kumohikaruの日記
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2004年10月23日(土) 新潟中越地震はここにも

新幹線で東京の「谷口令風水カウンセリングカレッジ」の新コースの初日の

勉強に行きました。

 久しぶりに先生や同期の生徒と会いました。夏休み中のリポートや宿題など

苦しみましたが、また、同じ時間をもち勉強できるのかと、ほんわかあたたか

い気持ちになります。

 楽しくも充実した授業も終わり、時間のある仲間とお茶の時間をもちまし

た。私は遠いので、主食もそこでとりました。その最中に地震がありました。

お店の私達の頭の上の照明(シャンデリアかな)も大きく揺れました。

 それが、二度、三度。仲間が御主人に携帯で確認すると、震源地は新潟だと

か。私の新幹線は、少し遅れるかしら...。

 携帯は地元につながらず、ひとまず早めに東京駅へ向かいました。東京駅へ

着くと、新幹線の改札に「新潟、長野新幹線は本日の運行は終了いたしまし

た。」と掲示されています。午後8時前なのに〜。

在来線をつかって帰れるかと駅員さんに聞くと「在来線も通っていない。」と

か。「帰れない。」

ふだん携帯に入っている友だちの連絡先はほとんどメールアドレスです。

携帯からの電話がつながらないときは、固定電話や携帯の電話番号が解らない

と不自由です。「どうしよう。」友だち二人にメールをいれました。こちらの

状況は伝えましたが、なかなか電話がきません。後で、電話はかからず、メー

ルもかえってきてしまったと聞きました。すみません迷惑かけました。

東京駅ステーションホテルに行って泊まれるか聞きました。ダメです。みんな

同じように困っているので、ホテルの前に宿を探す人がいました。

新幹線の乗車駅でJRのシテイホテルの宿泊プランのパンフレットをもらってお

いたのに気づきました。いぜん女性向けの企画のパンフレットをもらって真剣

にどこに泊まろうか考えたことがありました。

「そうだ、あのホテルにしよう。女性にやさしそうで女一人にはいいよね。」

今回、兄に以前もらっていたタクシー券がありました。現金も仲間に立て替え

てもらっていた分の返済用としていつもより多くもっています。返済が思った

より少ない金額で済んでいました。

パンフレットのホテルの写真は特徴的な建物でタクシーの運転手さんもそれで

行き先が解りました。

ホテルで事情をいうと、調べてくれ「キャンセルがひとつでたので、そこでよ

ければ」

「デラックスツインで◯◯円になりますが?」

「た..高い」こうなったらお財布から、お札といわれるものを全部出してみま

した。帰りの新幹線代確保ホテル代あと何枚か。

「いいです。」

公衆電話で家の者と連絡し、ホテルで泊まるからと安心してもらいました。友

人にも連絡とれました。

週末なので、予約なしで宿泊できたのはラッキーでした。

地震のニュ−スであまり眠れませんでしたが、その日いただいた先生からの花

束や仲間のおみやげのマンゴーや入浴剤やピカソの絵のファイルなどなどが、

素敵なホテル空間をつくってくれました。

眠ることの心配だけでも不安な気持ちになります。新潟中越地震お見舞い申し

上げます。





2004年10月22日(金) 頑張れ練習帆船「海王丸」

  台風23号で「海王丸」が大変です。

 「海の貴婦人とよばれる『海王丸』のマストが揺れています...」で始まる

 テレビの現場からのリポートもありました。

 4本のマストが台風の風や波に揺れていました。

 予想を超える風に、錨もエンジンも機能を失い富山港に衝突したそうです。

 船体に水が、発電機も使えません。


 縁があって、昨年横浜港で船内を見学させていただきました。

 帆船に必要な帆の布や紐など、遠い未来のための予備をいつも用意できる

 ようにしていました。練習生が紐を作ったりもするそうです。


 これからの船員さんを教育訓練するための世界最大級の練習帆船「海王

 丸」。

 唯一一般の人の研修もできる練習船です。いつか乗船しようと思っていまし

 た。

 けが人はでたものの、全員助かってほんとうになによりでした。

 みんな助け合って歌も歌っていたとか、、、。

 また、その姿を見せてほしいです。

 そして、いつか研修してみたいと思っています。

                     頑張れ 「海王丸」

 

     



 


2004年10月15日(金) 小さな泉

  頭の中にある人を思い浮かべると

 なみだが流れ落ちる

 感情からくるものではなく

 自然とどこからともなくきて 頬をつたい落ちる

 
 もう言葉では伝えられないので

 どこからかの意志が 信号として

 なみだになるのだろう


 感情ではなく 天使に抱かれているような

 とても不思議な時間

 小さな泉がそこにある


2004年10月01日(金) 薪能 その夜


  いつものように夜仕事をしていたら

 8時半をすぎて御婦人方のグループが5人

 御予約の旅館に宿泊の御婦人が2人

 着物を召された10人の御婦人のグループが

 ほとんど同時に来店されました。


 最初の方々が、「薪能を見てきたんだけど、少し寒かったので温かいものが

食べたいわ。」

 宿泊の親子の御婦人は、神奈川から先月パリのお孫さんたちとみえた御婦人

と地元のお嬢様です。薪能のことがここの温泉のホームページに載っていたの

で、来たそうです。先月、「とても美味しい」と喜んでくださいました。また

の御利用ありがとうございます。


 少したって、市役所の御予約のお客さまがみえました。

 立派な男性と素敵な奥様、御子息でしょうか。3名。


 この夜、小諸市市制50年の記念事業で城跡である「懐古園」で

「小諸城址懐古園薪能」が行われました。


 コースの予約は懐石風にコースになっていて、それとは別に飲み物が自由に

頼めます。

 市役所の予約の3名様の飲み物は、他の者が伺いました。ワインもといわれ

たのですが、他の者が私にふってきました。

 男性がメニュ−を見ながら、「赤で辛口で、、。」と私は、「どうしよう、

あまり辛口の種類はないし、あまり詳しくないし、いま女将はいないし。」


と頭の中を思いが駆け巡りました。きっと表情に出たのでしょう。

すかさず「これでいいです。」といって、チリワインのリーズナブルなものを

さして、「冷たいもの、あとで部屋へもっていきたい。」と言われました。


 たぶん「能」のすごい方なのだろうという認識でした。

 コースの料理をおだしするのも緊張します。

 立ち居振る舞いも、いつもより気になります。でも、何かいうと「大丈夫で

す。」「いいですよ。」温かい言葉がかえってきます。

 息子さんにでしょうか、男性がこのあたりの「布引き観音」にまつわる「牛

に引かれて善光寺」の話を語っていました。


 帰られる時、他の者に「残ったワインを持って行っていいですか。」と聞か

れたそうです。そしてそのワインは、この夜、その方によって飲まれました。

たぶん。


 重要無形文化財保持者でその夜「船弁慶」のシテをされた金井 雄資様だと

のちに解りました。

 いたらないところがたくさんあったと思い、また、ワインを在庫のうちから

選んでいただかなかったのが惜しまれます。

能は観ていないけど、その寛容な包容力のようなものに触れたような気がしま

した。

 奥様もとてもおやさしくて、、、。


 機会がありましたら、能も鑑賞させていただきたいと思いました。よろし

かったら、素敵なワインをおだししたいと思っております。












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