おひさまの日記
日記インデックス|前の日の日記を読む|次の日の日記を読む
与えられることで気づくことがある。
与えることで気づくことがある。
結局、与え合っているのだなぁ、支え合っているのだなぁ。
たとえ、人から与えられたものが、
欲しくないようなものだったとしても、
悲しい気持ちや不快な気持ちになることや、腹の立つことだったとしても、
それによって気づき受け取ることがある。
また、自分が与えたものが、
後悔するようなものだったとしても、
人を傷つけたり、苦しめたりすることだったとしても、
相手は、それによって気づき受け取ることがある。
あたたかいもの、やさしいもの、うれしいものならなおさら。
与えられても、与えても、愛が巡る。
愛が頑な心を溶かして、やわらかい素の自分が戻ってくる。
与えることは受け取ること。
受け取ることは与えること。
私達は常に大切な何かを与え、受け取っている。
存在が無意味な人なんていない。
それがどんなものであるかということに関わらず、
そこから何かをつかもうとする心がある限り、私達は前に進み続ける。
そして、傷つけた人も、傷つけられた人も、
もはや傷にとらわれることがなくなる。
その傷にさえ尊い意味があることを知るから。
世界はまぁるい。
怒りの下には悲しみがある、
心のことを学んで、そして、その仕事をずっとしてきて、
本当にそうだなぁ…って感じる。
私がイライラしてる時って、大体悲しい時。
ムッとした顔をして、口調がキツくなって、態度が荒々しくなる。
きっと一見怒ってるように見えるんだと思う。
そんな振る舞いをしているのに、
なんだか鼻や目の奥がぎゅうっとして、
気を緩めると涙が出てしまいそうなことに気づく。
ああ、私悲しいんだな…そう思う。
それでも、カリカリしてて、つんけんしてて、
表向きは怒ってるんだけどね。
そんな時、周り(主に家族、ああ、ゴメンナサイっ)に投げる言葉は、
キツい言葉だったり、イヤミだったり、
相手を攻撃する言葉なんだけど、
その言葉のずっと奥には、
「さびしいよ」
って想いが静かに横たわってるのがわかる。
言ってることは時にもっともで、理論的には正しかったりする。
いや、ぎゃーぎゃー言ってるうちに支離滅裂にもなるな…
うん、その方が多いな…
支離滅裂なことがもっともらしくなるように言葉を連ねてしまう、
そう言うと的確かも。
本当はたったひとこと、
「さびしいよ」
そう言いたい。
言いたいのに言えない。
言えなくて苦しくて、それをなんとかしてほしいのに、
なんとかしてもらえないと感じて、
さらに相手を責めてしまう、攻撃してしまう。
責める言葉や攻撃する言葉を、
「あのね、本当はさびしくてこんなこと言っちゃうんだ」
そう言えたらいいのにって、いつも思う。
逆に言うと、言えないから、その代わりに、
責めたり攻撃したりするんだよね。
だから、責めれば責めるほど、攻撃すれば攻撃するほど、
悲しみはどんどん大きくなってゆく。
自分の本当の気持ちから離れてゆくんだもの。
相手と心地よい関係でいたい、うれしい、あったかい関係でいたい、
そんな大切な気持ち。
でも、そんな心がフタをされてしまって外に出られなくなっている。
感情のフタ、それが「怒り」だ。
怒ってるとね、さびしい、悲しい、
そんなヒリヒリしてつらい気持ち感じなくて済む。
怒りで痛みの感情にフタをして感じなくて済むようにしてしまう。
人ってそういうふうにできてる。
それは私が感じてきたこと。
自分だけでなく、多くのクライアントさんの人生を共に体験して、
理屈抜きに感じてきたこと。
そして、確信を持っていること。
だから、私はイライラすると、思う。
「ああ、今私悲しいんだ」
って。
でも、慣れ親しんだ振る舞いは止まることがなく、
私は怒りにまみれ続ける。
だけど、怒りを武器に暴れる私のその奥で、
ちゃんとわかってる私もいる。
だから、感じ続ける。
「さびしいよ、悲しいよ」
って。
そして、怒ることはやめられないけど、
さびしい、悲しい、ってわかってるだけでもいいや、って思う。
怒りが遠ざかっていつもの自分に戻る時、
私は言うんだ。
「さっきはごめんね。
あんな言い方しちゃったけど、
本当は仲良くできなくてさびしかっただけなんだ。
イヤな気持ちにさせてしまってごめんね。
仲良くしたいよ」
って。
その時初めて、相手の心と触れ合えるのを感じる。
さっきまでの険悪で重い空気が消えて、
やわらかくてあたたかい空気に包まれる。
最初からそう言えればいいのにね。
でも、言えない。
それはそれでいい。
だって、言えなくなるほど傷ついてきたんだから。
私だけでなく、誰もが。
だから、連れて回る。
怒る自分も一緒に。
その自分が本当の感情にフタをしてしまおうと、
その怒る自分は助けを求める自分なのだから。
怒りながら、怒る自分を誰よりも悔いているのだから。
感情のフタをなくすことはない。
時にはそれが私達を守ってきた。
怒りで武装して苦しみをシャットアウトしなければ、
あまりの痛みに心が死んでしまっていたかもしれない。
感情のフタはそのままに、ただ開けることを覚えればいい。
後からそっと。
生きるのが楽になる。
たとえ怒りにまみれても、後でその下にある気持ちを認めてあげれば。
自分のために泣ければ。
フタをしっぱなしの時より、楽になるんだ。
私はそうやって生きてる。
2010年02月20日(土) |
キレイとほめられた日 |
彼は私に言った。
「キレイですね!
キレイなものはキレイなんだ、うん!」
そんな手放しにほめられるなんて。
ありがたい。
賛辞は続いた。
「おおお〜、なんてキレイな胃袋なんだろう!」
胃カメラを通すためのマウスピースをくわえていて返事ができない私は、
うれしくて親指を立てた。
「十二指腸もキレイですよ」
彼、担当医師は、胃カメラをぐにぐに操作しながら言った。
最近、胃もたれや膨満感があり、調子が悪かったので、
念のため、胃の検査をしたのだった。
結果は異常なし。
異常なしどころか、先生もベタぼめするくらいのキレイな胃袋。
先生、なんだかテンション高い。
異常のない胃袋でそんなに盛り上がるほど、他の人の胃は荒れてるのかね。
もしくは、検査の上での一種のパフォーマンスなのか。
どちらにしても、楽しく検査を受けることができました。
先生、ありがとうございます!
郵便局を辞めて、生活のリズムが変わり、
食べてすぐ寝ることもよくあったので、
それで胃が疲れてたのかもね。
とにかく病気でもなんでもなくて本当によかった。
しかし、まさかあんなにほめられるとは。
ほめられたのは胃袋だけど、悪い気分じゃないよ(笑)
今日からリングネームを「ストマック・ビューティー」とする。
アンナが学区外通学をしているので、週末はお遊びも送り迎え。
最近アンナは男の子とも遊ぶようになった。
明日は本命の男の子の家に遊びに行くとのこと。
(本命というのは本人からではなく、別のルートから伝え聞いた)
まあ、男女ごちゃまぜで複数人数なんだけど。
その送り担当はabu。
前日夜から対策を練っている。
ぶつぶつ言っているので、聞こえてきたことを箇条書きにしてみる。
・ヒゲを剃っていく。
・寝癖を直し、ワックスでビシッと髪型をキメていく。
・オシャレをしていく。
・笑顔であいさつ。
・好印象を与える。
なんでもその理由というのが、
『アンナの親父ってカッコイイ!!』
と言われたいからなのだそうだ。
送って行って、その子が出てきた時、
部屋着のままむさくるしいヒゲ面でいて、
わー、きたねぇ!って思われるのがイヤなんだとか。
「ヒゲってカッコイイじゃん」
って言ったら、
「違うんだよ、一般的にはだらしないイメージがあるから、
初対面ではいい印象与えないんだよ」
と、主張。
『お前の親父ってカッコイイなぁ!!』
って、アンナが言われたら、すごくうれしいんだって。
abuは言う。
「そこでまたアンナも印象よくなるし、
それでアンナがその子といい感じになったらうれしいし」
そして、今日は早く寝るんだそうだ。
かわいいおとうさんだなぁ。
私はヒゲが好きで、剃らないで、ってお願いしてるんだけど、
ま、いいでしょ、そういうことなら(笑)
でも、ひとつ気になることがあったので聞いてみた。
「ねー、もしピンポンして本人出てこなかったらどうするの?」
「それはそれでいいんだよ」
だって。
ビシッとキメたのに、
会えなかったらがっかりのような気がするんだけどねー。
ふふふ。
じゃあ、スーパーにでも付き合ってもらうかな。
舞台は多い方がいいじゃない?
せっかくキメるんだから(笑)
余談になるけど、かわいいおとうさんは、
「チキチキマシン猛レース」
を、
「チキチキバンバン猛レース」
だと思っていたそうだ。
同じ年代の人にしか伝わらないネタだな。
アンナとお風呂に入っていた時のこと。
ばあちゃんはママに対して当たりがキツいと思うって、アンナが言った。
パパやアンナにはにこにこしてやさしいのに、
ママにはムッとした顔してキツいこと言うよね、って。
ダイニングから私がいなくなると、よく母が吐き捨てるように言うそうだ。
「ケチ」
とか、
「感じ悪い」
とか、
「なによ、あの子、イヤねぇ」
とか、
「ママがあんなふうでアンナはかわいそう。
よくガマンしてるね、えらいね」
とか、色々。
まぁ、しゃーないよなぁ、私うるさいから。
スイッチ切りまくりの「でんこ」だし。
でも、ショックだった。
激しく落ち込んだのだった。
自分に原因があるし、そう思われても仕方ないとは思う。
反省もしてる。
でも、なんと言うか、悲しかったよ。
孫に娘の悪口言うなよなぁ…
大事に思ってもらってると思う。
色々なことしてもらってると思う。
心配してくれてると思う。
実際そう感じてるし、本当に助けてもらってる。
そう理解はできても、心では処理できない。
少なくとも今は。
私は言いたかった。
お母さん、子供の頃、私にひどいこといっぱいしたよね。
私のパンツを私の顔の前に突き出して、
こんな汚して!誰が洗うと思ってんの!って言ったよね。
思春期でおりものが下着に付き始めた頃だったから、
本当に悲しかったんだよ。
お母さんの意見と違う私の意見を言うと、
子供のくせにうるさい!って言ったよね。
話そうとしてもさえぎって、最後までしゃべらせてくれなかったよね。
言いたいことがたくさんあったんだよ。
感じてることがたくさんあったんだよ。
おっぱいが大きくなってきた頃、
お気に入りのクリーム色のセーターを着たら、
膨張色なので余計に胸のふくらみが目立ったんだろう、
そんないやらしいカッコして男に媚び売って、って言ったよね。
無理矢理着替えさせられたね。
私はただ大好きなセーターを着ただけだったんだよ。
そして、私は明るい色の服が嫌いになったんだ。
着ると落ち着かなくてね、イヤな気持ちになってね、
それからは黒い服が好きになったんだよ。
私の友達が来ると、
○○ちゃんはかわいくていいね、ウチの子はしょうもないから、って言ったよね。
友達が帰ってから、ああいうのは悲しいから言わないで、って言ったら、
しょうがないでしょう!って怒られたよね。
しょうがなくないよね。
そう、私が何かを訴えると、必ず言ったよね。
しょうがないでしょう!って。
私の大切なものを壊したお母さんにショックだと訴えると、
わざとじゃないんだからしょうがないでしょう!って怒られたよね。
私はただ「ごめんね」って言ってほしかったんだ。
私にはほとんど笑顔を見せてくれなかった。
そして、それは今もそうだよね。
ねぇ、お母さん、お母さんの言葉や態度で、
私の大切な心が壊れた時にも言うの?
「しょうがないでしょう!
わざとじゃないんだから」
って。
悲しいよ。
そんな時、たったひとこと「ごめんね」って言ってほしいだけなんだよ。
お母さんの笑顔が見たいだけなんだよ。
2010年02月16日(火) |
オレンジ色のグローブを持った男の子 |
薄暗い玄関に座って泣いていた男の子に出会った。
突然の出会いだった。
小学生の彼は大好きな野球をやめたばかりだった。
男の子の夢はプロ野球の選手、
一番になるんだと毎日一生懸命練習して、
帰るとグローブもスパイクもピカピカに磨いた。
自分の手に馴染むようにとグローブをはめたまま寝たこともあった。
部屋の窓ガラスに映る自分を見ながら、
素振りをしたり、フォームをチェックしたりした。
昔、男の子は、いじめられっこだった。
運動音痴で、体が小さくて、どんくさいおどおどした子だった。
帰り道で待ち伏せされ、ランドセルを捨てられ、泣きながら帰ることもあった。
いじめっこグループの中には親戚の子もいた。
つらくて、くやしくて、苦しかった。
でも、逆らうことなどできるはずもなく、ただ泣くしかなかった。
いじめられている最中に弟が助けてくれたこともあった。
「兄ちゃんをいじめるな!」と走ってきた弟は、
ひとりで数人の上級生をボコボコにした。
そんな弟に連れられて、泣きながら帰った。
でも、野球が彼を変えた。
野球が彼の潜在能力を一気に引き出した。
運動が得意になった。
走るのも速くなった。
自信がつくとにじみ出るものも変わるのだろう、
彼をいじめる子はいなくなった。
男の子は選手になり、チームに欠かせない存在となった。
野球にのめり込んでいった男の子は、
甲子園出場経験のある人にコーチしてもらうようになり、
ますます上達していった。
小学生レベルを超えた男の子は必然的に目立った。
それが、甲子園出場経験のあるその人のおかげだという話が広まり、
その男性に非難の声が上がった。
ひとりだけに特別教えるなんておかしいんじゃないか、
みんなが上手になるように協力しろ、と。
彼はそれに同意して子供達に野球を教えようとすると、
それまでいた監督やコーチ達が自分達の立場を危ぶみ、その男性を敵視した。
男の子は、自分の大切なコーチが攻撃されているのを目の当たりにした。
胸が引き裂かれるようだった。
そして、思った。
「自分のせいだ」
大好きな野球をして、上手になって、楽しくなって、結果が出て、
それが原因で苦しむ人がいるなら、もう野球はしない、そう思った。
そして、チームを抜けた。
突然のことに、チームの監督や関係者が男の子の家に押しかけた。
大切な戦力である彼が抜けることはチームにとって大きな痛手だった。
どうした?何があった?なぜやめる?
玄関では、小さな男の子の前に、立ちはだかる大人が4人。
後ろには正座する両親。
大人6人に囲まれ、彼は泣きながら言った。
「僕が野球をすることで苦しむ人がいるならもうやりません」
男の子は11歳、5年生。
大好きなこと、楽しいこと、夢中になれること、
そんな大切なもの、自分の夢を捨てることを覚えた。
自分が才能を発揮して認められれば認められるほどイヤな目にあう、
陰で犠牲になる人がいる、そう学んだ。
男の子はこう思った。
「僕が人より上手になって誰かがイヤな思いをするなら、
僕はもう普通でいい」
そして、磨き続けてきたオレンジ色のグローブを置いた。
薄暗い玄関に座って泣いていたそんな男の子に、私は出会った。
ひとりぼっちだった。
彼は突然現れた。
それはabuのインナーチャイルドだった。
私達は、その夜ベッドに入ってたくさんの話をしていたところだった。
恐れも含め、感情的な反応も含め、正直にたくさんのことを話し合った。
うまくいかない現実、転がる問題を直視しなければならず、
きつい話し合いでもあった。
その時だった。
その男の子が現れたのは。
abuが言った。
「あ、なんか今、実家の玄関が浮かんだんだよ」
そこからabuはするすると出てくる幼い日の様子を話していった。
次から次へとその頃の出来事と感情がよみがえる。
私の目の前で、ひとりの男の子の悲しい物語が繰り広げられていった。
意図的に働きかけたわけでもなく、それは自然に起こった。
私は、時折、
「それで、どうしたの?
今はどうしてる?
どんな気持ち?」
そう問うだけだった。
男の子は、まだ薄暗い玄関で泣いていた。
abuにそばに行ってもらった。
その背中をなででもらった。
つらかったな、って。
そして、男の子に伝えたいことを尋ねると、abuはこう言った。
「好きなことをしていいんだよ」
男の子は泣いていた。
「あなたは悪くないよ。
好きなことをしても大丈夫。
もう誰も犠牲にはならないんだよ。
イヤなことも起こらない。
好きなことをして、そこで一番になっていいんだ。
もう大丈夫」
abuは大きくため息をついた。
男の子はもう泣いていなかった。
abuは男の子を連れてグラウンドに行った。
男の子は、一度は置いたグローブを持っていた。
野球がしたくてしたくてワクワクしていた。
そばに立っていたabuは、後ろ手に何かを持っていた。
それが何かはよくわからないけれど、長いヒモがついたものだった。
男の子のグローブが、abuが後ろ手に持ったものになった。
その時、abuが手に感触を感じたと言う。
何かを握るような、そんな感触が。
「カメラ…
後ろに持っていたのはカメラだ…
ヒモはストラップ…」
男の子は帰って来た。
abuの中に。
グローブをカメラに代えて。
「おかえりなさい」
私が言った。
abuがぼうっと答えた。
「ただいま」
abuはきっと狐につままれたような感じだったのだと思う。
それでも、時折促されるまま、
イメージとして浮かんで来たことを次から次へと口にしたようだった。
「話していたら、急に玄関が浮かんだんだ…」
暗いからよくわからなかったけれど、abuが指で涙を拭ったような気がした。
そして、不思議そうにしながら眠りに落ちた。
私は感動を隠し得なかった。
気持ちがたかぶってなかなか眠ることができなかった。
abuの体験はヒプノセラピー、幼児期退行そのものだった。
私は、別段、彼を誘導しようとしたわけでもなく、
そうなるようにけしかけたわけでもなかった。
けれど、あの男の子はやってきた。
abuに会いに。
スピリチュアルなことに興味があるわけでもないabu。
でも、ただ普通に生きてるだけで、
本当はみんなスピリチュアルなのだよね。
時計を見ると朝の5時だった(爆)
ヨジラーなのに、寝るのが5時になるとは。
仕方なく6時まで寝た(笑)
これから好きなことをして生きていこう、
けれど、思うように進まない、
そんな葛藤の中で、お互の傷と、その痛みと、
そこから生まれる恐れに翻弄されながら、
私達はよどみの中でさまようように毎日を過ごしていた。
そんな時に現れた少年。
オレンジ色のグローブを持った男の子。
abuの中にあった悲しい物語。
「好きなことをして一番になったり、うまくいったりすると、
犠牲になる人がいる、
成功するとつらい目にあう、
だから、やらない」
そんな、abuが成功することにブレーキをかけていた、
深い部分に横たわる痛みのプログラミングが、明るい場所に出てきたのだろう。
そして、光に溶けていったのだろう。
誰かのそんな体験をシェアするこの瞬間の感覚を、私は長いこと忘れていた。
セラピストであった時、そんな感覚を感じながら生きていた。
人が生きるということの尊さと愛しさを感じながら。
その感覚が、やさしくて、あたたかくて、涙が流れて、大好きで、
それを感じることが私の魂の求めることであると、思い出した。
それから、ずっとドキドキが止まらない。
魂が騒いで仕方ない。
abuの体験は、彼に癒しをもたらしたのと同時に、
私へのメッセージも運んで来た。
あなたの魂の声に目覚めていなさい、と。
何かが起こる時、それはそれに関わるすべての人の合意で起こる。
無意識レベルの合意ではあるけれど。
そして、それに関わるすべての人に何かをもたらす。
「あぶちゃん」と呼ばれていたあの男の子は、今もきっとそばにいる。
でも、もう泣いていない。
オレンジ色のグローブをはめて、大好きな野球をするんだって笑ってる。
abuも、私も、大好きなことをするんだろう。
それがどんなことかということは問題ではなく、
心にいざなわれていった先にあるものに忠実であることが大切なのであって。
ねぇ、ねぇ、あぶちゃん、私がキミの将来の奥さんだよ。
よろしくね。
人は他人に迎合してしまうことがよくあると思う。
無意識のうちに、だ。
自分では迎合しているとは全く気づかない。
まるでそれが、自分の意志であり、気持ちであるかのように、それをする。
たとえば。
自分の言葉にダンナや彼氏が腹を立て、ケンカになったとする。
相手は一緒にいるのに口もきかない。
話しかけても無視される。
険悪な雰囲気。
そんな時、つい「ごめんね」と口にしてしまわないだろうか。
謝ることがいけないのではない。
どういう動機でその言葉を口にしたか、ということが言いたいのだ。
自分が悪いと思っていなくても、言ってしまう「ごめんね」がある。
もちろん、本当に悪いと思って言う「ごめんね」もあるけど。
それは、私が悪かった、という思いより、
少しでも早くこのつらい状態を終わらせたい、
そんな祈りにも似た「ごめんね」だ。
私が悪かったから許して、自らがそういう立場になることで、
関係の修復をしようとする。
自分が悪いと思っていなくても、それをする。
なぜなら、相手に拒絶されるということが、あまりにつらいからだ。
そこから逃れるためにそうするのだ。
頭で考えるのではなく、そうしたことはとっさに行われる。
そう、無意識に。
だから、「ごめんね」の陰に、
そうした心理があることなど自分では全く考えず、ただ謝る。
ケンカして仲直りしたのに、妙に後味が悪い、なんてことないだろうか。
そうした動機の「ごめんね」で修復した関係は、後味が悪い。
その時は、許してもらえて、また楽しい時間に戻れた喜びで、
そんなことに気づかないかもしれないけれど、
関係の修復の代償として、
自分の本当の大切な心を置き去りにしてしまっている。
たとえば、伝えることのなかった思い、
「私にだって言い分がある」
「私は悪くない、悪いのはそっちじゃん」
「そんなことで腹立てておかしいんじゃないの?」
「自分だって同じようなこと普段言うじゃん」
「それなのになんで私だけ謝ってんの?」
「なんで私だけ悪者なの?」
「あなたも謝りなさいよ」
そんな思いがかすかにでもどこかに残っていると、後味が悪い。
押し殺してしまって自分では感じないようにしていても、
そういう思いは消えずに残っているのだ。
このケンカの例え話で言えば、
そんな思いが「置き去りにした心」だ。
相手に、許してもらう、受け入れてもらう、それと引き換えに、
表向き「ない」ことにしてしまった大切な気持ち。
それをあるままにしておくと、相手に受け入れてもらえないから、
もみ消してしまった大切な気持ち。
こうした無意識の行動は、
幼少期の親との関係の中で心が傷ついた体験から生まれる。
親に、怒られた時、子供は、
これ以上怒られたくない、これ以上ひどい目にあいたくない、
受け入れられたい、愛されたい、
そんな小さな心の叫びにも似た痛みから、
その瞬間自分の感じていることなどそっちのけで、
どうやったら許してもらえるか、受け入れてもらえるか、
それを必死に探し、実行する。
それに成功すると、今度はその成功事例を自分の基本行動にしてゆく。
そうして、それがあたりまえになって、無意識に行われてゆく。
それが「心を置き去りにする」行為。
相手に迎合し、自分の心はないものとする。
無意識に行われることだけど、
心を置き去りにしたことから生まれる違和感は拭えない。
子供は、一般的に反抗期と呼ばれる時期に、この違和感に気づく。
そして、今まで従順であった自分から成長して、
自分の意志を生きようとする。
けれど、親から見ると、ただの反抗なのだ。
あんなにいい子だったのに、反抗期なのね、で終わらせてしまう。
違うのだ。
子供はただ単に本当の自分に気づいてしまっただけ。
個として自立しようとしているのだ。
それでも、幼い頃の体験でできあがった基本行動のパターンは、
無意識のうちに繰り返されてゆく。
今、大人になって、
そうした「心を置き去りにする」行為があるということに、
気づくことが大切だ。
それに気づくことで、相手には言えなかったにしても、
自分の味方になることができる。
相手との関係を、主従関係のようなものではない、
もっと健全なものにしていくための道も開ける。
その新しいやり方が通用しない相手は過去の自分が引き寄せたのであって、
時にパートナーチェンジとなることもあるだろう。
人は何かを、誰かを、失いたくなくて、自分を見失う。
時に大切だと思う何かを、誰かを、失ったとしても、
決して見失ってはいけないもの、自分。
自分の心を置き去りにするという代償を差し出し受け取ったものは、
本当に欲しいものじゃない。
置き去りにした心を拾い上げる時、
それまでの自分との選択が変わってくる。
それによって、現実が変わってくる。
現実が変わることで痛みは伴うだろうけれど、
その痛みを越えた、そして、想像を超えた、
清々しく心地よい、穏やかであたたかい世界が待っている。
こういうこと書いたり話したりしてると、
なんかまたセラピーをしたくなってくるんだよな。
好きなのねぇ、あの仕事が。
ひとつ前の日記のメモ書きを見つけた時に、
一緒に見つけたメモ書き。
「断るのは怖いさ。
相手を拒否するのは怖いさ。
でも、それをしないで自分の大切な気持ち曲げるのは苦しい。
勇気を出して断って失うものもあるけど、
それで失うものは、きっと自分が本当に欲しいものじゃない」
自分で書いたのに読んでじぃ…んとした。
あはははは… (; ̄∇ ̄)
今日はバレンタインデー。
我が家のバレンタインデー・レポート(?)を写真ブログにアップしました。
よかったら見てみてね。
メールフォルダの整理をしていたら、
奥の方から「なりたい自分になる」というタイトルのメールが出てきた。
なんだこれ?と思って開いてみると、
自分がメモとして書いたものだった。
そう、私は、何か思い付くと忘れないように、
よくメールを活用する。
メール本文として思い付いたことを打って、それを保存しておくのだ。
めんどくさがりの私にはもってこいの備忘録ってわけ。
で、そこには、こんなことが書いてあった。
「願いが叶わない時
・自分の潜在意識がそれを拒否している
・それが叶わない方が自分にとってよい
・まだそれを叶える時期ではない
最終目的の願いを叶えるために、
様々なプロセスを通過する必要がある時、
私達は無意識に寄り道をさせられる。
無意味に思えるような体験から次のステップが生まれることもある」
編集なしでそのまんま。
素敵じゃーん(笑)
これを読んで自分にありがとうだった。
なんだよ、要点かいつまんでわかりやすいじゃないか。
そうそう、そうなんだよなー。
自分が変化の最中に体験して感じたことやつかんだことって、
すごく大切なことだし、これからの自分に必要だと思って、
メモしておこうって思って書いたんだっけ。
思い付くものって、そのままにしておくと忘れてしまうけど、
残しておくと、結構役に立つのね。
他にもいくつか、ほぉ、こんなこと書いたのね!みたいなものが出てきた。
妙に納得して読んだりして(笑)
中には、やたら固い口調で切々と綴られているものもあったりして(笑)
これを機に、思い付いたことはどんなことでも、
メモ書きにして残そうと思った。
いつどんなところで役に立つかもしれないし。
それに、ひらめきって、自分という枠を超えて、
あっちの方(笑)からの情報を受信してることもあるし。
今日読むのがタイムリーだったのだろう。
昔の自分から今の自分へのお手紙みたいで、
なんだかうれしかったな。
2010年02月11日(木) |
隊長、再入隊いたします |
4時起きを高らかに歌いながら、今日は昼の12時まで寝てました…
気持ちいいね、お寝坊は (*´∀`).。゚+.
起きたら誰もいなくてさびしかった。
起こさない家族も立派です。
自分を律するシリーズで、まずは4時起きで生活習慣の改善。
そして、次は、なまってたるんだ体の改善。
ってことで、今日からまたビリーズ・ブートキャンプに入隊。
隣町のジムの無料体験でボディパンプをやって完全にダウンした私は、
自覚したくないけど自覚した。
セルフイメージでは、日々運動をしていた頃の自分のつもりでも、
体は着実になまっていて、そのセルフイメージについていかないということを。
その時、完全にタカくくって、
昔鍛えていた頃より若干軽いウエイトでいけるだろうとやってみたら、
終わる頃には全身プルプル震え、吐き気をもよおし、動けなくなった。
週2〜3回定期的にがっつりしていた運動をやめて2年以上経つからね…
胃液吐いて、意識が遠のく中、
「エースをねらえ!」で、岡ひろみが、
過度のトレーニングで吐いていたことを思い出す。
ひろみ、つらいトレーニングを毎日していたんだね…
いや、岡ひろみはもっとハイレベルなんだが。
その教訓を胸に、初心に帰り、
再びのビリーズ・ブートキャンプは基本プログラムから地道にスタート。
昔は基本プログラムがぬるく感じられて応用プログラムをやってたけど、
あのボディパンプのくたばり具合を考えて、今はムリと判断。
ディスクをDVDプレイヤーに入れた。
懐かしいビリー隊長。
ビリーバンドもなしで、初心者としてブートキャンプに参加。
始まると、おい、おい、おい、おい、結構キツイよ!!!
昔は楽勝だったのに!!!
それでも、プルプルしながら60分近いプログラムをなんとか終了。
途中で着ていた服を脱ぎ捨て、キャミとパンツでビリー。
暑い、暑い、燃える、燃える、体脂肪。
汗、気持ちいい。
パンツ一丁、爽快。
運動、サイコー。
終わった後の筋肉の張りが快感だ。
筋トレでゴキゲンになって、
放っておいたお風呂場の壁のカビ落としまでした。
アンナと廊下でプロレス寝技ばりの格闘もした。
生活が切羽詰まってるのに、
何のんきなことやってんだ、と自分に突っ込んだりもしたけど、
まずこういういい感じの気持ちになることが大切なんだよな、と思う。
そのために始めた早起きとトレーニング。
自分をいい状態にしたいと思う。
たとえそれが仕事にはなんら関係のないことでも。
実は、関係がないようで関係あるのだと思うし。
こういう心地よい精神状態を保ちながら進めたらどんないいだろう。
それでいて、スキなく、油断なく。
だらけるんじゃなく、ピン!と張りながら楽しく。
そこが肝心。
またいつかココロが痛んで地の果てに落ちるかもしれないけれど、
その時はまた心おきなく落ちようと思う。
そんな中、abuの撮った写真が某団体のポスターに採用された。
少しずつだけど、動いているのかな、と、思う。
ビリー隊長のトレーニング、目標は毎日。
完璧を目指さずに(笑)
でも、マジで体は戻したい。
今はジムに通うゆとりがないけど、逆に時間ならある。
そして、家でできることだってある。
こういう時だからこそ、挑戦する時だと思ってる。
やっぱり理想はマドンナだ!
最近、巷で話題のヨジラーをやっております。
朝4時起きするってやつ。
これがまた、なかなかいい。
それまでは、遅いと朝3〜4時近くまで色々作業して、
アンナを学校に送り出すために6時起き、
彼女が出かけた後、ちょろっと家のことをして、
昼近くまで二度寝する生活パターン。
どっぷり夜型だった。
郵便局の年休消化が始まってからずっとそんな感じだったんだけど、
どうも調子がよろしくない。
まず、精神衛生上よろしくない。
昼頃まで寝てると、
1日が(厳密に言うとおひさまと顔を合わせている時間が)異常に短い。
なんか損してる気分。
昼頃起きてぽえ〜っとしているうちに、アンナのお迎え。
買い物して、夜ご飯の支度、ってやってると、あっと言う間に夜。
そして、仕事だの、やりたいことだの、全部夜中の作業。
すべてがどんどん後ろにずれ込んでゆく。
時間に追いかけられるようで、焦るような、なんだか重い気分だった。
それに、健康によろしくない。
睡眠が分断されて常にダルい。
食事のリズムも狂うし、朝は食べてすぐ寝るから胃がもたれる。
いつまでも起きてるから夜食も食べ、そしてまたすぐ寝て胃がもたれる。
体重も1キロ増えたし。
そんな悪循環。
これじゃあいけない!と思い立ち、生活を切り替えたくて始めた4時起き。
最初は抵抗があったんだけど、何事も体験、やってみた。
そしたら、いいことづくめ。
少なくとも私にとってはね。
目覚ましが鳴った時はすごく眠いけど、えいっ!と起きる。
二度寝防止ですぐ着替え、軽く甘いものを食べる。
パソコンを立ち上げ、作業を始める。
アンナの支度を始めるまでの約2時間、マックとお友達。
これが結構はかどるんだな。
夜中と同じことやってるのに、冴えが違うと言うか、ノリが違うと言うか。
朝食を取り、アンナを送り出し、家のことをして、
それでも9時にはならない。
1日が長い!
起きてから5時間経つのにまだ朝。
すっごく得してる気分。
目覚ましをセットして小1時間お昼寝をすることもある。
時にはもっと寝てしまう…
猛烈な睡魔が来たら逆らわない(笑)
それでも、以前の生活パターンで起きていた頃より早く目を覚ます。
たくさんのことをして、お昼寝までしたのに、まだそんな早い時間。
なんだか自分がいい感じで色々やれてる感じがして、妙に気分がいい。
そして、10時には寝ることを心がけている。
ま、なんだかんだで11時過ぎちゃうことも多いんだけど。
なるべくって感じで。
でも、夜中にもする必要がある仕事があればやる。
翌日調整すればいいから。
完璧を目指さない。
ってな感じで、4時起き体験中。
感じたことは、睡眠時間もやってることもほぼ同じなのに、
とにかく気持ちが違うってこと。
時間の使い方も自然に変わって効率がよくなるし、
気分がいいから仕事へのモチベーションもグッと上がる。
昔からよく言われるけど、規則正しい生活って本当に大切なのね。
自分が「整う」感じがするし、
自分にある色々なものの流れがよくなる気がする。
4時起きに限らず、規則正しい生活は自分を律してくれる。
逆に、夜型が向いている人もいると思う。
だから、一概に早起きがいいとは言えないんだろうけど、
一定のリズムで生活するってのは大事なんだろうな。
いつまで続くかはわからないけど、
せっかく時間を自由に使えるようになったのだから、
だらけるより律する方向で行こうかな、と。
会社に勤めていると、イヤでも時間に拘束される。
でも、逆に、規則正しく動くことができる。
自分で仕事をすると、自分で時間を決めて動くことができる。
だから、逆に、だらけようと思えばいくらでもダラダラできる。
私はそれがこわかった。
なんせ私はとにかくだらしないから、どこまでも堕落できるのだ。
そんな自分を少しでもいい状態にするために、
できることから始めたのがヨジラーだったというワケ。
タダで始められるし続けられるし。
正直、眠いよ、4時起きは。
ああ、でも、何時に起きても眠いのよねぇ(笑)
今までの自分を振り返ると、ひとつ気づくことがある。
それは、訪れるよきことは突然やってくるのではない、ということ。
例えて言うなら、まるで、わらしべ長者のお話のように、
ひとつのものが、次のものに、それがまた次のものに、という具合に、
次々と何かから何かにつながって、
最終形として、本当に欲しかったものがやってくる、という感じ。
その、本当に欲しかったものがやってきた時、
ああ、あれがあったから、あれもあったから、色々つながって、
そして、こうなったのか、とわかる。
だから、その途中経過を体験している時は、
欲しいものを手に入れるためのステップを踏んでいるとは気づかないことが多い。
むしろ、つらかったり、なんでこんな目にあうんだよ、って感じる体験もある。
そんな途中経過の体験の中で、
折々感じたこと、考えたことを元に、
ああしようこうしようと選択を繰り返し、その度行動に移し、
それによって、結果、ここに来たかったんだよ、って場所に辿り着く。
辿り着いてひとつのステージが完結するけれど、
それはまた次のステージへと続く。
たくさんの章が集まって、ひとつの物語ができているように、
私達の人生も、そんなステージがたくさん集まっているように思う。
そして、全部つながっている。
ひとつとして欠けていいものなどない。
それは私にとって普遍の真実だ。
その中で大切なのは「衝動」だと思う。
頭であれこれ考えるという行為を越えた、理由も意味もない「衝動」。
よくわからないけど、とにかく、ああしたい、こうしたい、そんな気持ち。
衝動ってやつは、えてして不条理だ。
だから、頭で考えると排除した方がいいものであることが多い。
私がabuと一緒になるまでのことを例に挙げるとわかりやすい。
キムタクのCMを見てどうしてもカメラが欲しくなって、
思い切って20万円の買い物をしたことが、発端だった。
カメラが欲しいと思った時、私はこう考えた。
「衝動的になってるだけで、欲しいのは今だけ。
第一、写真なんて『写ルンです』で撮るくらいで、
コジマデンキで買ったデジカメさえまともに使えなくて放ってる私が、
そんな高いカメラ買って使えるわけないじゃないか。
20万円もするのに使わないなら買うだけムダ」
おりこさんな頭がそう考えて、衝動を潰しにかかった。
周りの色々な人にもやめた方がいいと言われた。
でも、どうしても欲しくて、その衝動のままカメラを買った。
手元にカメラが来ても、もちろん、使えなかった。
取扱説明書を読んでも、さっぱり意味がわからなかった。
それでも、カメラをいじり続けて撮れるようになったのは、
強い「衝動」があったからだった。
欲しい、という衝動の次は、撮りたい、という衝動だった。
衝動が私をどこまでも連れていった。
その時点では、まさかカメラが、
未来のパートナーにつながるとは夢にも思わなかった。
そこから広がっていった世界でabuと知り合ったけど、
千葉と宮崎、しかも私は既婚、まさかこうなるとはこれっぽっちも思わなかった。
一緒になるまでにも本当に色々ないきさつがあったんだけど、
その間にもたくさんの衝動があった。
そして、その衝動すべて忠実に選択し、行動してきた結果、
私達は共に生きることになった。
あの時、思考が勝って衝動を打ち消してカメラを買わなかったら…
後から後から湧いてくる衝動のどれかひとつでも無視していたら…
そう考えると、恐ろしい(笑)
衝動を辿っていくと、
意味のなさそうなたくさんの小さな出来事がひとつひとつつながり、
ある時、目の前に想像もしなかったものが現れる。
その体験から、説明のつかない衝動がどれほど大切なものかを学んだ。
abuと一緒になった体験は、衝動に導かれて辿り着く場所が、
自分の人生においてとても大切で必要な場所であるということを、
改めて、強く自分自身に刻むものとなった。
はじめにも書いたように、衝動はえてして不条理だ。
頭で考えるとろくなもんじゃないことも多いし、
ばかげていて、無謀で、どう考えても正しくないことがよくある。
でも、そんなものが私に多くの豊かさをもたらしてきた。
しかも、一発で、ハイどうぞ、ってんじゃなく、わらしべ長者状態で。
abuと一緒になってからも、私は衝動的に生きてきた。
その結果の体験は、みんな私にとって貴重なものだった。
だから、私は、今、こういう中にいて、それでも信頼しているのだと思う。
自分の衝動を。
そして、この大きな山場でその生き方をしてみて、
やっぱりこれでいいんだ、そう感じたいと願っている。
塞翁が馬の言葉通り、今起こっている出来事は、
いい、悪いと意味付けるものではなく、ただ起こっている。
連鎖の一部、次に続くなにかの兆しだ。
いい、悪いと意味付ける必要はないけれど、
そこで必要な行動はしていく必要がある。
それを忘れずに、今は進もうと思う。
私が転んでつかんだ「わら」は、何になるんだろう。
今は、写真が、ウェブが、って思ってるけど、
それださえもただの途中経過かもしれない。
もっと違うものにつながるのかもしれない。
もうひとつ、今までを振り返ると気づくことを。
それは、訪れるよきことは、
考えたり想像したり期待するものの中にはないということ。
それを越えたものが来る。
宇宙が私達に与える恩恵は、常にサプライズだ。
これも私にとっての普遍の真実。
誰もが平成版「わらしべ長者」なんだと思う。
私で言えば、それまで自分にあったものを次々と手放し、
けれど、じゃあ何がしたいのかというとさっぱりわからず、
目先の生活に追われながら、
自分って何なんだろうと苦しんで過ごした混沌とした2年間でさえも、
「わら」が化けた大切な何かだった。
その2年の間に、意味も生産性もないけれど、
ただなんとなくしたいからしていたことさえ、すべてが今につながっている。
日々もたらされる恩恵のきっかけになっている。
そこから動きを感じ始めた今、
私が手にしている見えない何かは、
次、何につながっていくのだろう。
2010年02月07日(日) |
すんげぇこわい、しかも危険な冒険 |
数日前、私は口にした。
「やっぱり外に働きに出ようかな。
目先の生活なんとかしなきゃ」
って。
その途端に、目の前が真っ暗になって、胸がつぶれそうになった。
人生が終わったような感じさえした。
でも、お金を稼ぐのにいちばんの近道であるという点でその考えは正しい。
けれど、その正しさは私の心を殺してゆく。
外に働きに出るのがいけないっていう意味じゃない。
働きに出るのは立派なことだ。
けれど、ただ単に私がそれを望んでいないという意味だ。
自分にしたいことがあって、好きなことがあって、
それを仕事にして生活の糧にして、やっていきたい、
望まない仕事をもうしたくない、という意味。
そのことで、なぜこんなにシビアに悩まなきゃならないのかって、
それは、ガンガン稼ぐダンナさんのお給料で生活は安定してて、
何か好きなことでもしたいわ、なんて考えるセレブな主婦じゃないからだ。
明日のメシはどうするんだ!?
来月の光熱費や保険は払えるのか!?
っていうところまで来てるからだ。
ふたりして同じ方向に進もうとして、同じことをしているから。
私達ふたりとも端から見るとプー。
自営でやってるって言ったって、不安定極まりない状態。
先も読めない、あてもない、方法もわからない、
決まっているのはやりたいことだけ。
私は、恐れと不安に負けた。
これからどうやって生活するの?
そう考えると、こわくてこわくて、
心が決して望んではいない手近で確実な方法を取ろうとした。
取るのがいいんだと自分に言い聞かせた。
思考が本当の気持ちを殺した瞬間だった。
そして、口にした言葉。
その言葉を口にしてから、私は2日間泣いてばかりだった。
生きることに絶望していた。
それでも生きていかなければならない現実が、無慈悲で残酷に思えた。
意識があるのがつらくて、眠ってばかりいた。こわかったから。
好きなことなんかしてないで、パートでも探してやらないとダメなんだ、
そう考える度、私の心は砕けていった。
私が発したその言葉のエネルギーは、
abuまでも暗い地の底に引きずり込んだ。
ふたりは廃人のように、自分達はいかにうまくいってなくて、
そのために、いかに望まないことをしなければならないかを、
お互いに口にし、お互いの言葉につらくなっていった。
暗い淵にお互を引きずり込み合っていった。
自分の本当の気持ちじゃないことを、
口に出して話していると、
どんどん、どんどん、悲しくなってゆく。
頭で考えて結論を出したことは「思考」であって、
私の本当の気持ちじゃない。
でも、それを「自分の気持ち」として、言葉に出した。
過去の体験に基づいた「そうした方がいいんだ」という思考が、
本当の気持ちを修正して、抑えて、出てきた結論。
にせものの気持ち。
そして、それは、今すぐ死んじゃうんじゃないかってほど、
自分をつらく悲しくさせる。
にせものの気持ちに従って生きると、
計算した通りのものは得られるかもしれないけれど、
どんどん苦しく虚しく、自分ってなんなんだろう、って感覚になって、
大切なものがみんな自分から削ぎ落とされていくような気がする。
一方、「本当の気持ち」ってのは、
心の奥の方から純粋に湧いてきたそのままのもの。
時に理由のない衝動だったり、ひらめきだったり。
それは時に、非常識で、現実的でも合理的でも理論的でもなく、
子供じみたものであり、ばかげているものであり、
そんなのムリでしょ、おかしいでしょ、あり得ないでしょ、
ってものだったりする。
そして、それは「いけないもの」なんだって、
親や先生、社会から、くさびを打ち込まれるように教え込まれてきた。
長い時間をかけて、繰り返し、繰り返し。
でも、私達にとって本当に大切なのは、
その「本当の気持ち」なんだよね。
私はよく思うし、口にするんだ。
「正しさは人を救うとは限らない」って。
もちろん、正しさが人を救うことはいっぱいある。
けれど、正しさが人を押しつぶすこともいっぱいある。
私は、そういう意味において
正しくない生き方をしようとしているんだと思う。
常識で考えたらバカげた生き方を。
すべてが限界ギリギリの場所で、
今まで自分に染み付いてきた、
こうあるべき、こうするべき、そんなものをことごとく蹴散らして、
自分の人生だけで言えば、過去に例のない生き方。
子供が思い付いたままを行動に移すように。
通用するんだろうか、そんなことが。
時々こわくなって自問自答する。
やっぱりダメなんじゃないだろうか、って。
結局うまくいかないんじゃないだろうか、って。
そんな中でも、昨日、ある人と打ち合わせが入っていたので、
落ち込みながらもスカイプにログインした。
それは、自分が好きな仕事の打ち合わせだったんだけど、
話をしていると、気持ちが晴れていくのを感じた。
2日間地を這うようにもがいていたのに、
心地よくワクワクした自分に戻っていった。
あ…この感覚だ、と、何かが私の中ではじけた。
好きなことに関わっている時のこの感覚、これが私の「YES」なんだ。
打ち合わせが終わる頃には、2日間泣いた私はもういなくなっていた。
あの時は、恐れと不安に負けて、もう好きなことなんか捨てて、
目先の安全と安心のために、
不本意なことでもやらなきゃって考えたけれど、
そんな考えはなくなっていた。
そこにいたのは、
好きなことを仕事にして生活していこう、
それで稼ぐようになろう、そう改めて心に決めた私だった。
どうしたらいいのかなんてよくわからない。
今思い付くことを、今できることを、精一杯やるだけ。
ゴール設定だけして、あとは丸投げした。
そう、見えない羽のはえた人達(?)に。
決めたの、だから導いてください、私は好きな道を行くんだから、と。
それさえも正しい方法じゃないように思える。
成功のルールを書いた本にあるようなことをするわけでもなく…
血を吐くような努力をしているわけでもなく…
自分達がとても怠惰にさえ思える。
あれこれ都合よく言葉並べてるけど、ただのニートじゃん、って、
思いたくないけど思うことだってある。
でも、なぜだろう、曲げたくない。
いい加減自分がおかしいとしか思えない。
自分が間違ってると認めるのがイヤなだけかも、
夢見がちな自分を正当化して精神世界に重ねて現実逃避してるだけかも、
そう思う。
でも、なぜだろう、このまま進みたいんだ、どうしても。
私にabuも連動していた。
彼もいつしかいつもの笑顔になっていた。
それを見て私はますます元気になった。
お互が与え合う影響の大きさを感じずにはいられなかった。
その翌日の今日、小さいけれど仕事の依頼が入った。
あ、動いてる…そう思った。
そんな色々をたまたまだと受け流すか。
サインと受け取るか。
私は「サイン」と受け取ることにした。
これからどうなるかは全くわからない。
明日のことさえ。
でも、本当の意味でもうダメだってなる時までは、
静かに穏やかにあきらめられる時が来る時までは、
このまま進んでいきたい。
恐れと不安に負けて、頭で考えた正しさを選択して、
自分じゃない自分を生きようとした時のあの悲しみ、
あれは魂の悲鳴。
あの悲しみだけはもう味わいたくない。
今まで体験したこと、今まで見聞きしたこと、
今までそれがいい、それが正しいと思ってきたこと、
そうしたデータベースは、今までと同じ結論しか導き出さない。
私はそれをことごとく無視しようとしている。
だから、予測がつかない、想像もつかない、保証もない。
でも、そんな予測がつかない、想像もつかない、保証もない、
そんな場所へと行こうとしている。
こわいけれど、ワクワクするのだ。
私のガイドは内側にある感覚だけ。
43歳、冒険してもいいじゃないか。
いや、今回はすんげぇこわい、しかも危険な冒険なんだけど。
そのうちフツーにパートやってたら、
ああ、ダメだったんだな、って笑ってくれ。
それさえもネタにして、きっと私は日記を書き続ける。
そんな私がひいたOSHO禅タロットのカード。
タイムリー過ぎて、泣いた。
悲しい涙じゃなかった。
私どこかで信じてるんだ。
そういう生き方が、きっとこれからのスタンダードになるって。
思考の産物で生きるんじゃなく、感覚を指針に生きることが。
感覚は宇宙とつながる、魂とつながるための、大切なもの。
自分達をがんじがらめにするために思考を使うんじゃなく、
その大切な感覚を助けるために思考使えたらどんなにいいだろう。
世界がこれからそうであってほしい、そんな切なる願いでもある。
**********
0:愚者
瞬間から瞬間へ、しかも一歩ごとに「愚者」は過去を後にします。
彼は手にした白い薔薇(ばら) で象徴される自分の純粋さ、無垢、
そして信頼以外のものはなにひとつ携えていません。
身につけているベストの模様はタロットの4つの要素の色をすべて含み、
彼が自分のまわりにあるすべてと調和を保っていることを示しています。
「愚者」の直観の働きはそのピークに達しています。
未知へのこのジャンプをするにあたって、
「愚者」はこの瞬間に宇宙の支えを得ています。
生という川のなかで冒険が彼を待ち受けています。
このカードは、まさにいま、自分の直観、
ものごとの「正しさ」という自分のフィーリングを信頼することができたら、
あなたは間違うことなどありえないことを示しています。
あなたの行動は他人の目には「愚か」に映るかもしれません。
あるいは、もしあなたが自分の行動を
合理的な頭(マインド)で分析しようとしたら、
あなた自身から見ても「愚か」に見えるかもしれません。
しかし、「愚者」が占めている「ゼロ」の場所は、
数のない数(ナンバーレス・ナンバー)で、
懐疑と過去の体験がガイドなのではなく、
信頼と無垢がガイドである場所なのです。
2010年02月04日(木) |
お風呂で急に思い出した話 |
abuと暮らすようになってからのこと。
ある友達と話していて、
仕事のことや、自分の在り方について、
色々考えることがあるし、つらくなることもある、って、
そう彼女に伝えたら、彼女はこう言った。
「そんなのおかしい」
って。
彼女は続けた。
「好きな人と一緒になれて幸せなのに、
悩みやつらいことがあるなんてあり得ない。
パートナーに恵まれてるのにつらことがあるなんて、
ぜいたくなんじゃないの?」
私はそれ以上何を言う気にもなれなくて、
曖昧に笑って話を終わらせた。
人生には色々あるのになぁ…って思った。
人それぞれ、うまくいかないこと、つらいこと、抱える問題は違う。
もちろん、恵まれた側面を持っていることに心から感謝している。
けれど、そんな中でも、生きて何かにぶつかって、色々な気持ちになる。
それが自然だと思うんだ。
けれど、それを、おかしいとか、ぜいたくとか、バッサリ斬られて、
すごく悲しかったのを覚えている。
自分がうまくいっていない部分で、
うまくいっている誰かを見ると、
すごくうらやましくなるし、時に妬ましくなることもある。
場合によっては複雑な感情を伴って怒りを感じることもある。
そして、うまくいっていない自分がすごく悲しくなる。
彼女もそうだったのかな…なんて思ったけどね。
もちろん、パートナーに恵まれてとても幸せだ。
人生が豊かになったことは間違いない。
楽しいこと、うれしいこと、昔よりもいっぱいある。
でも、問題だって起こることはあるし、
つらいことだってあるんだよ、って言いたかった。
そして、人のつらさは誰かのつらさと比べられるものじゃないんだよ、って。
本当に苦しんでた時だったからね。
abuと生きるようになって、私は、
それまでの私が体験しなかったような問題に直面し、
その問題を通して色々感じ、考える。
人生のステージが変われば、体験も変わる。
パートナーに恵まれたからこそ、
今度はその先にある人生の課題に取り組んでいくんだと思う。
私達には取り組み超えていくべきテーマがある、人それぞれに。
私達の魂が成長することを望んで生まれてきて、
段階を踏んでその成長のプロセスを辿っていくのだと思う。
そして、また別の誰かは、その人なりの体験があり。
そんな感じだと思うんだ、人って。
なんかね、急にそのことを思い出したわけだよ。
お風呂で。
でね、出たら日記に書こうと思った(笑)
普段はそんな話、誰彼構わずしない。
そういう話ができる数少ない友達は私の財産だ。
今日から旧暦で新年。
近所の神社にご挨拶をしようと初詣(?)に行った。
境内では、昨日の豆まきの後の掃除をしていた。
寒さが痛いくらいの立春。
2010年02月03日(水) |
これからもよろしくね |
私はよく自分が子供の頃のことを思い出して、
ムスメのアンナに重ねることがある。
あの頃の私はこんなことがあるとこう感じてたから、
アンナも同じように感じてるんじゃないだろうか、って。
11歳のアンナ。
11歳の頃の私は、もうすでに親に自分の心を隠すことを覚えていた。
仮面をつけた私。
ねぇ、アンナ、あなたが仮面をつけてしまっても、
仮面をつけてしまったことをちゃんと知っておくから、安心してね。
その心の奥には、表に出さない大切な気持ち、
たくさん、たくさん、あること、ママ、ちゃんとわかってるから。
安心して大きくなってね。
ひとりじゃないよ。
怒ってばかりのイヤなママだけど、
アンナのことが本当に大切で大好きなんだ。
黙って私の手をお風呂の中で握るアンナの、
その心の奥の言葉にならない大切な気持ちを、
ママは感じてるよ。
ママはね、上手にお母さんができてない自分を、
許すことにしたんだよ。
そのせいでつらい思いをさせてしまうこともいっぱいあると思うけど、
自分を許してあげた分、もっとアンナを大切にしたいよ。
不器用でも、不格好でも、少しずつでも、形にしたいよ、この気持ち。
これからもよろしくね。
2010年02月02日(火) |
夜中に繰り広げられた小さな自分との戦い |
今、 ema のサイトをリニューアル中。
郵便局を辞めてから、夜寝ないで昼寝して、
母さんはマックに貼り付いている。
全体の模様替えは終わったんだけど、
陰ではギャラリーを新しくしている。
今まではフリッカーにアップしている写真のスライドショーを
ギャラリーにしてたんだけど(リンク張るだけで簡単だしね)、
なんか味気ないし、どうしても、どうしても、
もちょっとでもカッコよくしたかった。
で、手を出したのが simple viewer という無料でダウンロードできるシロモノ。
やたら凝りまくったギャラリーより、
こういう見やすくてシンプルなのがいい!
と、一目惚れしてから、いつかこれを使おうと思っていた。
やっと時間ができたので、ダウンロードしてギャラリーを作り始めた。
が。
なんだよ、これ。
xml?
なんですか、記号の羅列は。
テキストエディターで編集?
わかんねーよ、ぜんっぜんわかんねーよ…
やめちゃおうかな…
そして、何度も失敗しながらも格闘すること6時間。
やっとできた…
わかってる人ならなんてことない作業なんだろう。
でも、私はわかってない人なので、なんてことなくないのだ。
ema design のウェブ担当の鬼才に連絡して
教えてもらおうかなー…と思ったんだけど、
彼等は今すごく忙しそうだし、
ここはひとつ自力でなんとか、と…頑張ったよ。
でも、キーボード叩いて、モニーター凝視して、時に本で調べつつ。
そんな作業の繰り返しだから肩凝ってしまってぎもぢわるい。
吐きそう。
ひとつひな形完成したからもういいや。
小さな自分との戦いに勝って、
吐き気にくじけながらも達成感でいっぱい。
た、楽しい。
わからない、投げ出したい、そんな自分に勝ったぞ。
そのうち、ふたり分のギャラリーが全部完成したら公開。
もう寝る。
もうすぐばあちゃんが起きる時間じゃないか。
続きの作業は明日。