七転八倒 〜彩音の日常&育児日記〜
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| 2005年03月29日(火) |
明日から実家へ行ってきます。 |
ふつう実家に帰ると「あー、やっぱ実家はいいよねー」とか言うもんだけど、私の場合はちょっと違う。 できれば帰りたくない。 それより、息子を学童に行かせて、母はゆっくり自分の時間を過ごしていた方がよっぽどラクなのだ。(-_-;)
神経質な父がうるさくて、言うこときかない&ごはんこぼす&おもちゃで床を傷つけるなど、息子に対しても厳しく、 気持ちがゆったりどころかトゲトゲしてしまい、一度鬱の発作を起こしたことがあるほど。(-_-;) (実は、旦那はこういうトコがないヤツだと思っていたが、最近父親とまったく同じことを言うようになった(怒)) 好きな番組は見れない、父親のお天気屋な気分で息子の相手もしてもらえない、結局相手をするのは、母親か私だ。
でも今回は、自分のお医者さんの予約も入っているが、その後はできるだけ、息子のリクエストにこたえて、 行きたいとこにつれて行ってあげようと思っている。 こっちより実家の方が都心だから。(苦笑) 母の体力のある限り。(^_^;)
息子、さっき「カラークリップだして?」と言うので、母が出してあげると、何やら作り始めた。 見ると、クリップで自分の名前や母の名前を、形作って遊んでる。ナーイス♪!(^^)! 子供って何でもおもちゃにしちゃうよね。(^_^)
| 2005年03月28日(月) |
春はやっぱり苦手だぁー |
花粉症予備軍でくしゃみが止まらないとか鼻が出るとか、皮膚疾患が増えるとか、そういうことだけじゃなくて。
息子を迎えに行くと、学童のある先生が、母に挨拶しに来た。 「今日で終わりなんです」 母「そうなんですか、いつも息子と遊んでくださってありがとうございました」 「いいえ、私の方が遊んでもらってたんですよ。それに、○○くんは優しいですよね。 他の子が私の上にふざけて乗ってきたりすると、『だめだよ、やめてー』と言ってくれたりしたんですよ」 先生のその言葉が、母の私には何よりうれしかった。
帰宅してから息子から聞いたのだが、その先生はどこかの小学校の教師になるのだそうだ。 きっと素敵な先生になってくれることだろう。 私が小1〜小2の時担任だった、あの新任のM先生のように。 M先生は、私の絵や文章好きなところを誉めてくださった。それがどんなに私の自信になったことか。 そして今でも出している年賀状に、今年は「幸せが伝わってくるようです」と書いてくださっていた。 学童のあの先生も、きっと一人一人のいいところを伸ばしてくれる先生になってくれるだろうと、信じている。
同じ人間で大人なのに、悲しいことも今日は同時にやってきた。 帰宅途中で、今日からオープンするお弁当屋さんで、「おべんとうかう!」と息子は何日も前から言っていた。 さすがにオープンの日だけあり、店内は割と混んでいた。 息子がリュックサックをしょってウロウロしていたのも、間が悪かったのかもしれないが・・・。 一人のおばちゃんが(邪魔よ!!)と言わんばかりに、息子を押しこくってどけた後、また押してどけた。 息子は前後左右に、フラフラと押しこくられた。 母は、その一部始終を見ていただけで、息子の手を引いていてあげなかったことを悔やんだ。 息子は案の定、「おばちゃんにたたかれた・・・」と半泣きで、私の元にやって来た。 確かに、明らかに意地悪な動作で息子は押されていた。 「たーぼーは悪くないよ」母はそう言って抱きしめ、頭をなでた。
人間にはね、いろんな人がいるの。 大人なのに、子供より子供っぽい人、人のことを思いやれない人、世の中にはいっぱいいるの。 だから、たーぼーは、人のことを思いやれる人になってね。
そんなようなことを、帰り道、母は息子に言った。
私はいろんなことを息子から教わっている。 大人が子供から教わることって、こんなにたくさんあるんだ。
学童から記念アルバムのようなものを持ち帰ってきた。 みんなで写した記念写真と、一人一人のコメントが書かれたもの。 息子のコメントもあった。「たのしかった」が「たのしいかった」になってたけど。(^_^;) その中に、ガンダムのキャラ「ハロ」が描かれているページがあった。 私はつい懐かしくなり、「お母さん、これなら描けるよ?」と言って、ハロを描いてあげた。 そして初代ガンダムのマンガを息子に見せ、「これがハロだよ」と教えた。 「はい、ハロあげる」と息子に渡すと、 息子は裏が白い広告を持ってきて、同じペンで何か描き出した。 たぶんこれは、ひまわりだろう。 「おかーさん、あげる」そう言って、息子は私にニコニコしながら抱きついた。
じんわりと涙が出てしまった、今日。
追記。
やめてしまう学童の先生、若くてとってもきれいな人だった。 たぶん息子の好みだったんだろう。(爆) だから、その先生に優しくしたり、一緒に遊んでもらいたがってたんだ、きっと。(^_^;) 息子、きれいなおねいさん好きだから。(クレヨンしんちゃんかっ?!爆)
| 2005年03月27日(日) |
今悩みに悩んでいるのは・・・ |
「彩音の育児日記」ではなく、「バンド日和」の方に書くつもりで、間違って書いてしまいました。 ご興味がおありの方は、「バンド日和」の方を読んでくださるとうれしいです。 よろしくお願いいたします。m(_ _)m
さよならしなければならない先生方、卒業生のお母さんへの、いろんな人のコメントや花束贈呈は、 嫌でも涙を誘い、私はいつもの滝涙を抑えるのに必死だった。 こういう時、私は自分を抑えなければ号泣してしまうのだ。 いや、周りに誰もいなければ必ず号泣している。
昨年度、普通学級で様々なつらい思いを、母子共々味わった。 だから今度、別の学校で普通学級の担任をされる先生に、私のその気持ちも伝え、「頑張ってください」と、 涙を抑えつつも涙を流しながら、言った。
申し訳ないけれど、この特学のクラスのお母さんたちの気持ちは、健常児のお子さんをお持ちの方には、 絶対にわからない部分が必ずある!! 私たちにしかわからない苦労、その苦労も各家庭で違うけれど、しなくてもいい苦労を、私たちはたくさんしている。 だから偉いのか?と言われたら、そんなことはまったくないのだが、私たちの涙はとても重いと、私は感じている。
息子に「早く帰るからね」と約束していたのに、ちょっと帰るのが遅くなった。
これだけはちょっと言いたいのだけれど・・・一次会が終わりなら、さっさと店を出ようよ? 次の予約も入ってるのに、ずっと居座るのはお店に迷惑だし、OLしたことある人なら、そのくらいわかるでしょ? OLの時なんか飲み会なんか、悲しいかな仕事の一部だから、さっさと終わって店を出たよ? まぁ確かに、仕事の一部とか言いながらも、カラオケがいちばん楽しみで、発散しまくってた私だけど。(^_^;) もとい、私はけっこう「いらち」なもんだから、さっさと店を出ないってとこがどうも・・・ね。(-_-;)
あわててバスに乗り帰路につく。 帰りに、まだ開いている本屋で、ポルノが載ってるオリコンスタイルとB−PASS(表紙っ!!)を どうしても買って帰りたくて、本屋に寄ったら・・・携帯が鳴った。 表示は自宅から。息子の具合でも悪くなったのか?! 出ると旦那。「たーぼーがお母さんと話したいんだって」そう言って、息子に代わった。 電話の向こうの息子は泣きじゃくっていた。 「9じにかえるっていったのに、どーしてかえってこないの?!」 「ごめんね、すぐ帰るからね!」と母は焦った。 「いまどこにいるの?!」 「本屋さんだよ。だからすぐ帰るからね!!」 母、買う本だけ買って、ダッシュで帰った。
こんなに家に早く帰りたいと思ったことは、正直今まで一度もなかった。 逃げたい逃げたいという気持ちは山ほどあったくせに。
帰ると、まだ息子は泣いていた。でも峠は越えたらしい。 そのうちにだんだんご機嫌になってきて、「いちごたべたい」とか言い出した。
極めつけは、「おかーさん、ちょっとこっちにきて?おはなしがあるの」 息子の常套句だ。 わかっていながらも母、「なーに?」と息子のそばに行くと・・・ 「おかーさん、すきだよ!」そう言って抱きつく。何度も何度も。 「こんどはやさしくするからね」と抱きつきながらふとんの上にバタンと倒れる。 私は「アハハハ」と笑った。 「おかーさん、たのしい?」と息子が聞くから、「うん」と答えた。 と、同時に、なんだか目頭が熱くなった。 息子はこんな弱っちょろい母でも愛してくれてるんだなぁ・・・と。 そう思ったら、また涙がにじんできた。 その様子を見逃さない息子、「どーしたの?かなしいの?」 「違うよ」と母。 「うれしいの?」と息子。 「うん」と答える母。 子供は母親が大好きだ(そうでない場合もあるが・・・)。実母を恋しがる私も、息子と同じなのだ。
ふとんに寝転ぶ母の元に、息子はいつものようにティッシュを持ってきた。 旦那より一緒にいる時間は短いのに、息子は私のことをよくわかってる。 それがうれしかった。
愛してくれる人の存在は、人を強くする。
母が出かける前に描いてくれたアンパンマン、すごく上手だったよ。 転校して、あのクラスに入ってから、絵も工作も文も漢字も上手になったね。 何よりも、人を思う気持ち、自分の気持ちを伝えること、それが育ってくれたことが、とてもうれしい。
たーぼーが私の息子に産まれてきてくれて、本当によかった。 ありがとう。
いつもより若干早起きして、お弁当作り。 まぁ、以前よりは気持ち的にラクになってる。 ひどい時は、お弁当作りがあるせいで、ちゃんと起きられるか気になって気になって、 一睡もできなかったこともあった。(^_^;)
息子を学童まで送って、母は美容院へ。(旦那は寝たまま置いて・・・苦笑)
今日は息子も相当疲れたらしく、お迎えに行ったら「おそいよー!」と言われてしまった。 でもバスの中ではやっぱり酔うどころか、楽しかったようで。 ドラえもんの映画も見たとか。夜もテレビでドラえもんの映画見たじゃん?(^_^;) でもさぁ、ドラえもんってやっぱり泣けちゃうんよね、母、昔から。 今日も泣きそうになってた母、涙を引っ込めた。(笑)
もとい、バスの中では酔わなかった息子が、帰り疲れているだろうから(母も疲れていたため)、 タクシーで帰宅したら・・・家に着く寸前で「うえっ」と言い、母「なにっ?!気持ち悪いの?!」と袋用意っ!! (お食事中の方、申し訳ございません・・・m(_ _)m) 幸い吐くことはなく、降りてから家の前の公園で少し遊んで、何事もなく帰った。
息子の場合、からだのコンディション+気持ち+運転の荒さ が関係しているみたいだ。 帰りのタクシー、運転ちょっと荒っぽかったもんね。(^_^;) それは旦那も同様で、運転が荒い。だから揺れる。だから酔う。 実は、私も以前、旦那の車で酔いそうになったことがあった。(-_-;)
遠足は・・・まぁ楽しかったみたいってことしかわからず・・・息子寝ちゃった。(^_^;) それより、高速から見えた東京タワーに行きたいと言ってた。 春休み中に連れてけってうるさいだろうなぁ。(^_^;)
息子と一緒に学校から帰る時、どこかで見たことのある女の子が話しかけてきた。
「それなに?展覧会の?」 「うん、そう。○○○(特学のクラス名)のは、なんか大きいんだよね。だから持ち帰る荷物がいっぱいなの」と母。 「そうなんだ?じゃね、○○くん!」 「バイバイ!」そして母、「バイバイは?」と息子をうながすと、息子やっと「バイバイ」。 ったく・・・自分から大きな声で言えっつーの!! 外に出ると声出さないんだから、もーーーーーっ!! ・・・って、母の子供の時とおんなじか・・・。(^_^;)
母 「あの子、学童の子?」 息子「うん、がくどうでいっしょだよ」 母 「やっぱりそうか、見たことあるなぁって思ってたから」
特学のある小学校の子供たちの特長。特学の子供たちに、かなり優しい。 特学にも遊びに来てくれる。昨年度とは何もかも違う。 実は、学童にもその違いがあることが、この1年を通じてわかった。 全体的に穏和な子が多いようで、学童の先生の言うこともよく聞く。
昨年度のクラスの子は、それなりに息子のことを励ましてくれたりしていたけれど、学校の方針というか・・・ 校長先生の方針に、下にいる教師は従ってるって感じがものすごく匂ってた。 だから担任の先生も、お勉強お勉強的なことを言っていたんだと思う。 学童も・・・まぁ市内一マンモス学童だから、しかたないのかもしれないけれど、かなり活発というか、 言うことを聞かない子が多かった。
校長先生の印象も全然違うしね。
4月から3年生だよー。早いよー。 中途半端に生意気な口をきく息子(苦笑)、どんな会話をするようになるのか、楽しみでもある。(^_^;)
| 2005年03月23日(水) |
引っ越してしまう子に「ありがとう」 |
今朝、息子と一緒に登校して、優しくしてくれた○○ちゃんに会った。
「優しくしてくれてありがとう、転校しても頑張ってね」 月並みな言葉しか言えなかった母だけど、会って話せてよかった。
先生、お手数をおかけしました。(○○ちゃんを特学の教室に呼んでくださったので) ありがとうございました。m(_ _)m
おまけに先生のデジカメで、記念写真まで撮ってもらった。 重ね重ねありがとうございました。m(_ _)m
母、今日一日中、衣類の片づけをしていたので、ちょっとお疲れです。(^_^;) 寝ます!!(-_-)
| 2005年03月22日(火) |
だから春って季節は苦手なのかもしれない |
昔から春は苦手だった。 クラス替え、卒業、友達との別れ、就職、環境の変化。 変化になかなか対応できず、いつも苦しかったり悲しくなって、慣れていくのに人の何倍も時間を要していた。
息子の交流学級の女の子が、引っ越すのだそうだ。 その子はいつも、交流給食の時迎えに来てくれたり、特学に遊びに来てくれたりして、息子に優しくしてくれたらしい。
お迎えに行った時、先生が息子に言っていた。 「○○ちゃんにお手紙書こうよ?」 息子は「いまかく」と言って、先生が用意してくれた色紙に、新幹線やらメッセージとも言えない(^_^;)メッセージを 書いていた。
家に持ち帰ったので、母が息子にあげたかわいいシールを「貼ってあげたらどう?」と言った。 「どのシールがいい?」と聞くと、息子はかわいい女の子のシールを選んだ。 色紙の空いたスペースにそのシールを貼り、切手型のシールだったから、色紙を入れた封筒にも、 ちょうど切手のように貼った。
息子に優しくしてくれたという女の子。 息子曰く「ほかにもたくさんおともだちいるよ」と。 それを聞いて、息子のことを理解してくれている普通学級の子供がいるんだと知り、なんだか涙が出た。
いつものように息子が「おかーさん、どーしたの?」 そして「さびしいの?」と言った。 「そうだね、引っ越しちゃうのはさびしいね」母は答えた。
明日かあさって、息子と一緒に登校して、その女の子に会って言おう。 「優しくしてくれてありがとう、○○ちゃん」と。
○○は、私の妹の名前と同じだ。なんだか余計にうれしかった。
| 2005年03月21日(月) |
三連休がやっと終わる・・・ |
朝起きられなかったり、夕方寝てしまったりと、睡眠を取ることで家族に迷惑はかけたものの、 パニックにもならず、自分自身でも頑張ったと思っていた。
お風呂が沸いて、旦那と息子が入るという時。 息子はいつもごはんを食べるのが遅く、私たち親にせかされる。 今日もそうだったのだが、お風呂に入る前に息子がトイレに行っている間に、 旦那に言われた一言で、それまで頑張っていた(つもりの)糸が切れた。
詳しい言葉はもう忘れてしまった。旦那が一生懸命せかしているのに、私は全然頑張っていないというような 意味の言葉だったと思う。 だが、私が崩れてしまったのは、旦那のたった一言だった。
「アンタ」
私は、おまえと呼ばれることに対して抵抗はない。 しかし私は、旦那に名前で呼ばれたことも、おまえと呼ばれたことも、ない。 一度もない。 呼ばれて振り返った記憶が欠如している。たぶん呼ばれたことがないんだろう。 その度、呼びかけの言葉はなく話しかけられて、会話をしているのだと思う。 あ、私の呼び名は「かあさん」だった。それすらも思い出せなかった、今。
でも、私は「アンタ」と呼ばれることだけは大嫌いだ。
以前、旦那の母が元気だった頃、初めて九州に帰省した時のことだったと思う。 言葉数がひどく少ない親子だけど、それなりに方言で会話していた。 その時、旦那がお義母さんに向かって「アンタ」と言っているのを聞いた。 母親に向かって「アンタ」なんて失礼じゃないか?! その時お義母さんはこう言っていた。 「もう何言うてもいろいろ言われるけん、こわくて言えんわ」 苦笑いしていたけれど、私はお義母さんの気持ちを思うと、なんだかとても悲しくなった。
こちらに遊びに来てもらった時も、まだ元気だった時息子を連れて帰省した時も、私はできるだけ お義母さんに話しかけた。 その場が明るくなるように、頑張ったつもりだ。
子供の頃から、自分なりに頑張ってきたつもりだった。 学生の時も、社会人になってからも。 鬱なりにできるだけ頑張って生きてきたつもりだ。
いや、頑張ってないというようなことを言われたのも、糸が切れたことの原因の一つだと訂正しておこう。 でもやはり、いちばん嫌だったのは「アンタ」だった。
息子の前では泣かない、心乱さない、そのつもりで最近は過ごしていた私だったが、トイレから出てきた息子に、 泣いている私を見られてしまった。
「おかーさん、どうしたの?たーぼーのせい?たーぼーのせい?」 息子はしきりに心配していた。 「違うよ、たーぼーのせいじゃないよ」 私は泣きながら言った。 ぎゅうっとして?というゼスチャーの息子を、ぎゅっと抱きしめて頭をなでた母。 そして息子は、お風呂場に突進して行き、旦那に強い口調でこう言った。
「おかーさんがないちゃったじゃないかっ!!」
自己主張も激しくなって、ワガママも増え、母はイライラさせられることも辟易することも多くなったが、 その分成長したんだと感じていたこの頃。 息子は小さいながら母を守ろうとしてくれている。
お風呂の中で声を出さないように泣いた。私がよく取る行動だが、こういうのを「忍び泣く」と言うのだそうだ。 でも、泣いてからは落ち着いた。顔から笑顔は消えてしまったけれど。
今もベランダに出て、空を見上げていた私のところに、息子がやってきて 「おかーさん、どうしたの?」 と聞いてきた。 「なんでもないよ、ヘリコプターが飛んでてうるさいなと思って」 そう答えて、ベランダから部屋に入った。
もうすぐ春休みだ。 今年度転校して、閉ざしかけていた心を開き、一人で通えるようになり、楽しそうに学校で過ごし、 学童にも一人で行けるようになった息子。 背もずいぶん伸びた。 来年の冬は、今年のズボンもトレーナーもダウンジャケットも、みんなちょっと寸足らずになって しまっているかもしれない。 でも、発する言葉が少しずつ大人びてきて、成長しているなぁと感じさせてくれる息子、 母はとてもうれしいよ。
| 2005年03月19日(土) |
休日にたまに遠出するとやっぱ疲れる |
母は昨日に続いて都心だったけど。
彩音のダイアリーにもちょっと書いたが、息子が特学で以前行ったことのある、科学情報館にまた行きたいと 言い出し、新宿まで出かけた。
と、ここまで書き出したのだが、母やっぱり疲れてる。 頭が働かない。文が続かない・・・。 また息子がアンパンマン見てる。昨日見たばっかりのおんなじDVD。 気が散る・・・。(-_-;)
ええと、息子が科学情報館に行きたかったのは、自転車コギで電車を走らせるというのがあるらしく、 それをやりたかったからだ。 着くなり、いちばん先にそれをやった。しかも母と二人コギで。 ある程度の速度を出さないと、電車は動かない。 まるで「フレンドパーク」かフィットネスクラブか?!って感じ。(-_-;) 息子は脚力も弱いため、母が必死でこいだ。けっこう疲れる。いい運動だったかも?(^_^;)
あちこち遊びつつ、まるで「平成教育委員会」に出てきそうなやつを旦那と必死にやっていたが、挫折。 すると科学館の方が近づいて来て、やってみせてくれた。 なるほど。でもようわからん。理数系の旦那がわかんないんだから、母がわかるわけがない。 「こういうの、私、はじめっからあきらめちゃうんすよねー」 と母は科学館の方に向かって、苦笑いをした。(^_^;)
ついでに、息子が「ピタゴラスイッチ」のしかけを作りたいと言っているということも、科学館の方に話した。 「あれと同じじゃないですけど、こんなのはどうでしょう?」と言って、磁石が反発する力を利用して走る しかけ(おもちゃみたいな)を見せてくれた。 なるほど。 「マグネットは100円ショップでも売ってますよ」そうも言ってくださった。 工作は・・・母は苦手だ。(笑) アルゴリズムについて説明もされたが、母の頭の中には、いつここの「アルゴリズム体操」しか浮かばなかった。(^_^;)
でも、「2月に○○○小の特学のクラスで、こちらにうかがって、今日も来たいって言ったんです」とお話しすると・・・ 「あぁ、そうだったんですか!」とちょっと思い出してくださったようで。 「あの時は何を作りました?」とおっしゃるので、「なんかキーホルダーみたいなの作ってきましたけど」と言うと、 「今日はこれを作ってるんですよ」と、手作り糸巻き車のコーナーへ。
工作・・・やるのか?(笑) 息子に「やる?」と聞くと、うんとうなずく息子。 旦那はどこかへ消えてしまい、姿なし。ったくよー!!!(-_-;) 一通り説明を聞いて、作り始めるが・・・ほとんど母が作っている。(-_-;) 「こーゆーのおかーさんヘタだからなぁ・・・」とつぶやきつつ。(笑) 息子は車輪となる厚紙に絵(とも言えないようなぐちゃぐちゃ模様と「間」という漢字)を描いた。 なぜ「間」なんだ???(謎) そして組立。説明を聞きながら組み立てていると、やっと旦那登場。 息子は落書きのような絵を描いただけで、あとはまったく手伝わず。(-_-;) 「図工が得意な○○くん」と学校の廊下の写真の説明書きには書かれていたが・・・嘘臭い。(笑)
まぁ、食事の時に子供のランチについてるおもちゃももらったし、糸巻き車もあるし。 おまけに、新宿駅で今日から走る新型ロマンスカーのおもちゃを売っていて、行く時から騒いでた息子。 当然、帰りも引っかかると思ったら、やっぱり。(-_-;) 結局買うことになってしまった。 プラレールだから、うちのレールを走らせられるし、Nゲージより安いし、まぁいっか。(-_-;)
帰りは息子だけ座れた中央線。母は一駅だけ座れた。(-_-) 地元の電車は、乗ったらすぐ降りるようだし。 帰宅してから寝たかったけど、彩音のダイアリーで叫びたかったから、横にもならず。
さっき横になって、息子に 「おかーさんの代わりにお皿洗ってくれない?」 と言うと、テーブルの上の食器を片づけ出し、スポンジはどれ?とか洗剤は?とかやる気になっている。 でも結局母は立ち上がり、一緒にやることに。 「洗剤はこれくらいね?で、濡らして、ぐしゅぐしゅぐしゅってやると泡が出るでしょ?」 息子がスポンジで洗って、母が洗い流す作業を。 「できたよー!!」と息子は大満足!(^_^;)
その後も、母が薬を飲もうとすると、「たーぼーがやってあげる」と言い出した。 できるだけ息子に「じゃ、これの次はこれをおかーさんに渡してね?」とやらせた。 最後に粉薬の袋を「たーぼーがきってあげる!」と言うので、一瞬「破いて粉が飛び散るかも?!」と心配した母。(^_^;) が、心配をよそに、上手く切れて「はいっ!」と渡してくれた。 本人も「じょうずにできた!!」とまたも大喜び。
大人がやるのはカンタンだけど、息子の手先が器用になったり、いろんなことができるようにならないと やっぱりダメだよね。できるだけやらせなきゃなー。
あぁ、今日も疲れてる。 早く寝なきゃ。フゥ・・・・・。(=_=)
なんだか書き留めておいた方がいいかなと思って、追記することにした。 もう寝ようと思ってふとんに入ったんだけど。(^_^;)
息子は話すのが好きだ。 それは母が小さい頃とよく似ていて、自分も言葉を返してほしくてたまらなかった記憶がある。 言葉を返してほしいという息子の気持ちがわかるから、私もたくさん会話するようにしています、と先生に言った。 ただ、鬱とか薬の関係上、疲れたり眠くなってしまった時は、ごめんね、と言って休むようにしている、 その間息子は、テレビを見たり一人でも遊んでいる。母のことをよくわかってくれている、とも。
あと、人や動物の「死」についても追記。 以下、先生の言葉。 昔はおじいちゃんやおばあちゃんもいて、大家族だったりして、人の死が身近にあった。 動物も飼っていたりすることが多く、やんちゃな子供もいて、いたずらで小動物を殺してしまったりすることもあり、 どこまですれば死んでしまうのかという、手加減が自然に理解できていた、と。
その通りだなぁと、母も思う。
私も小さな頃からインコを飼っていた。それは私のゼンソクにとってはよくないことだったのだが、 私は動物がとても好きだった。 庭に野鳥もよく来たが、インコや文鳥やらいろんな鳥が逃げて飛んできたから、それをつかまえて、飼っていた。 (逃げられたお宅には、今考えると申し訳ないが・・・(^_^;)) 近所のお家からインコのヒナをもらったこともある。離乳食のようにえさをやわらかくして、スプーンで食べさせたり、 飛べるようになったら部屋に放して、喜んだり。
ある一羽のインコが死んだ時。 私は小6だったけど、私の手の中で固くなって死んでいるインコに、「死」を直接感じた。 どうしてこんなに固くなってしまうの?そう思った。 泣きながら庭の片隅に埋め、お墓を作った。
OLになってからも、インコのヒナをもらって育てたり、ヒヨドリのヒナを拾って育て巣立ちさせたり、 子犬を拾って育て、里親を捜したりした。
いとこのお姉ちゃんが亡くなった時は、私はいくつくらいだったのだろう? もう忘れてしまったのだが、お棺の中の死人を初めて見た。 お花をお姉ちゃんの上に置いたのを覚えている。 でも正直なところ・・・ものすごく怖かった。
実は、昨日病院に行く時、駅のコンコースで、里親を探すため猫を売っている(もしくは無料?)おじさんを見た。 柵に入れられた猫たちを見て、息子は興味津々。
息子は犬は吠えられるのが怖くて、どんなに小さな犬からも逃げる。 現に、昨日病院の帰りに散歩途中の小さな犬から、きゃー!と言って逃げた。(-_-;) 飼い主のおばさんに「あら、怖かったの?ごめんなさいね」と言われ、「すみません、犬が苦手なんです、 ごめんなさい」と謝った。 ただ、公文に行く途中にいる大きな犬2頭(めったに吠えず、息子が通るたび喜んでしっぽを振る)だけは 柵の中にいるせいか、怖がらず喜んで声を掛けている息子。
もとい、その猫たちに興味を示し、ちょっとの間見ていた。 猫は吠えないから、そこらへんの猫もけっこう後を追いかけたがる息子。 「あ、にゃーってないたよ」とうれしそうだった。 学校帰りにペットショップを見るのも好きな息子。 私に似て、動物が好きなのかもしれない。 できたら飼ってあげたいのだけれど、旦那が動物に対してひどく潔癖で、どんな病気を持ってるかわからないとか言って 嫌う上、息子もゼンソク気味だし、母もアレルギーがあるので、以前、犬なら外で飼うようにと言われた。 あいにくこのマンションは、室内でしか動物は飼えない。
情緒を育てるのに、動物を飼うことっていいことだと私は思う。 ただ、動物は安易に飼えないから、息子にも言ってきかせた。 「飼うのはたいへんなんだよ?えさもあげなくちゃいけないし。たーぼーだっておなかすくでしょ?」 「しんじゃうの?」と息子。 「そう、人間だって動物だっていつかは死ぬの」 「たーぼーも?」 「たーぼーはまだ小さいから、大人になるまでまだまだだし、まだ死なないよ」 息子はちょっぴり淋しそうな顔をした。
そうそう、特学で金魚を飼ってるらしい。(知らなかった・・・(^_^;)) 「ぱーって(えさを)あげると、ぱくぱくってたべちゃって、あーもうおなかいっぱい、って」 息子はやっぱり嬉しそうに話していた。
できたら何か飼ってあげたいな、と思う私だった。
書き残したことはないかな? さて、とっても遅くなってしまったけど、今度こそ寝ます!おやすみなさい☆
今日は息子の定期診察の日で、給食の後、早退して病院へ向かった。 予約は3時。学校からそのまま向かったので、まだ時間に余裕があり、昨日から欲しいと言われていたスタンプ (先日、私が独身時代に買ったスタンプを出して遊ばせたら、もっと欲しいと言い出した)を買いに、 ターミナル駅の駅ビルに行った。 と、同時に、向かう途中で「マツケンサンバ�供廚�欲しいとも言い出した。(-_-;) 特学のクラスにCDがあって、聴いているらしい。 母同様、楽しいことが好きな息子なので、世間のブームからズレズレな今頃になってしまったが、買った。(^_^;) 病院に行かなくてはならないので、あまり時間を無駄にはできず、ちょっと恥ずかしかったのだが、 レジのおにーさんに「マツケンサンバ�供■庁孱追佞�の、どこにありますか?」とたずねた。 おにーさんは案内してくれ、「こちらがDVD付きになります」と渡してくれた。 やっぱり恥ずかしかった。(^_^;) スタンプも文房具屋さんを2軒回ったが、どちらにもなく、ただカラフルなスタンプ台があり、 母が持っているスタンプ台もまだ売られていた。 「スタンプはまたお母さんが探しておくよ」と言うと、スタンプ台でいいと言う息子。 大きめサイズの、グラデーションカラーとゴールドのスタンプ台がいいと、息子が選び、買った。
病院へ。30分近くもバスに乗るので、また酔うのでは?とビニール袋持参だったが、まったくその気配なし。 やっぱり車酔いは、気持ちの問題なのかもしれない。 景色を見ながらしゃべりっぱなし。母答えっぱなし。(^_^;) 前に座ってたおねーさんに何度も振り返られた。 息子のしゃべり方ヘンだし(^_^;)、親子の会話が相当うるさかったんだろう、すんません・・・。(-_-;)
予約時間より15分ほど早く着き、診察まで30分ほど待ったが、いつも母はお医者さんで2時間待ちなんてザラなので、 まったく問題ナシ!!(笑)
先生にもいろんなことを話した。 特学に行ってから、自信も徐々に取り戻し、2ヶ月で自分一人で通えるようになったこと。 学童に行くのにも、半年ほどシルバーの方にお世話になったが、10月から一人で行けるようになったこと。 しゃべり方は幼かったり、ちょっとヘンだったりするものの、ちゃんと会話もできているし、 最近は「うそだよー!」と冗談まで言ったりするようになったこと。 母は「狼少年になっちゃうよ?」と言っているが。 いちおう「狼少年」の話の内容も話したが、いまだに「うそだよー!」は言っている。(-_-;) 学童でも、大人と遊ぶ方がラクだとわかっているので、よく先生と一緒に遊んでいるが、お友達とも 時には楽しそうに遊んだりしているということ。 勉強面では、特学ではどうしても遊びの度合いが強く、昨年度の普通学級時代よりもできなくなる傾向 (特に公文において)があるが、漢字やお買い物に一人で行きたいと言い出したり、絵を描いたり、 日記も自ら書くようになり、意欲的な面も示していること。 クレヨンしんちゃんの漢字辞典を買い与えたら、興味を持って自分で漢字を書いているし、 あたしンちのマンガが好きで、一人でもよく読んでいる、と。 先生に「理解はできているようですか?」と聞かれ、アニメで同様の内容を放送することが多く、 「これはマンガにのってた!と見せたりするので、わかっているみたいです」と母は答えた。 そしてこれは母のいちばん感じていることだが、感受性が強く、母の気持ちをくみ取る力と優しさを 示すことができるということ。 以上のようなことを話した。
それと最近、母の鬱にも関連していることであるが、主人の「サスペンスドラマ好き」のことも話した。 息子がそういう場面を見たくないと言い出したこともあったため、そういうものを見せるのはどうなのか?と 先生にたずねた。 先生曰く、今の時代、バーチャルでしか人や動物の「死」というものを感じられない人間が多い、と。 「人間は殺しても生き返る」と思っている子供もいるそうだ。私はそれを聞いてびっくりした。 それは生まれ変わりといったファンタジーのような意味ではもちろんなくて、ゲームなどから そういう言葉が出ているのだ、とのこと。 今の社会で起こっている事件などもそうだ、と。 どこまでしたら人は死んでしまうのか、などという根本までわからない人間が増えてしまっている。 だから、できるのであれば、息子が眠ってから見てもらうとか、そういうことをした方がいいのかもしれない、と。 別の部屋で見てもらいたいとさえ思ったと、母の気持ちも先生に伝えた。 それも一つの手かもしれませんね、とおっしゃっていた。ただ、見る時だけそこで見るとか、 そういう場所を作るのもいいのでは?と。 人の好みの世界でもあるから、お互いを譲り合って妥協もし合って、家族の団らんも大切ですね、と。
とにかく楽しく学校に通えることがいちばんだそうだ。 勉強面では、公文や家庭でフォローすること。 そして、本人の得意分野を伸ばしてあげること、買い物などの実践面を通して、計算などを教えてあげること、 本人が興味を持つことで世界が広がり、勉強意欲にもつながるのだということ。 いろんな言葉を先生からいただいた。
私も、息子と久しぶりに長い時間向き合ってあげられた気がした。たくさん話もしたし、 私自身、息子と病院(以前もこの日記に書いたが、けっこう遠いのだ)に行くことが苦にならなかった。 一緒に買い物したり、夕方お互いにもうおなかがすいてしまい、帰宅するまでにもう食べてしまった。 二人とも疲れやすいのが難点で、バスの時間を逃してしまったこともあり、タクシーで帰った。 が、このタクシーの運転手さんがまたおしゃべり好きで、楽しい会話をすることができた。 「あのマンション住み心地はどうですか?」とか。 「なんかいまだに人気は高いらしいですけど、住んだら住んだで大したことないんですけどね」と母は苦笑。(^_^;) 息子も会話に必ず割って入る。(笑) 降り際に「ぼく、また乗ってね」と言ってくれた。なんだかとっても気持ちがあたたかくなった。
帰ってからちょっと疲れて、母は1時間ほど寝てしまったものの、息子はスタンプで楽しんだし、 帰ってきた主人に、今日の話を冷静にできたし、一緒にマツケンサンバ�兇鯤垢い燭蝓■庁孱弔盡�れた。
息子のことを前向きに真剣に考えられた、いい日だったと思う。 母にとっても、からだは疲れても心のために有意義な日だった。
| 2005年03月12日(土) |
幸せな家庭って・・・?? |
先日保護者会を欠席して、ただ息子を学校に迎えに行った時のこと。 まだ時間があったので、近くで休んでいたら、クラスでいちばん口数の少なかったママが 私に声を掛けてきた。 母子共々あまり具合がよくないので、欠席することを告げると、その方はこう言ってくれた。 「○○くん、他の人じゃだめかしら?私でよかったらお迎え行きますよ?」 卒業するお子さんのママで、この前みんなの前で言葉をつまらせていた方。お子さんは号泣していた。 きっときっと、私たちにはわからない苦労をされてきたのだろう。 だから私にも声を掛けてくれたのかもしれない。
他のママたちにも声を掛けられ、「休んだ方がいい」と心配してくれた。
私はいろんな人に支えられて生きている。
ゆうべ、ちょっとしたことで旦那とモメた。 今まで10年以上口答えしてこなかった私が、最近言うようになったせいで、旦那は気分を害することが 多くなった。 以前言われたことがある、「なんで言わないんだ」と。 でも、言わなくても言ってもだめなんだよね・・・きっと。
息子の持ち物に当たってしまった。息子は怒りをあらわにした。当たり前だ。 私はまた泣いてしまった。 「どうしたの?」と息子は心配し、ぎゅうっとして?という態度を示した。私は息子をぎゅっと抱きしめた。 しかもなんでわかるのか、旦那に見えないようにふすまを全部閉めた息子。泣く私にティッシュを何枚も 差し出す息子。 「たーぼーのせいじゃないよ?ごめんね」 それだけ言って、抱きしめた。
息子にまで気をつかわせてしまっている母。こんな母でごめんね。
昔私の母は、周りの人にこう言われたことがある。 「子供はほったらかしたくらいの方が強く育つ」と。 でもその時、母はこう思ったそうだ。 「この子はほったらかしたら育たないのよ!」と。 私はからだが弱かった。ゼンソクも発作がおきるとひどく、母はずっと私の背中をさすっていた。 具合がよくなるなら、注射も入院も苦い漢方薬(煎じるヤツ。漢方医にも母は私を連れて行った)も、 私はまったく平気だった。 私はパジャマのまま「ようちえんにいく!!」と、玄関を出ようとしたことがある。 母が必死で止めていた姿を、今でもよく覚えている。 その光景に、父の姿はない。だから私は昔から母が大好きだった。
以前旦那に、「マザコン」と言われたことがある。 母が好きなのは当然だろう?私に必死になってくれていたのは母だ。 父には確かに、金銭面その他ではお世話になっていたと思うが。
娘である私、母の背を見て育ったせいか、電話ではお互い同じようなことをグチっている。
でも、私はいろんな人に支えられている。母もそれは同じ。 私には息子という小さなナイトがついていてくれるし。
今、「あたしンち」を見て、息子と一緒に笑った。 いいよね、こういう家族。だから見るの好きなんだ。 昨日は、「ドラえもん」を見て、密かに泣いた。「45年前」というタイトルの話で。 45年後ののび太がやって来て、昔を懐かしみ、パパとママに甘えるという話。 そうだね、できるなら私もやってみたい。 のび太が45年後ののび太に、こんなようなことをたずねる。 「どうしてこんなことがしたかったの?」 45年後ののび太が現在ののび太に、このような言葉で答えていた。 「君も大人になったらわかるよ。そうだなぁ、例えば子供が産まれて、自分も親になったら」 うん、私もわかったよ、たーぼーという息子が産まれてから。
私のいちばん望むこと、それは幸せな気持ちになれること。
| 2005年03月11日(金) |
なんか久しぶりに行った気がする |
↑公文。
雨だったから送り迎えはめんどくさいんだけど、だいぶ気温が上がってきたから、ラクになってきた。 母子共々寒いのは苦手で、冷えてしまうのだ。 息子も母譲りで血行が悪いようで、首が痛いと言う。首が凝るらしい。小2でかよ?!(=_=) まぁ、母も小学生の頃から肩凝りはひどかったけど・・・。(^_^;) 自律神経失調気味なとこも、どうやら遺伝してしまったようだ。そんなの遺伝しなくていいのに・・・。(=_=)
で、お迎えに行ったら、例のいつもそっけないあの子もまだ帰らずにいた。 息子が勉強を終えて帰ろうとしたら、「ぼくもかえろうっと!」と帰り支度を始めた。 なんだ、息子が終わるの待ってたのか・・・。(^_^;) でも一緒に帰るのかと思ったら、雨の中カッパを着て、自転車でピューッと走り去ってしまった。 「あら、雨の中、自転車なの?たいへんだね?」 母は声を掛けたけど、返答なし。(苦笑) よくわかんないけど、なんか帰りが一緒になりたかったのは事実みたいね。(^_^;)
帰り道、走ったり歩いたりしながら、突然息子が「あした、たーぼーひとりでおかいものする!」と言い出した。 なんかやる気満々で、帰宅したら紙にペンで「たーぼー おかいもの」と書いて差し出した。 「おかーさん、かいて?」と言うので、何を買ってきてもらおうか考え、息子の好きなコーンのかんづめ(ホール)を お願いすることにした。 「ホールって書いてあるやつだからね?たぶん118円くらいだから。100円玉1枚と50円玉1枚渡すから。 おつりをもらってきてね?」
果たして明日本当に実行するのかわからないけれど、今本人はやる気でいるから、一応やらせてみよう。 「ピンポーンってやったら、おかーさんこーやって(抱きしめるマネ)ね?」 そんなシミュレーションまでしてるんじゃーねー?やらせないわけにはいかん。(爆)
| 2005年03月09日(水) |
息子、一日休んだだけで済んだー!!(-_-;) |
息子、大したことにもならず、ホントによかった。
母は休もうと思ってたのに、やっぱしダメみたいなのねぇ。 旦那と息子が出かけたら、しばしすわって休んだだけで、部屋の片づけ&掃除を始めてしまった。 やれやれ・・・やっぱし片づいてないと気分よくないよー。
でも、今週は大事を取って学童も休ませるため、お迎えが早い。 久しぶりに歩いて迎えに行き、帰りも歩いて帰ったら・・・なんか疲れた。(-_-;) 帰宅したら、片づけてあったふとんを敷き、ごろんと横に。 いきなり眠気に誘われ、「ねないでー!」と言う息子に「寝ないよ」と言いつつ、寝てしまった母。 起き上がれたのは6時過ぎ。 なんか気分がすぐれない・・・やばいかも?と思いながらも、なんとか大丈夫と言い聞かせ、 なんとかクリア。
そして、トリビアで爆笑。かなり気が晴れた。
息子も久々に日記を書いて、「UPしろ」と言うので、UPした。 まだ書いてる。明日の分を今日書く息子。(^_^;) さっきトリビアで落書きのネタが出てきたから、ノートに落書きしてるよ?(^_^;) それ、気持ち悪いってば・・・。(-_-;)
| 2005年03月08日(火) |
ああううーーー・・・もううめくのみ・・・(=_=) |
ゆうべ、息子がおなか痛いと言い出した。 もうすごい騒ぎで、救急病院に行こうかと思ったが、とどまってみた。 熱は36℃台後半でなかったものの、ただ痛い痛いと大騒ぎで。 めったに下痢(お食事中の方、ごめんなさいm(_ _)m)をしない息子がそうなっていたし、 何回かの吐き気の末に吐いたし(重ね重ねごめんなさいm(_ _)m)、「助けて!!」「死んじゃうの??」と 確かに尋常ではない言葉が出てきたので、よっぽど痛かったのだろう。 私もめちゃくちゃ心配になった。 熱がないかおでこをさわると、ものすごい痛がるので、それも心配だった。 実は昨日の朝、学校に行く直前に、柱におでこを思いっきりぶつけた息子。 それが原因で吐いたりしているのか?でも下痢にはならないだろうな?と。 おなかというより、胃のあたりが痛いようで、私はさすり続けた。
発熱すると困るから、夜中にアイソトニック飲料を買いに走った。 旦那は、パジャマのまま一向に行ってくれそうもなかったので。(-_-;)
そして今朝。吐き気はないと息子。 ただ、家族そろってゆうべ寝るのが遅かったため、なかなか起きられず。 しかも!!旦那まで具合が悪いらしく「休む」と。
時計は8時過ぎ、「休ませます」と学校に電話するのはまだ早いなと思っていたら寝てしまい、 学校からの電話で目が覚めた!! 先生、申し訳ありませんでした!!m(_ _)m
旦那にどこが悪いのかたずねると、「鼻がむずむずする」と。 それだけかいっ?!それだけで仕事休むんかいっ?!?! 休まれるこっちは迷惑なんだよ?! それでも医者くらい自分も一緒に行って、車で連れて行ってくれるのかと思っていたら・・・ 「いい」ですと?!?!しかも市販の薬がなくなりそうなので「買っておいてくれ」ですと?!?! 結局私が息子をタクシーで医者に連れていき、昼の買い物を済ませ、帰りはバスで帰ってきた。 市販の風邪薬は夜の分まであったので、夕方もう一度私が買い物に出ることにした。
幸い、朝から息子は食欲があり、食べても吐くことはなかった。 食前の薬を飲ませ、お昼も少な目に食べさせ、私も喉が痛かったので、この前のと同じ薬を処方されたので、 それを飲んだら、いきなり眠気。 ふとんに入ったとたん、息子も一緒にふとんに入ってきた。 よしよし、おとなしく寝ようね。 そしたら、それまで起きて平気でテレビを見ていた旦那が、テレビを消し、自分もふとんに入った。 ったくよー?!?!鬱なんてやってらんねーよ!!こんな頼りにならない男と暮らしてたら、 鬱なんかやってたら生きてらんねーっつーの!!
2時間ほど寝て、夕方私が起きると、息子も起きてきた。 おなかがすいたとうるさい。いちごやらお菓子を少し食べさせた。 すると!!旦那も起きてきた!!ったくうぜーよ、こいつ!!!!!
息子に「おとなしく遊んでてね、お買い物行ってくるから。すぐ帰るからね」と行って出る。 さっさと買い物を済ませる。
しかし!!なぜかこういう日に限ってまた!!私の買い物依存の通販の荷物が届くのだっ!! 息子と医者に行ってる間に一個届き、旦那が受け取ってしまった!! その料金をコンビニで払って、買い物を済ませて帰ってきたら、次の荷物が届いた・・・。 うう・・・。 「またなんか来たよ?」と旦那と息子に言われた。 バレたくないから、平日の午前中やら夜間便にしてあるのに、なぜ二人が休みの日に届くっ?!?!
公文に休みの電話も入れていなかったので入れたり、別件で電話したり、夜間便なのに、 同じマンションにお届け物があるから、今から届けていいか?と夕方電話が来たり・・・ 今日は電話もなんだか多い。 そしてさっきまた電話。出たら・・・切れた!! 切れるのはこっちだっつーのっ!! どーせいつものワン切り電話の友達(もうあいつって呼んでもいいんじゃないか?)だろう。 いい加減にしてくれ・・・。
具合悪くなりたくてもなれない状態の、今の母。 先月こういう極限状態になったばっかりなのに、また今月も、か? まぁ、今回は息子も元気そうだし、明日は登校できるだろう、たぶん。
母はここにグチるしかない。 泣くこともできない。私が泣くのはやっぱり息子の精神によくないと、反省した。 でも涙はひっそりと出る。隠しきれない。 息子が「どうしたの?」と聞く。「何でもないよ」と母が答える。 今日もそのやり取りが2回ほどあった。
泣く時は平日一人の時に泣くよ、もう。
今日も、旦那は私たちの留守中にDVD録画したサスペンスを見ていた。 ざけんじゃねぇ!!起きて見ていられるなら、仕事に行け!! 昔からそうだった、ちょっとしたことで仕事を休んだ。 しかも会社に電話すらしない。電話しろって言うと半ギレしていた。 それって社会人じゃねーだろ?!?! 最近は携帯メールで休むことを伝えているらしいが。 つくづく話すことが嫌いな人間だ。そんなヤツと暮らしてると、暗くならないわけがないだろ?!
それに毎日やってるサスペンスを全部録って、時間あらばとばかりに見るなっ!! 私のこもり部屋、旦那の部屋にしてやろうか?! そこで一人で見ろっ!! 私の精神を悪くしたくなかったら、私の目の前で見るなっ!! 最近は息子も、「見たくないーーー!!」と耳をふさいで目をそむけるようになってしまった。 そりゃそーだよ、殺すだの、死ぬだの、楽しいわけがない。
日記を読んで下さってる方、申し訳ないです。 ここで叫ぶしかないんです。 みんながいたら、泣くことも、怒ることもできません。 旦那に「怒る姿を(息子に)見せるのはよくない」と言われたので、一応そのとおりに頑張ることにしました。 自分には甘く、ひとには厳しい旦那です。むかつきます。
頑張れなくても頑張るしかない今の母。 休める時が来たら、イヤってほど休ませていただくことにします。
あぁ、もう夕飯の時間。 このへんで・・・。
追記。
今日夜間便で、3個目の通販の荷物が届いた。(-_-;) もうイヤミとしか思えなかった、宅配便の方々が。(=_=)
| 2005年03月07日(月) |
気持ちい〜いへろへろっすよ〜♪(後半はめちゃ暗です・・・苦笑) |
今日も朝から、「新・ぽ組」も詩もUPしたし、学校行事にも行けた! 午前中、ちょい眠くて眠らないようにがむばったけど。(^_^;)
学校行事で、なんかミョーに燃えたっ!!(メラッ)風船バレーで。(爆) なんかアターック!!って気持ちになってしまった母。(^_^;)しりもちもつくくらい。(^_^;) 子供相手だっつーの!!(笑) これまた息子が、ネットの反対側でおんなじように燃えてる姿が。(爆) 負けん気強い親子。(^_^;)
パン食い競走の時も息子、「いちばんになれなきゃやだ!」とか半泣きしてた。(^_^;) やっぱし遺伝か・・・? 母もパン食い競走どーしよーとか言いつつも、決してフライングはしません。(笑) そして母は全力で走り(ったつもり)、やたっ!!って感じで食いつきました!(^_^)v アン入りアンパンマンのパンでした☆ そして今、なぜか先週録ったDVDのアンパンマンを見ている息子。一度見たのに?(^_^;)
給食。息子は今日母と一緒だったのがうれしかったらしく、「おかーさん、となり!!」とご機嫌。 息子が慕ってるおにーちゃんが、母の給食をよそってくれた。大盛りのスープ。(^_^;) 母のいつものお昼よりも量が多く、満腹。まぶたが重くなってくる。(苦笑) あ、つい調子に乗って、クレヨンしんちゃんのマネをしてしまった、一部の子供の前で。 よく理解されなかったようで、まぁそれはそれでよかったか。ハハハ・・・。 「いやぁー、てれますなぁ!」と言ってみたんだけど・・・。ハハハハハ・・・。(^_^;)
そして、卒業する6年生を送る会。 ゲームをして歌った。 「アンビシャス・・・」は、歌詞にないパートまでヒトリで歌ってしまった母。 まぼのとことかね。(笑)まぼ、ちゃんと歌ったからね?ね? やはり母はTOKIOファンのまま生きていくことになりそうだ。(^_^;) 「大きな古時計」は、思わず平井堅のようにこぶしを回しそうになってしまった。(爆) 「おかーさん、うたじょうずだね」と息子にほめられた。 いや、いちおう歌うのは趣味中の趣味ですから。現役OLの頃よりはヘタになりましたけども。(笑) 卒業生のお母さんのお言葉。 言葉につまるお母さん。私たちは障害の中身は違えど、悩み苦しみを抱えて子供を通学させている母親たちだ。 気持ちが痛いほどわかるから、みんな一様に涙をこらえていた。 母は泣くと、その涙が莫大な量になってしまうので、もうそれは必死でくい止めた!! でも思った。私は息子を転校させてよかったな、と。 障害児の将来は険しいものかもしれないけれど、この教室には、昨年度決して得ることができなかった 穏やかさに満ちている。
からだはクタクタに疲れたはずなのに、なんだか気持ちはずっとずっと軽くなったような気がする。 私にとって、気持ちがラクになることが、いちばんの鬱の薬のようだ。
旦那が帰ってきて、息子にまたきつい言い方をしている。 息子がぐずり出した。 息子も感受性が強い。言い方一つで人の気持ちが変わってしまうということが、旦那にはわからない。 だから旦那が帰ってくると、私もせっかくラクになった気持ちが苦しくなる。 息子がおなかが痛いと言い出した。きっと私と同じなのだろう。
人の気持ちをくみ取るということ、それはとても難しいことかもしれない。 けれど、言い方一つで人の気持ちをよくも悪くもするのだ。 それを、どうして私より10も年上の人間がわからないのだろう? いったいどうやって人付き合いして、仕事をしているのだろう? 私が知っている限りになってしまうが、きっとあの頃のままなのだろうな。 仕事はできても、頭脳は明晰かもしれなくても、それでは人はついてこない。 私はそんな人間関係がものすごく悲しい、淋しい。 だから家でもくつろげない。精神が壊れそうになる。
せめて、息子にはのびのびと明るく育ってもらいたいから、私は息子に一生懸命答えよう。 私が返事を求めているのと同じなのだ。息子も求めている。 それが痛いほどわかるから、私はどんなに疲れていても、息子と会話を絶やしたくない。 えらかったね、頑張ったね、と今日も抱きしめた。 それがせめてもの、私にできる愛情表現だ。 旦那にできないのなら、私がせめて答えようじゃないの!! 旦那に精神面を求めるのは、もうとっくにあきらめているから。 というか、結婚前からあきらめているんだけどね。(つくづく自虐的。ヒロシ並み?(-_-;))
追記。
一度言ってみたい言葉がある。 「どーしてそーゆー言い方するわけ?人には「どうしてそういうことを言うんだ?!」とか おんなじようなこと偉そうに言うクセに?女をバカにすんのもいい加減にしてよ?! 悪いけど、出てってくれる?あたしが出てく必要ないでしょー? この家はもらうわよ!息子は今の学校に通わせたいですから!! 自分のこと偉いとか思うんじゃないわよっ!!アンタなんか性格ゆがんだ 冷血人間よっ!!」 ここまで言われたら、かなりヘコむだろうな。 もしくは、あたしだけが追い出されるだろう。たぶん。
ま、仮定してのただのお話。 実際は言わないよ、あたしは。別れたいって今まで何度も何度も数え切れないくらい思ったけど、 口にしたことはない。 結局、実父に蒸発され実母に見捨てられたあたしは、親とおんなじことができない。 したくない。 だって子供であるあたしの本心は、どんなことがあっても両親と一緒にいたかった、だから。 どんなにつらいことがあっても、血のつながった父母と暮らしたかった。 それが子供としてのあたしの本心だから。 あたしは口にしない。息子のために頑張る。たとえ鬱でも。 このままこの環境にいたら、決して鬱が治らないとしても。 いや、ぜってーに鬱なんか克服してやるぜっ!! 誰かさんとはおんなじになりたくないからなっ!!(急に怒りモード(^_^;))
ま、これくらいは言ってやるか? 「女をなめんじゃねーよっ?!」フッ・・・(-_-)
「そうそう、カッコいいオトコが好きで「あいあいあい」と、たったったーってハイハイしてっちゃう オマセな赤ちゃん・・・」 「かぁちゃーん、それはひまわりだぞぉ?」 「んなのわかっとるわいっ!!」 ↑一人芝居(壊れ始めた母(-_-;)劇団ひとり?(-_-;))
もとい!このヒマでフリーな時間こそ大事っ!! 特にストレスフルな休日は、この誰にもジャマされないこの時間こそ大事だっ!!
まだ二人とも寝てる。 今のうちだ!!PC、今のうちにやりたいだけやっちまえーっ!!(長井秀和風?)
顔は洗ったけど(さっき泣いたから(^_^;))、パジャマのまま、PCの前で既に2時間。(笑)
先日のいつもの都心のお医者さんでは、鬱悪化と診断され、薬が一錠増え、しかも点滴2本も打たれ、 おまけに血液検査もされ、両腕に針。(-_-;) でも子供の頃から注射はめちゃくちゃ慣れすぎているので、なんてことはないんだけど。
以前、2回ほど点滴が漏れて、腕が膨れたときはさすがに、「すいません・・・漏れてるみたいなんですけど?」と 看護婦さんを呼んだ。 針を刺した看護婦さんは2回とも同じ人だった。(^_^;) 3回目に刺す時は、さすがに怖がっていた。(笑えん・・・(-_-;))
ナースよ、もっと練習しろっ!!(長井秀和風?またかよ?(^_^;))
あ、今のうちに、こないだ買ってまだ1回も聴いてないaikoのCDでも聴こうかな?
って・・・これじゃ育児日記じゃなかとです!!(ヒロシ?(^_^;)(^_^;)(^_^;))
もう1個思い出したから、ユー書いちゃいなよ!(今度はジャニーさん(一応さん付け)かよ?) この間ついに、学童で「あるあるさん」なできごとに遭遇した。 「噛んでたお菓子を見せられる!!」(爆)
ホント、これじゃ育児日記じゃなかとですっ!!(ヒロシ・・しつこい(^_^;))
追記。
BS−2でポルノとギター侍を見て、気持ちが落ち着く。
そーいえば、さっき息子を見て、ふと思った。 この子は大きくなるとどんな顔になるだろう???じっと見る。 系統的には・・・嵐のニノ系に近くなってきたような? ま、所詮親バカですから。(^_^;) あ、息子の好きな氣志團が出た! あ、嵐がまた出た!!ニノをじっと見る・・・・・うーん・・・どーだろ??? ああっ!!ポルノまた出たっ!!やっぱ「渦」のPVはいいよねー♪昭仁ぉぉぉぉぉーーーーーーっ☆☆☆(*^_^*) 昭仁との妄想話がまた書けそうな気がしてきた。(いや、あれは書かなくてもいいような?(-_-;)) 大塚愛の「大好きだよ」って好きだったな。あのドラマ「トキオ」で流れてて、すごくよかった。 aikoもいいけど、大塚愛もいいかも。どっちも関西系だ。 男も女も関西系、やっぱ好きみたい。 で、悔しいけど(って別に悔しがる必要はないけど)、「花」いいよね。 ラップは、良さが相変わらずよくわかんないけど。 早く「いま、会いにゆきます」のDVD、手元にやってこないかな☆ あ、タカノリ!ガンダムシードだよねぇ。 タカノリ、また聴いてもいいかもしれないなぁ。やっぱ基本的に関西系好きなんよ。
つーかさぁ、育児日記じゃないよねぇ、今日のは特に。今は音楽のこと書いてるしさぁ。(^_^;) ああっ!!ポルノのインタビューだっ!!ごめん!!集中するのでさらばっ!!
やっぱし音楽って、人の心を癒したり元気づけたり、クリエイティヴな気分にさせてくれるね。
明日こそがんばろ!
| 2005年03月01日(火) |
たからものなのかもしれない |
朝から調子が悪く、母、起きたら午後1時過ぎだった。 焦る。息子のお迎えが2時半だったからだ。
薬を飲むため、とりあえずごはんをかきこむが・・・ちょっと発作気味になり、しばしの間 自分を落ち着かせるのに必死だった。
スッピンのまま、泣きはらした目も赤いまま、赤い鼻はマスクで隠して学校へ。 先生に「今日の方が具合悪そうですね。目、花粉症ですか?」と聞かれ、 「アレルギーあるので・・・」とつい言ってしまった。 素直に具合が悪いと言えばいいのに・・・。
どんな風景も言葉を聞いても、涙腺が緩みがちになる。
帰宅して息子にたずねた。 「大きくなったらみんなお母さんと話してくれなくなるんだよね、特に男の子は。 たーぼーはお母さんとたくさんお話ししてくれる?」 息子は「うん!たくさんおはなしするよ!!」と屈託なく答えた。 また泣けた。
よし、根性で公文に連れて行く!!
途中、道の端でハトが死んでいるのを息子が見つけた。 「はとさん、しんじゃったの?ぶつかっちゃったの?」 しきりと心配していた。もっともっと言葉を私に投げかけていたけれど、私がそのすべてをここに書ききれなくて・・・。
息子には障害がある。 私が鬱でなかったら、もしかしたら健常児として産んであげられたのかもしれないと、今日も泣いた。 でも・・・親バカなのは重々承知だが、その障害のおかげで、他の子にはない何かがある。 何気ない優しい言葉とか、弱っちいダメ母に対する思いやりとか、純粋さとか。
今もお笑い芸人の歌番組を見ながら 「ネタがいっぱいでよかったねぇ!!」 「よかったねぇ、アンガールズにパペットマペットにヒロシにギターざむらいだって!!」 母、泣き笑い。母の好きな芸人を全て知っている息子。
母がいちばん好きな対決になってしまった。波田陽区とヒロシだ。 この並び、今日の母にとってものすごい支えかもしれない。(え?え?えーーー?!(-_-;))
フフッ・・・波田陽区の笑った顔とヒロシの困った顔(時々笑った顔も)が好きだ。(やっぱマニアックか??(^_^;))
「よかったねぇ、ギターざむらいとヒロシで」と息子。 いや、息子がいちばんのたからものだよね・・・母にとって。 ありがとう、たーぼー。
追記。
よかったね、ヒロシ、優勝で。(笑)(^_^)v ここで息子からもお言葉が。 「うわぁー!!すごいねぇ!!ヒロシさぁーんっ!!!」 以上です。(^_^;)
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