即興詩置き場。

2006年01月31日(火) おっぱい



おっぱい


海岸に沿って並ぶテトラポットには無数のお
っぱいが隙間なく張り付いていて、朝凪の時
刻になるときゅぅるるるぅーとすすり泣くよ
うな音を立てる。声にすら成り切れていない
その音はまるで餓えた乳呑児の満たされない
叫びのようで、呼応するように無数の乳首か
ら黄白く爛れた液が漏れてゆく。そのため夜
明けの数時間は海が白濁するのだが、すぐに
波に洗われて、消える。

海面に近いおっぱいは波に合わせて揺れ動く。
張りの良いものはそれほどの動きを見せない
が、萎びてしまったものは波以上にたなびい
て、時折隣のおっぱいと絡まっていることも
ある。海面下のテトラポットもおっぱいで埋
め尽くされているが、屈折する光によってそ
の姿を上手く見ることはできない。ただ、魚
がおっぱいに近寄ることはない。

ナイフを使ってひとつ、毟り取ると、乳首か
ら粘り気のある汁を流す。ひとしきり流すと
すぐに萎んで瞬く間に原型を留めなくなる。
どこか音を出す器官でもあるのかと探すが、
何も見当たらない。地元の人に聞くとわから
ないと言う。「汁は、かぶれるよ」と、地元
の人はとても嫌な顔をする。

深夜、暗闇の中でふいに灯りを照らすと、乳
首の先端からテトラポットに張り付いている
根元までぱっくりと裂け、細かい牙が繊毛の
ように蠢いている、ような気がした。目をこ
すり、もう一度見ると、おっぱいはおっぱい
のままで、そよとも動かない。じっと見つめ
るが、まったく動かず、どこか遠くを見てい
るような気配をさせて、、、

夜が、止まっている。
水平線に、光はない。



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