲んでいいということだったので飲んだけど、、まずかった。 麻酔でマヒしていると、すべてがまずいのである。 これ、ダイエットであろうか。
本来、今日は室戸岬まで国土交通省主催の「道直し座談会」にでるはずだったんだけど、台風接近で中止になった。 台風が来なくなった時期に再企画します、というけど。 さすが室戸、である。 今年の台風って、ことごとく四国に来る感じ。
23日の歩き、24,5日の関西神社回りと私も台風のように動いてややお疲れだし、ちょうどよかったけど。
で、せっせと原稿書きだ、のつもりだったんだけどねえ。 せっせとまでは行かず、ボチボチでした。
カメラマンは25,26日2日間、胃の具合悪しでお休みであった。 よわい・・・・
てくてく歩く通勤道、稲刈りが始まっている。 稲のいいにおい・・・・田舎を思い出すわ。 子供時代を思い出すわ。 往時茫々。 こうやって、人は年を取るのだ。
枚方の友人宅を8時過ぎに出て、京都出町柳に9時過ぎ着。 京阪電車乗り場から上がって出たら目の前に上加茂方面に行くバスがいるではないか。 出町柳近くの下鴨神社から行くはずだったのだが、急遽バスに飛び乗って上から行くことにした。 このあたり、はるか昔。大学1、2回生のころ、毎日?通学に通っていたところだが、すっかりきれいになった。高野川と鴨川の合流点も昔よく飲んだあとにみんなして暴れに??行ったところだが、きれいにこじゃれてしまってさ。 叡電と呼ぶ岩倉方面に行く電車に乗っていたのだが建物はビルになり。
さて上加茂神社。よかった。気あり。
お次は、安部晴明神社。 ここは、一条戻り橋という町のまん中だ。 ウーム・・・力いっぱい観光化だが・・・しかし、お祭りはしっかりされているようで、本殿あたりにはよい気配があった。
次は、北野天満宮。 ちょうど、25日で、ご縁日。 門前市が出ていて、メチャ込みだった。 こんなに広かったっけ??と感じましたわ。
お次はまたバスに乗って。 下鴨神社。 参道が気持ちよかった。 京都のまん中にあって、まるで深山の気配。この辺が京都の値打ちだと思う。 本殿のあたりより、手水舎あたりの気が強かった。 水が湧き出ているせいだろうか。 この京の町を貫流する、鴨川の合流点「神社」はあるべくしてある、という場所。
最後、やはり祇園さんでしょうと、いうことで向かったのだが・・・時間切れで、門前だけ。 スサノオサン、失礼しました。 今度、きっちりと。 仕事ではなく、休日に貴船神社と共に参りますわ。
駆け足神社参拝。 社前では「ご挨拶に参りました」とつぶやいていたのだが。 帰りのバス車中から、見事な彩雲を見た。 お参りの後にこういう吉兆とされている雲を見るとやはり嬉しい。
しかし、ああ疲れた・・・でした。
朝7時出発。 さすがに昨日の疲れがありで眠たかった。 出、最初に行ったのが、西宮神社だ。 いわゆるえべっさん。そこで、お聞きした「廣田神社」にも。 その後、破磐さんに伺って、「お参り基本のキ」をお教えいただいた。 宮司さん、半日開けて待っていて下さった。 ありがとうございました。 姫路のDさんも来て下すって、帰りは姫路駅まで送っていただいた。 いつもながら、ありがとうございました。 カメラマンは一人で帰った。 私は枚方の友人宅へ。
久しぶりに積もる話をして遅くまで飲んでしまいました。 ご主人が気を使って用意して下さっていたお酒がおいしかったわ。 おなじみのお子さん二人も大きくなっていろいろと話して楽しかった。 いい時間でした。おおきに。
朝6時44分の電車に乗って、7時9分、徳島駅で、故郷の新聞社の編集委員さんにあった。 彼は、上勝ゴミ取材とお遍路ということで、数日前より来徳。 で、今日は1日一緒に歩いて下ださい、ということで。 予定が早くなったので、どんなもんかと、1から5番まで歩いた、というので、5番から鴨島駅まで歩いた。 朝こそ、はれていたが、その後は終日、雨。 イヤハヤであった。 たまちゃんご一家が8番さんで待っていて下さって、たらいうどんのお接待をいただいた。たまちゃんが「私がする」といって、たまちゃんの接待であった。 ありがとう! 感謝、多謝。 あったかいお接待で、元気百倍、9番まで送っていただいて(2キロ稼ぎ)また歩いた。 わたしたちがあるいているときはふって、お参りしているときは上がるってどうして修行させられていますね・と編集委員氏といいながら・・・。 鴨島駅まであと15分というところで、またすごい雨。 あきれて、笑いながら歩いた。 彼「一生忘れられない歩きです」だって。 駅で、大記念撮影で別れた。 「明日は、焼山越え、ご苦労様です、がんばって下さい」でした。
| 2004年08月21日(土) |
日和佐 海亀博物館カレッタ |
今日は、友人と日和佐へ。 海亀博物館カレッタへいった。 アカウミガメはでかかった。 間近に見て、ウーム。 彼ら、大浜海岸で生まれて海に泳ぎだして、しかしどこに行って成長して、大きくなって帰ってくるのかいまだ解明されておらぬのだそうだ。 で、産卵されたタマゴは気温が低いと(26度くらい)オスになる、30度から32度くらいだと、メス・オス半々になり・・・それ以上になるとメスになる、という不思議のメカニズムであるのだそうな。 イヤービックリ、これって、ミジンコ系? で、0才の海亀さんはかわゆい。20グラム、4センチであるのだ。 それがぐんぐんでかくなって・・・重さ、120キロ、甲羅1メートルになる。成熟するのは20年以上先らしいが。 ちなみに、難破した船の乗客を甲羅に乗せて救った亀の記録があるとかで、浦島さんの話は「ノンフィクション」かも。 飼育プールを見ていると、亀って意外と好奇心が強いようだし。 まあ、小笠原の海では、アオウミガメが、クジラウオッチ船の様子をうかがっているのを何回か、目撃しましたからなあ。 ちなみに、大浜海岸の亀の観察と保護に最初に取り組んだのは、地元中学校の科学クラブの面々らしい。昭和25年のこと。 これもイイはなしだと思う。 カレッタ、楽しめました。
それから、橋本サンでご飯を食べて薬王寺をお参りして、千羽で温泉に入って徳島に帰った。 そうそう、橋本サンで、あの少年遍路さんにあって、ジュース代お接待。 元気にやっているようで安心した。
で、夕方。 以前たまちゃんのお父さんに教えていただいたお店でおいしい魚を食べた。焼き魚が殊更おいしかった。 (ビールも)イヤ、今日もよい一日でありました。
明日は、おんなひとり旅で、彼女は一人で渦潮を見に行くこととなった。 うどんも食べたい、ということだ。(ネットで調べたが、一番押しの名麺堂さんは並ぶといったら、あたしは並んでまで食べたくない。気持ちは分かる、しかし四国ではうまいうどん屋は並びは常識みたいなところがあるし。やはり、関東の人であった。久しぶりに関東のお人を見ました)
今日は、神奈川よりの来客である。 ホントは空港までお迎えに上がるべきなのだろうが、ズルをして駅で落ち合った。 朝4時起きの彼女、「今日は一日が長い」 うんわかる。 で、いったん帰宅して、私は歯医者さんへ。1時間あまり、歯磨き指導と今後の治療方針を聞かされた。で、2740円なり。 ご指示通りに歯を磨こうと思っている殊勝な私である。
お昼は、いつもの場所へ、その後、彼女が来るときのために残して置いた「阿波踊り会館」と、眉山へ行った。 阿波踊り会館の「阿波踊り実演ショウ」、おもしろかったけど、あの人たちは「徳島観光協会 阿波踊り課」とかって、公務員なのかしら? なんて考えてしまった。 イヤ、それだったら、踊り好きの徳島県人のあこがれのお仕事だろう。毎日阿波踊りを踊って過ごせるんだから、ね。 我が友だちは、阿波踊りを体験しましょうで、なんと旗と賞状までもらっていたぞ。(笑) 「いろいろ、工夫しながら踊っていましたね」なんてコメントと共に。 ロープウエイで眉山山頂まで。 ラモエスさんの記念館を見た。 二人の徳島女性を愛した生き方、興味深かった。
吉野川、紀伊水道など・・水の風景ともいえる山頂からの眺めは心を平和にして眠気さえも誘って、困った。
帰って、スーパーで、松山あぶらげ、鳴門生わかめ、フィッシュカツ、竹ちくわ、沢山お刺身をまいた大名巻き・・等々、スーパー的徳島及び四国を仕入れて宴会。 楽しい一日でした。 松山油揚げは、ワカメと煮浸しのようにして、スダチをのせたら、いい味出しましたわ。 内国でも外国でも、スーパーほどおもしろいところはない。 品ぞろえ、ディスプレイ、ずいぶん違うんだもん。 伊予ナスは、関東にはないシロモノだ、松山あぶらげも、蒲鉾売場にあるフィッシュカツも。
| 2004年08月19日(木) |
多分、13年ぶりくらいの歯医者 |
先日から、右下の歯がなんだかしくしくする。 おまけに1本なくなっているし・・・歯医者、子供の時から大嫌い! しかし、姫路のdサンに「ゼッタイに行かないとダメ」と叱られたので、いった、近所の歯医者さんに。 問診用紙に「歯医者恐怖症」と書いたら、すごく丁寧にやってもらえたような・・・。 しかしいわれた、 前の治療がすごくしっかりしてあるのでここまで持ったんですよ、前の歯医者さんはいい腕でしたよ。それを、恐怖症といったら悪いですよ。 はい。前の歯医者さんは(10年以上前に行った)確かにいいお医者でした。 でもね、いいお医者でいたくないっていうのと「恐怖症」は別なの。 「恐怖症」は、子供のころのすり込みです。 とさらに抵抗したら、そうですか、でもオイオイになれていただかないと・・と、ごく穏やかな対応であった。 うちの近くの歯医者さんに適当に入っただけだけど、いいお医者かも。 レントゲン多数、歯形、歯肉調査などをして、明日カウンセリングをして治療方針を決めるのだそうな。ちなみに4070円、支払った。 多分、3年ぶりくらいにお医者に行ったので、今はこんなものかと思ったけど、高いね。 それと歯医者さん、進化している、さすがに10年前に比べれば。
遙かアムステルダムより、この頃、日記に誤字脱字が多い、飲んで書いているのか、とお叱りが飛んできました。 はい・・・・大方、飲んで書いてますわ。すんません。 そりゃね、2キロ田園風景を歩いて(というと聞こえはいいが、実はたんぼ道)帰宅して、シャワーを浴びて、食事の支度をして、ビールから、まず始める・・だから。夏はこれが楽しみで生きてるよなもんよね。 誤字脱字、許されよm(_ _)m
今日は、朝、雨嵐の中を歩いていたら、国道で前からお遍路さん2人。 雨の中ではあるが、ザックを開けてお接待袋を出してお接待。 ホントに久しぶりに、道でのお接待をした。 男性二人のお遍路さん、いいお顔であった。 お遍路さんがでてくるようになったし、秋遠からじです。
カメラヤサンにいって、先日の玉置神社の護摩たきの写真をとってきた。 ふ、ふしぎだ、あれだけ、レンズの向こうに虹の光が見えていたのに、写真には写っていない。ぜんぜんだ。 あの時、みんなにのぞいていてもらってよかった。 あれは、なんだったのだろうか。やっぱり玉置は不思議なところだ。
昨日から今日、雨続き、滅多に大雨の降らない香川での出水、どこか変なのか。こうやって降ってやがて一気に秋が来るのかしらん。
巡礼マガジン32号ができてきた。 アッと、気になるところがやはり見つかる。 しかし、限界だよね。 だって、5,6月は地図つくりで大忙し、6月末から7月、1ヶ月足らずでつくっているんだから・・それにしてはよくできたと思う。 と我をほめよう。
夕方、事務所に少年遍路くんのお客さんがあった。 先日、紀州のやまざるさんが遍路道で会った少年だった。 下の事務所の方の所に善根宿で昨日から泊まっているとか。 中学生だし、私の所の友だちが来るのとぶつからなかったら、泊めてあげられるのだが・・と思っていたのだが、よかった・・・今日は一日雨だったし。
ホントに身体が細い、やまざるさんが15キロの荷物、大丈夫か、というのわかる。 で、理想は全泊、野宿だという。 カメラマンと二人して、知っている限りの野宿ポイントやいったら善根してくれそうな所等々を教えた。 台風が来たら宿の泊まれ、室戸あたりは強風で飛ぶ、ダメと思ったら、徳島に戻るかうちに帰って出直しても全然恥ずかしくない、遍路道は逃げないよ、荷が軽くなったらまた歩ける、パソコンを持たなくても歩けるよ・・等々とアドバイスした。
ずっと不登校でこの4月からボチボチと行きだしたらしい。 真面目な子である。 私が関わった不登校の子もそうだったが、真面目でいい子系なんだよね。 それはがんばって欲しいが、ダメだと思ったら出直して歩いてもいいんだ、ということ、彼の場合はわかった方がいいかも、と思ったことだった。 無事成満を祈りたい。
10時頃に帰宅。 洗濯をして、かたずけをして、お昼を食べて、お昼寝。(仕事は明日から) なんだか、風に秋を感じるが、阿波踊りの終わった徳島市内は気が抜けたような気配だった。 昨日、昨年ネパールでお世話になったナワンシェルパさんからローマ字メールが来た。 学校行ったわけでもないのに、ここまで書けてしまう彼の能力に改めて感嘆した。
さっそくに返事、今年は父が病気なのでネパールには行けませんと書いた、残念だが。理屈的には、秋たけなわのころに離職することに決定したのでネパール行きの時間はあるのだが、父のことを考えると今年はどこもいけないと言うか、行く気にならん、もちろんというか・・・ 離職後のことを長期に見つめて見ねば、と思うこの頃だ。 落ち込んでいるのでは・・と心配下さるムキもあるが、実はけっこう明るい。(ホッとしていたりして^^;) 昨夜も母と一緒に来た20才のかりんちゃんに「就職したかと思えば、また辞めて、波瀾万丈やね」とニコニコと言われたが、イヤまったく。 「辞める」というよりワタシ的には「離職」である。 まあ、来春くらいまではこの地で楽しく生き延びたいと思っている。これは一応、自分なりに決まりかな。
姫路は破磐神社さんの大祭へ行こうと駅に行くも、な、なんと、本州に行く高速バスはすべて売り切れ!!もうビックリだ。時々、10人も乗っていないようなときがあるというのに、さ。 右往左往で、結局「うずしお」で高松、高松からマリンライナーで岡山、岡山から新幹線というエライ遠回りで行ってしまった。 つくづくと、淡路島へつながる橋がない時代の不便を実感した。 でもまあ、意外と早く着いたが。 姫路も朝から大雨だったとか、徳島も8時頃から10時過ぎまでそうであった。 (後でお会いした宮司さんいわく「今年は祭りを復活して20年目ですから神さんが喜んで浄めて下さったんですよ」納得。だって姫路って滅多に大雨・災害のないとこだモン)
で、姫路のdサンと、姫路の総社である、射楯兵主神社をお参りして、木村宮司さんの英賀神社へ前から気になっていた宮司さん開発のご神木のナギの木の葉を使った手作りお守りをゲットしに行った。 広くて大きな神社だったが、きれいにお掃除されていて、拝殿に「いい気」を感じた。宮司さんがしっかりとおつとめなさっているのだろう。 手水舎も、きよらなかお水が流れてさわやかだった。 お参りの後に、社務所のボタンをおして、お守りゲット。 宮司さんはお留守であったが妹さんがおられて、ていねいに応対して下さった。 朱印をお願いしたら(ふつう300円)お賽銭に入れておいて下さい・・と。まさに地域の神社だから、私のような御朱印・お守りコレクターは来ないみたい、でした。 ナギの葉守り、可愛いお守りでした。
その後、もう一つ、と、これまた由緒古い斑鳩寺へ。 以前、鶏足寺のお祭りでお会いしたご住職さんをdさんがご訪問?(というか呼び出した!すご腕dさん)で、わざわざ宝物館を開けていただいて、鎌倉期のお宝の数々を説明つきで拝見してしまった。 お薬師さんに、ことさら「気」がありました。 金剛力士さん達が元気でありました。 お厨子のなかの観音さんが美しかった・・保存状態ヨシ。
とまあ、目道楽をして、軽い夕食・ビールを飲んで、姫路駅に大阪から来る行者さんとマキさんを迎えに行って破磐神社さんへ。 空はすっかりと晴れ上がって★まで見える。 境内は盆踊り真っ最中、いよいよ8時半に宮司さんの採火で大松明に点火。ぐるんぐるんと大松明が回すお祭りの始まり始まり。 このお祭りのすごさは、この火を藁につけて、厄年の男たちがたたき合うところにあるのだが、これまたおもしろし。 Kさんが同行した「今治組」に大受けした。 今年もおもしろく拝見したお祭りであった。 来年は来られないかも知れないし・・・よかった・・・ 宮司さんには、近々また参りますとご挨拶して失礼した。
その後は、姫路Iサンのお宅。ちょこっと話し込んだ。 楽しさ満載の一日でした。 ありがとうございました、でした。
久しぶりにうちから一歩もでずに、寝坊、掃除、洗濯、昼寝、読書・・・などなど。 よっぽどもう一度阿波踊りにいって「にわか連」なるものに入れてもらって踊ってみようか、とも思ったのだが・・ビール飲みながら本を読み出したら、メンドくなって中止。 6時半、8時半だったかに集合場所に行けば、入れてもらえたらしいのだが、帰ってくるのが大変そうだし・・ねえ。 で読んだのは「平成の巫女」(原書房) 昨今の巫女さんにインタビューをしてまとめた本だ。 関東の富岡八幡宮、愛宕神社、三枝神社の三社に勤務する巫女さんにその職業意識等々・・を訊いている。 愛宕神社は、松岡さんさんという女性宮司さんのお社で「美人宮司、がんばる」とか何とか言う本を書いているお方が沢山はなしておられた。
今どきは、神社とお寺のちがいがわからなくて来る人がけっこういる 祈願料が5000円と聞いて、高い、どこどこはもっと安かった・・と苦情を言ったり、じゃ、止めた、という人がいる 紙に包むどころがくしゃくしゃのお金をぽいと投げるように出す人がいる 等々・・・ やはり、神社でもそういうことなのか・・という話がいろいろとあって、この国はどこからやりなおしたらいいんじゃろか、と考えこんでしまった。
神社は、まあ明治以来、まさに政治の道具とされてしまった観があって嫌う人も多い。(かつては、私もそうでした)「村の鎮守のお祭り日」が本来の祭りであって、そこで人とつながり、感謝してということが神道の本来であったということがわすれられているということが残念である。 巫女さん達が信仰心は感謝から始まるということを言っているのが印象的だった。
それと、古来から「そこに」鎮座している神社は絶対に「気」がいい。 地球のエネルギーがいただけるパワフルな位置にある。 まさに気のせいではなく、心身をいやしてくれる。 疲れているときは、寺ではなくて、昔から鎮座している神社(伊勢、出雲、熊野、行っていないけど多分、お諏訪さん、鹿島、などもいいはず)やお山がよろし。 熊野の広大な原生林はまさに熊野三山の鎮守の森だ。
今日は、寝坊して、昼寝して、夜も早く寝て・・・・なんか寝だめしたような一日だった。 たまにはいいよ。
朝から、厳島神社へ。 暑いのでさすがに、しかたら登るのを断念して、ロープウエー。しかし、それでも、頂上までは30分ほど歩く。原生林が守られている。下の厳島神社の華やかさとは無縁の行の場といってもいい雰囲気があった。何しろ、巨岩がごろごろ、巨岩を巡る行道が絶対にあった、と思う。 それに何と、消えずの火というのがあった、そこにはお不動さんがおられた。
昼過ぎ大急ぎで、帰徳へ。 駅着、7時。 阿波踊りで、駅はメチャ込み。だが、たまちゃんパパと山ざるさんが待っていて下さった。 町中は、連の名前を入れたハッピや浴衣の人がわんさか。 たまちゃんとママと合流して8時過ぎにたまちゃんパパが取って老いて下さった桟敷席へ。 次々と連が踊り、前を通る。 子供がうまい。 そして、とにかく、これがどっちかというとおとなしい感じのする徳島人か? と目を疑いたくなるくらいはじけているのだわ。 徳島を知るには、阿波踊りを見ないとダメかなと悟った。 イヤ、楽しかったわ。 でも、やはり踊る阿呆と見る阿呆だったら、踊る阿呆になってみたいと、見ながら強く思いましただ。 最後の総踊りというのは、有料桟敷の前しかしないようなのだが、それがみごたえ100%。 鳴りものの後について、たまちゃんと踊りのまねごとをしてしまったわ。 おもしろかった。 たまちゃんご一家にまたまたお世話になりました。 ありがとうございました。 やまざるさんは、研究をしてから、踊る阿呆になりたいそう。 踊りに行こう・・・といったのだが・・シャイで慎重な性格とお見受けしました。 やまざるさん、1晩から11番までこの炎天下徒歩遍路。 足はマメだらけ・・・いたそうでありました。お大事に。ご苦労様でした。
私も来週、知人に同行で歩くのだわ、1日。ああ夏遍路!
不在票がはいっていた。 届いたのは、玉造温泉の素でありました。 3月末に行った、出雲の玉造温泉でクイズに答えたた「見事全問正解」でありましたとさ。 しかし、残念、温泉ご招待かと思ったのに。 一緒に行った、姫路のDさんもはずれたらしい・・・これまた残念。どっちかが当たっていたらいけたのに。
昨日飲み過ぎたので今夜自重で、さすがに缶ビール1本にした。 徳島市は阿波踊りを前に一気に休暇に突入した観がある。 いつもは大渋滞の道が空きすきだ。 空き家のような所から太鼓の音が聞こえてくるし。 すっかりお祭りモードだよ。 鳴門では、すでに阿波踊り、終わったらしいが。 ちなみに高知はよさこいで燃えているようだ。 朝の四国版ニュースでやっていた。
世界はオリンピックモードだけど、イラクは戦争モードだ。 この不平等よ。 アテネでテロが起きないことを祈ろう。
ビール飲みながら、何げにテレビをつけたら、美空ひばりの懐メロ特集をしていた。 特別なファンだったわけじゃないけど、出てくる歌、それなりに知っている自分に少々驚いた。歌えるんだよね・・そこそこ。 改めて、美空ひばりって「歌姫」だったと思う。 天からまさに歌を唄うためにのみ下ってきた天使の化身という気がしたのだった。 世話になった主治医にきちんと礼状を出しているひばりさん、立派だと思う。 なんてことを官あげたり歌を口ずさんだりして、缶ビール3本に、缶酎ハイ1本、飲み過ぎだよなあ。 ということで、メール返事もお便りも書かずに爆睡でした。
今日はビール度90%だそうな。 缶ビール1本、缶チューハイ1本、冷日本酒グラス1杯・・私は徳島にいる間に「アル中」に目覚めるのでhないかと心配だ、真剣に。
今日は長崎の原爆記念日。 59年前の話をしながら絶句して潤ませた男性を見て、祈りたいと思った。 みなさん、祈りましょう。 非力であっても、世界平和を。
2日間、数時間の睡眠、さすがに疲れまいた。、こうしてお酒を飲んで日記なんぞを書いていられるのは、ひとえに、玉置神さまののお力と帰りによってきた熊野大社大斎原のパワーをいただいてきたから、という気がする。 さて、今日、じっくり寝よう。ああ、ほっろよいは幸せだ。
| 2004年08月08日(日) |
24時間、闘った・・ |
今、ミッドナイト、すでに日曜の夜ではなくて、月曜の朝(3時20分)になっている。
昨日(日曜朝3時半のフェリーに乗って)でて、玉置神社を目指した。 しかし、奈良県内で、国道168号、あちこち小さな土砂崩れでボロボロ、恐いような林道を迂回させられて、6時間もかかって着いた。和歌山で合流した女性(マキさん)は、車に弱くて、悪路に負けて何度も路肩で吐いて、もう命がけで・・・彼女はどうしても玉置にお参りしたかった、ということで。
当然、護摩焚きメンバーも、来るにこれずの人もいて・・大幅に遅れて午後からになって始まった。 何と、不思議や不思議、護摩火がついたとたんに、カメラのレンズの中に虹が見えだした。 どうして?私の目の錯覚??? で、護摩火を焚いている大日堂の前から、玉置神社本殿にカメラのレンズをむけると、それが見えない。 使い捨てだし、レンズが悪いのか、と思っても見たが、だったらどこにでもでるべき?だろうと。 ちなみに、そこに居合わせた、10人ほどの方々にみんな覗いてもらったら、私の目と同じ現象が起きた。 本当に不思議だった。 ちなみに、今日の玉置の空は厚い雲に覆われていて、日はささなかった。 ガスがしきりとわいて、老杉、巨杉の間をぬって、幻想的で神秘的、いかにも玉置といった風情。カメラレンズにお日様が入るすき間はない。
あれやこれやで、玉置をでたのは、5じちかく・・・浮世離れした1日、充電した。
しかし、帰りが大変・・・もう恐い奈良山中はこりごりと、本宮にでて311号を田辺、それから南部で、阪和号路に乗るもだいじゅうたい・・で、10時40分のフェリーが目の前ででていって・・・今日の一言「玉置へのお参りはイッツも修行ですわ」(今治のKさんの一言・・ちなみに昨年も渋滞に巻き込まれて私は新幹線を逃している) まさに24時間たたかった一日でありました。
では数時間、お休みなさいませ。 あした?もがんばる、ぞうさん!
本当は、奈良にでかけようと予定していたのだが・・・。 昨夜、今治のKさんがうちにきて泊まり、ここから玉置に行くというので急遽出かけるのを取りやめた。 ワタシ的には、吉野の蔵王権現を拝んで、十津川へ向かい、温泉にはいって、明日早朝、彼女と合流したかったのだが、「話もしたいし」というので。
昨夜来読んでいる「大師の懐を歩く」・・自分の体験+フィールドワークな本。 おもしろく読んでいる。すごく共感できるところもある・・同じ歩き遍路仲間として。が、ただ、「遍路を回ったことで人生がまったく変わった人を知らない」みたいなことを書いていることが気になる。自身の調査だけでこういったことを書くのは、すごい自信だなあ・・みたいな印象をうけた。 変わった人、いる、私に知り合いには。 サラリーマンからお坊さんになって、今は住職になっているヒト、自宅も財産も捨てて7巡してお四国の堂守となって亡くなった沖田さん・・とか。
Kさんが来るので、久しぶりにマジに料理をした。 阿波地鶏とナスビの炊き合わせ、胡瓜とツナのわさびマヨネーズ合え、カツオのたたき付け汁スダチ風、冷や奴とナルトワカメの付け合わせのごまだれかけスダチ添え、ナマのオクラのかつおまぶし、クレオパトラのスープ +マルヨシスーパーで買ってきた枝豆
そうむずかしいものはないけど(というか、夏の火を使いたくない手抜き献立)書くと、なんだかそれなりのごちそうジャン、となってしまうのでワハッハハ。 これを食べて、明日の朝というより、深夜便で玉置を目指すのだわ。
さあ、彼女が到着する前に私は、ビールでもいくかな。
今朝、小雨の中を通勤道をポクポク。 ビックリしたのは、眉山から勝浦の方、山一帯の上の部分が、すっぽりとガスに包まれて見えなくなっていたことだ。 神秘的であった。 なんだか、どこか外国のような景色だった。
夕方にはすっかり晴れあがって、眉山のあたり一帯に今度は入道雲とその他諸々の雲がでていた。 雲のでている高度が違うので、重なりが立体的でおもしろくてこれまた不思議。 ずーと見ながら歩いていたら、な、なんと一部が「彩雲」になったではないか。 オオ!!うーれしいな。 きっちり、携帯のカメラでとっちゃいました。 彩雲は、「吉兆」「瑞兆」のシルシというけど、関係なく見るとなんだか嬉しい。 昨年のヒマラヤで、毎日限りなく美しい彩雲を見て同行のイケダさんとキャッキャよろこでいたんものであったよな、なんてことを思い出すし。 ホント、ヒマラヤはやっぱり天に近いところであったと思う。
今日は仕事場に、愛媛大の先生として単身赴任しているお遍路仲間のアダチさんから�笋�あった。 来春には神奈川に戻るけど、その前に会いましょうね・・なんて話をして。 でも、私も、本が休刊だしその前にここからいなくなるかも知れないし、ぜひ来て下さいよとかっていったら「休刊?どうして??」とびっくりしていた。 イヤ、ずっと上の方の決定ですからしかたありません、といったら絶句、そしてどうするの? イヤ、最後の号を作ったら自ら望んで離職しますけど、今はこれをいい本にすることしか考えていないし、休みは四国のあちこち、近畿のあちこちを訪ねたり友だちや知り合いに会うのが忙しくて楽しんでいます、まあ、何とかなりますよ。 なんだか元気だねえ、安心した。じゃ、絶対その前にこっちで会おうね、ということで�笋鮴擇辰拭� この話を聞くとみんな絶句するけど、私は不思議なくらい平気な気分で元気なのが我ながら???。いつの間にか「強いヒト」になったのかしらん。 カメラマンなんて、ストレスですっかり体調をくずしているのに、さ。(しかし、彼は私のように離職するんじゃないのに、どうしてあんない体調悪くするのか、これまた私にはナゾだ) そうそう、今日は私がやいとをしてあげるって言ったのに辞退されてしまった。やっぱり、私はシロートだし恐いのかしらん・・・楽になるのに。
なんてことを「本日ビール度80%」缶ビール1本、缶チュウーハイ500ミリを1本でほろ酔いで書いている私である。 あらいいのかしらん?? ま、いいってコトよ。
TVで、卑弥呼の三角縁神獣鏡のコピーを作ろうとしている東大阪の鋳物工場のオヤジさんのことをドキュメントしていた。 正確にコピーするのはすごく難しいらしい。 今から1700年ほど前の技術を真似るのが大変、ということに「ほおおお」だった。 人が進化したっていっても何ほどのことでもない・・・もしかして悩みだけが複雑怪奇化しておるのだろうか?
今日は広島原爆投下の日。合掌。早坂先生のハルコさんのことを想いだした。
| 2004年08月05日(木) |
今日はビール度80% |
今日は、いつもの徳島語り場で食事をして会計をしようとしていたら、私の名前を呼んで声をかけて下さる男性。 知らない方だ・・・よくきくと、1番さんでお接待灸をなさっている徳島鍼灸協会?の会長さんだった。(この日記も読んで下さっているらしい。ありがとうございます) カメラマンの身体を心配して下さって「やいとするといいんやけどな、気が小さいからダメヤな・・・」 そのとおり。 戻って、あなたお灸しにいってきなさいよ、というがウーンと気の乗らない返事だ。 そうこうするうちに、自らきて下さった。 ありがたいこと(と、他人事、カメラマン事ながら、感謝) で、カメラマン、千年灸をしていただいた、これなら恐くないだろうと言うことで。 彼、気持ちよくなったと喜んでいたが。 このとき「幼児針」という民間医療の話を聞いた。 江戸期に大阪ではじまった治療。 経絡に沿って、スプーン等で、撫でる、それだけ。 実際にしていただいたが、気持ちいい。 「これ、効くんで。これで、アトピーが治ったとかな」 それを、ボランティアで教えておられるらしい。 実に実に興味がある。私も、習いに行くつもり。
夕方、ひさしぶりに堂々としたかっこいい入道雲を見た。 夕焼けもきれいだったし。 で、カメラマンがネットでしらべて言っていた「ビール度80%」が大当たり。 本日は2本であった。 田舎から持っていた母自作の胡瓜の漬け物がすごくおいしくて、ビールのつまみのよし、よし。
夕方、駅前郵便局に行っていろいろと用事をすませたついで、新潟と福井の被災地にささやかながらお見舞い金を送った。 (ホントに気持ちばかりだけど、やっぱりなんかしないとネエ・・・徳島の木沢村も大変そうだ・・木沢村はまだやっていないのか、と郵便局で訊ねたらまだ、とのこと)
うちに帰って、TVをつけたら、ビキニ環礁の水爆実験でロンゲラップ島の被爆は「仕組まれた」らしいと言うことをやっていた。 要するに、人体実験だ。 アメリカ悪魔。 ニューヨークあたりでやれよな、そんなにしたかったら。 久しぶりに、テレビ画面に向かって持っていたビールグラスをぶつけたい気持ちになった。 前にこういう気持ちになったのは、薬害エイズの発症がわかっていながら厚生省が情報を隠したことをTVの特集でやっていたときだけど。あれ以来。 コイズミあたりが軽薄にしゃべると、TVに「ばーか」とかってやっている私だが、今回はすごい怒りを感じたぞ。 原爆特集での「クローズアップ現代」だけど、いい番組だった。
カメラマンによると、今日は「ビール度60%」の日らしい。 どういう根拠によるのかシランが(彼はネットで調べた)、当たっている。 本日、缶1本のみ。
雲一つない青空。 少し涼しくなったようだ。 高速バスから見えた吉野川は、ここ数日来の大雨の水を集めて水位が上がっていた。 なんだか、おっかしな天気だよね。 ベランダの植木鉢がころんでいたし、けっこうな風が吹いたんだと思う。 で、不思議なのは、うちの中に蜘蛛の巣が張っていたこと・・追い、クモくんどこからはいったんだ?と聞いてしまった。
帰宅して、洗濯をして掃除をして・・・あれこれしていたら、1日が終わった。 なんだかんだいっても、自分のすみかに戻るとホッとする。
長岡の花火、というタイトルで山下清画伯(と呼んでいいだろう)の絵がある。 戦後すぐに空襲犠牲者の慰霊ということで始まった長岡祭り、今やその中の花火は一般的に「日本一」といわれている。 優待券があるから、行く?いわれたが、夜行で帰らないといけないし、人混みの暑いことこに行くもイヤだから、うちの2階のクーラーの効いた部屋の窓から、缶チューハイのみながら花火見物となった。 美しかったでです。 7時半から9時半まで、風がないと後半は空に煙火がたまって見にくくなるのだが、程良い風で見事な出来映え。2本の3尺玉も失敗することもなくパチパチでした。 今年のお客さん、ラッキーでししたね。 イヤ、子供のころから見ていた花火を見ると里ゴコロがつくわ。 なんてお思いながら、夜行で戻る。
父の病院へは、昼から行った。 よもぎの湯(本物のよもぎをほしてかわかしたもの)のパックをせんじてさましてそれを持っていって、ボロボロになっている手や足など見えるところをふいてきた。 爪を切ったら、やはりいたがって目を開けた。 痛覚がこれだけあるのに・・と思うとかわいそうで・・・
向かいのベッドに、事故で頭を打って意識不明の若い男性がきていた。 何と、義妹の知り合いの息子さんとか。 おかわいそうだ。 事故で九死に一生を得た私にとっても、他人事ではなくてただただ意識の回復を祈りたいと思った。
今朝、朝イチで病院へ。 父、目は開いていたが、わからなかったようだ。 がりがりにやせて、もともとパーキンソンだから、体はかたくなって、ミイラのよう・・・・・ちょっと、見ているのもつらかった。 ほんとに、昔のように自宅療養だったら、こんな状態にはならないだろうものを。病院に入ることで、悪くなった父だから(仕方なかったのだが)なあ・・・。
10時過ぎ、アムステルダムから長岡に来ていたメルキとモリアが遊びに来た。 半年前より二人ともさらに大きくなっていて、伸び盛りじゃのう状態だった。 7・18日から来ているらしいが、暑いと、ジュースだ、アイスだとか。 今年の北ヨーロッパは冷夏だし(昨年は暑かった)、かわいそうな彼らよ。 で、めげずに、長岡祭りの準備の進んでいる町へ、二人を連れて行った。 じっくり歩くと、昔あった店がなくて、中心街空洞化現象がはなはだしい。 合併で、なんだか大きな町になるようだが、これじゃねえ・・・だわ。 高校のころに行ったラーメン屋だけが残っていたので食べた。 メルキ、そんなにおいしくないよ(サンバルという辛いのがないと) モリア おいしかったよ 私 懐かしい味だったけど、昔はもっとおいしく感じたが・・・
日中 37度。ビールで昼寝が極楽だった。
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