DEAD OR BASEBALL!

oz【MAIL

Vol.203 我執のベクトル
2008年12月04日(木)

 今年のドラフト会議で千葉ロッテに2位指名されたホンダの長野久義が、正式に入団を拒否するという。

 長野がドラフト指名による入団を拒否するのはこれで二度目。日大在学時の2006年にも、日本ハムの4位指名を受けたが拒否している。その頃から一貫して巨人志望を口にしており、意中の球団から指名がない限りはプロ入りしないという強固な意志を見せていた。それが今回も発揮された形だ。

 入団を拒否すること自体は長野の自由意思なので、それについて批判する権利は私にはない。気になるのは、プロ野球の世界に入るということについて、長野自身がどういった考えを持っているのかということだ。

 プロ入りする為の目的は、千差万別でいいと思う。日本最高の野球ができる環境で活躍することでもいいし、自分の能力をもってして巨万の富を得ることでもいい。単純に野球が好きだから、というのも当然有りだろう。しかし、一連の長野の態度を見る限り、巨人の選手になるという以上の目的が見えてこない。

 平たく言ってしまえば、巨人に入団できたら、そこでこの選手の野球人生が完結してしまうように見えてくる。プロ入りしてから何をしたいのか以前に、巨人に入って何がしたいのかすら見えてこない。活躍するということに対する意思のようなものが、何となく希薄に見えてしまう。

 本人の中でそうでないにしても、周囲からは「こいつ、希望球団に入ることが目的で、そこで何をするかは目的じゃないのか?」と見られかねない。“その先”の意思が見えない選手を、希望球団が好意的な目で見るかという問題提起が、本人の中で出来ていないように見える。

 平たく言えば、自分自身を客観的に見て、それに基づいた判断を積み重ねていく能力が、致命的に欠けているように見える。そしてその能力は、どんな分野においても成功するには必要不可欠な要素に思える。

 自分がどういった立場の選手で、どのような目で見られ、どのように評価されているのか、そういった周囲との関わりについてあまりにも鈍感な態度を晒してしまう。自分の意思を貫くと言えば聞こえはいいが、交渉の為にホンダの寮まで出向いた監督のボビー・バレンタインに対して、顔すら出さなかったという報道を考えると、これは単なる我執だろう。

 それでも前回は大学・社会人ドラフトで4位、今回は全体ドラフトで2位指名を受けているのだから、プロ球団がポテンシャルを認めている選手ではある筈だ。しかし、前回は日本ハムのことを「一番嫌い」と言い放ち、今回はロッテが2位指名した瞬間目を丸くして絶句していた。そして交渉の為に訪れた監督に顔も出さないという態度。大学・社会人で揉まれた割には、人間性があまりにも幼いように見える。

 長野自身は、待っていればいつか巨人が他球団の横槍が入らない順位で指名してくれると信じているのだろう。スカウトからどのような話があったか、そもそも何らかの話自体あったのかすらわからないが、長野がこれほど盲目的になっているからには何らかの根拠があるように見えるフシがある。或いは、純粋な盲信なのかもしれない。

 どちらにせよ、非礼さを隠せない幼さと、それに対する反応にあまりにも鈍感な自分に対して、来年以降も巨人が自分を好意的に見てくれるかという判断ができていない。そもそも巨人は長野を指名する意思があるのか、相思相愛ならばなぜ一番高い順位で指名しないのか、巨人は自分を必要な戦力として見ているのか……いくらでも自問自答を繰り返す余地はある筈だ。そして、その自問自答を繰り返すことができる能力は、プロ野球に限らず、人間が上のステージに上がる為には必要不可欠な能力だ。

 長野にしてみれば「なぜ日本ハムもロッテも自分を指名するんだ。なぜ自分を巨人に行かせてくれないんだ」と思っているのかもしれない。もしドラフトのルールに文句があるなら、それを堂々と訴えればいいと思う。逆指名を復活させてくれと言えばいい。しかし、仮に逆指名制度が復活したとして、そうすれば巨人が長野を逆指名対象にしてくれるという保証はどこにもない。

 「タレント揃いの巨人よりも、日本ハムやロッテの方が外野のレギュラーは取れるだろう」「巨人に入っても巨大戦力に埋もれる可能性大なのに、プロで活躍してこそナンボ」という意見は、今回と前回の長野の態度を見る限り無意味だろう。巨人にさえ入れれば戦力になれなくてもいいと思っているのか、巨人に入れば活躍できるという絶対的な自信があるのか、どちらにしろ長野の言動から垣間見える価値観とは相容れない。

 一連の態度によって、長野に対するバッシングが激しくなっている。少なくとも、ポータルサイトのニュースコメントやブログのエントリに、長野に対する批判が集まっている事実はある。それらの価値についての是非はあるが、どういう形にしろ長野に対しての心象が悪くなっているのは確かだろう。球団イメージに人一倍気を遣う巨人という球団が、来年以降そんな自分を指名してくれるのか。そういうことに考えを至らせない人間を、巨人が好意的に見てくれるのか。

 今回、長野がした致命的なミスは、2度目の入団拒否という事実ではない。入団拒否に至る一連の言動と、そのことについてあまりにも無自覚で無防備な、その幼さを曝け出してしまったということだ。

 23年前のドラフトを振り返ってほしい。清原和博が、相思相愛と思われていた巨人からソデにそれながら、入団した西武で1年目からモンスター級の成績を残したという事実。

 清原には怒りと悔しさがあった。巨人が自分ではなく桑田真澄を1位指名した瞬間、高校でモニターを見つめていた清原は、目を真っ赤にして体を震わせていた。その後、オールスターゲームでも日本シリーズでも、巨人相手の時には超人的な活躍を見せた。1年目に出場したオールスターゲームではヒーローインタビューも受け、『巨人のユニホームを着ている人を見るとムカムカしてくる。どうしても負けたくない』と言い放った。

 巨人を倒す、自分をソデにした巨人を絶対に見返してやる……2年目、巨人を相手にした日本シリーズ、日本一まであと1イニングという場面で、ファーストを守っていた清原は人目も憚らず涙を浮かべた。その涙には、ついにここまで来た、この手で巨人を倒す時が来たという清原の意地とプライドが詰まっていたように思う。

 私怨を肯定する訳ではない。だが、ドラフトでの因縁が、プロ入りした清原に強烈なモチベーションと上昇志向を植え付けたのは事実だろう。その反骨精神が、王者西武の4番という地位を築く一助になったのではないかと思う。

 あの頃の清原も、確かに無防備で幼かった。巨人入りを無邪気に願っていた清原に我執があったのは事実だろう。ネットが発達している現代ならば、清原をバッシングする論調も流れただろう。しかし、清原はプロ入りし、そして結果を残した。それも破格の結果を残した。我執を私怨というバイパスを通じて野球へのエネルギーに変換した清原は、歴代5位の525本塁打、歴代6位の1530打点、歴代1位の1955三振等という記録を残し、数々の伝説的なシーンと共に記憶にも残る大選手になった。

 長野の我執は、野球ではなく巨人に向いている。いや、巨人に入ることを熱望し、その状況に酔っている自分自身に向いているように見える。傍目から見て、何より巨人のスカウトから見て、そんな自分が魅力的に映るかどうか、今一度真剣に考えてみるべきだろう。己に向く我執が強まれば強まる程、長野自身が望む結果からは遠ざかっていく。そんな気がする。



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