てらさき雄介の日記
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2004年04月30日(金) 新宿には暴力団が多い?

仕事の関係で新宿へ行きました。「新都心新宿24時間」的な番組によると、日本で最も治安の悪い街だそうです。怖いという方もいらっしゃいますが、学生時代からよく行くためか身近に感じます。

そしてこの街には多くの暴力団が存在いたします。歩いているだけで、いかにもそれっぽい方に出くわします。最も最近は見かけだけでは判断つきにくいですが。

市議時代に、相模原市内の暴力団の実態と対策について本会議で発言したことがあります。深作欣二監督は大好きで、仁義なき戦いも多く見ました。しかし「かたぎに迷惑をかけない」は嘘であり、かたぎからお金を吸い上げることによって暴力団は存在します。

暴力団の社会的存在意義が全くないとは言えませんが、私は正直好きではありません。多くの国民もそう思っているはずです。

右翼や暴力団に対する風潮が甘すぎるのは、私の好きな同上の映画によるもものかもしれませんが、実際多くの場所で暴力団により被害を受けた方がいます。警察や政治など一部の視点ではなく、社会全体で監視していくことが大切です。


2004年04月29日(木) 今日は「みどりの日」

今日は国民の祝日みどりの日です。元の天皇(昭和天皇)誕生日です。ここでは天皇制云々ではなく、祝日についての私見を書きます。

祝日には祝日にした理由があります。それを記念し、確認するために祝日に指定しています。会社や学校などが休みであることは、それに付随するものであって、祝日と休みはイコールではありません。

今日4月29日のように、かつては今上天皇の誕生日を祝うという趣旨からの祝日であったのに、その後休みの維持のために名前を変えてまでその日を存続させるのはどうかと思います。引き続き祝日にするのなら、「昭和天皇誕生日」でいいのです。

10月11日体育の日もそうです。かつては10月10日でした。日本復興の大きなきっかけでもあり成果でもあった、東京オリンピックの開会の日です。体育の日などという抽象的な名前のため、安易に日をずらせるのであって、最初から「東京オリンピック記念日」にすればよかったと思います。

改めて祝日を点検すべきです。意義の失われたものは廃止し、意義あるものは、ともにお祝いできるようにすべきです。もちろんその当日にです。


2004年04月28日(水) 相模原経済と横浜経済〜横浜市経済局長の講演〜

昨日に続いて横浜です。私を支援いただいている相模原市内の経営者の方のお誘いで、講演会と食事会に行ってまいりました。

当初中田横浜市長が講演者の予定だったのですが、急遽の欠席ということで、代わって横浜市経済局長のお話を聞きました。

「横浜経済の現状と、今後のあり方」がテーマでした。中身で印象的だったのは、外資系企業の進出が東京23区を除くと一番であることと、行政が積極的に産業に関わっていることです。

役所の方の講演であることを差し引いても、行政が手を出すとだめになると言われる産業とは、また違う味を感じました。横浜ならではかもしれません。

最も気になったのは、講演中に何度も出てきた「横浜経済」という文言です。翻って、市議6年間のなかで「相模原経済」という言葉を聞いたことがありません。これは自分にとっても不覚でした。市があるということは、そこにひとつの圏域があるということです。従って経済圏もあります。地元だけ見ていては狭い価値観になってしまいますが、市をひとつにくくって、経済を考えてみる必要もあるのかもしれません。

相模原市は産業の集積によって発展してきたと言われています。その通りの面もありますが、一方で、そこで働く方の住宅地として発展してきた面もあります。昨今産業の空洞化といわれ、コストの安い地域や国に産業が移行しております。

日本国内のみで捉えるならば、相模原市の周辺に位置する産業と、住宅地相模原市がどうアクセスするか。世界で捉えるならば、製造地のアジアと頭脳たる日本をどうアクセスさせるか、この視点に限定した対策をとる時期かもしれません。


2004年04月27日(火) 労働組合と民主党の関係

今日は横浜のあるパーティーで、多くの労働組合の方とお会いしました。民主党の最大の支持団体である労働組合「連合」と、党の関係については様々議論があります。

民主党が自民党に対抗する二大政党を目指している以上、労働者の層にこそ支持を求め、かつ政策を訴えていかなくてはなりません。しかし組織と組織の関係になると、様々な複雑な課題があるのも事実です。

政治家がふらふらと党を移り変わる風潮がある中で、ひたすら非自民を貫いてきた労働組合に対しては、もっと敬意を持って接し連携すべきだと思います。

一方で今回の参議院選挙の全国比例の候補者に見るように、結局全国規模で選挙が展開できる民主党の支持団体は労組のみの現状です。もっと広範な層にむかって努力をしなくては、政権党たることはできません。

民主党と労組の問題は、その全てが党の側にあるのです。多くの様々な呼びかけを積極的に行っていくべきです。政策についてもともにつくっていくべきです。


2004年04月26日(月) お世話になっている皆様との思い出

最初の市議選からお世話になっている方から食事に誘っていただき、夕刻よりご一緒いたしました。

二世議員でもなく、他のあらゆる組織団体からはじまったのでないのが、私の政治活動です。その醍醐味は、全ての支援者の方との出会いと、その後の思い出があるということです。

今日ご一緒したのは、8年前の市議補選のときに、その方の事務所が入っていたビルの一室を、私の選挙事務所に借りられるように手配してくださった方です。その後も節目節目に、色々なご相談にのっていただいております。

思い出にひたる年でも時期でもありませんが、そういう思い出が私の活動の原動力になっているのも事実です。ひとつひとつを忘れずに頑張ってまいります。


2004年04月25日(日) 横浜中華街へ

青年会議所の家族例会で、横浜中華街へ行きました。基本的には食事会ですが、それぞれの家族の紹介と、家族へのJC活動の報告もありました。妻と二人で出かけることはあまりありませんので(きっとみんなも)、貴重な機会でした。

中華街は不景気もどこ吹く風で、新しい建物が林立し、肩と肩がぶつかるほどの通行量です。世界の横浜ですからでしょうが、凄かったです。

アジア各国にはどこも中国人街がありますが、日本の中華街ほど治安もよく、日本人とともに街づくりがされているところは少ないと思います。相模原市にも約1万人の外国人がいます。色々な意味で互いを理解しあえる街づくりがしたいものです。


2004年04月24日(土) 新たな友人の結婚披露宴・・そして朗報も

最近新しく友人になった方の結婚披露宴に出席いたしました。多くの若い仲間により、非常に盛り上がった会でした。

現実の政治は複雑な人間関係によって成り立っておりますが、多くの方が私のことを心配してくださっているのを肌身で感じ、一層の奮起を自ら誓いました。ありがとうございました。

さて別の話しですが、家に変えると相模原・津久井合併協議会事務局から郵便が来ていました。先般申し込んだ、合併協議会のなかの「まちづくり検討委員会」の公募に合格し、委員になった旨の通知でした。諸般の事情があったと推察いたしますが、勇気も持って(?)選考いただいた皆様に感謝申し上げます。

第一回会議は30日に開催とのことですが、精一杯頑張ります。


2004年04月23日(金) 相模原市長のありかたについて、その

来年1月に市長選挙をひかえ、最近関係者が騒がしくなっています。しかしほとんどは生臭い話ばかりで、肝心の現在の市政の問題点と解決策について論じる意見は少ないです。

小川市長がどうかという話しをこえた、現在の相模原市そして行政そのものが抱える課題は、いかにして市民参画をはかるかということです。総論として、そのことは総合計画にも盛り込まれていますが、実際政策の形成過程でどれだけ市民が参画しているかは疑問です。現在の審議会などは、市民の意見もきいている程度のものでしかありません。

ではどうするか。役所の政策形成過程のなかに、具体的に市民を入れることです。当面は一般公募ではなく、関係の市民団体の方でも構わないと思います。政策をつくる最初の段階こそ重要です。

そして行政マンを含め、政治に携わる者の感覚も変化させなくてはなりません。地域における市政懇談会に一般市民を参加させないことの理由のなかに、騒がしくなって本来の意見交換ができないなどと、真面目に答弁されたこともあります。制度に加え意識改革が必要です。


2004年04月22日(木) 他の候補者の支援について

自分自身が次期を目指して活動中ですので、まず自分自身の身をたてることが第一です。しかし政治家として、各種選挙に積極的に関わることも、理想の社会を実現するためには必要です。

今日、藤井代議士の事務所で参議院選挙についての打ちあわせをしました。私は民主党所属ですので、同じ政党の候補者を基本的には支持いたします。しかし、それはあくまで基本的にであって、どれだけ気合が入るかは、その候補者によります。そういう意味では浅尾慶一郎さんは、以前から親しくさせていただいているだけでなく、国会における実績も多大なものがありますので、最大限応援できます。

この他の各種選挙についても、誰をどれだけ応援できるかの基準は簡単です。私のことを支援していただいている皆さんに、この人を頼むと言えるかどうかです。私の支援者は等しく、現在の政治の改革を目指すメンバーです。半端な方をお連れしたのでは、逆に、日頃私が言っていることと違うではないかとおっしゃられてしまうのです。それも最もです。

お前は何様だ!と言われそうな内容の文章でしたが、他の政治家を見る目も厳し目でいきたいと思います。


2004年04月21日(水) 公人と私人

昨日大勢の国会議員が靖国神社に参拝しました。首相の参拝のときによく話題になるのが、はたしてそれが「公人」としてか「私人」としてかということです。

確かに仕事の時間とプラーベートな時間との違いはあります。現在の社会では、この区分けの認識がある程度醸成されています。政治家が家で何をしているかを、どうこう真面目に言う人はいないでしょう。

靖国が議論になること自体、ここに参拝している時間がプラーベートであるとは客観的に見れないということです。首相は自民党総裁選挙の公約の柱として、靖国の参拝をあげていました。つまり政治家としての行動なのです。「私人」として、という言い方は適当でないばかりはなく、虚偽とも言えます。

友人の経営者によると、家を一歩でたら仕事だということです。厳しい意見ですが、志願してその職にあることなども鑑み、政治家にもその感覚が必要です。つまり家にいる時意外は「公人」と「私人」の境はなく、ただ政治家としての責任があるということです。


2004年04月20日(火) 金正日の中国極秘訪問

私が北朝鮮に旅行に行ったのは、7年も前のことです。お決まりのコースを監視付きで観光しながら、共産圏特有の空虚な町並みを見ました。ルーマニアや、ポーランドなどと感覚として似ていると思いました。

人間が生きる社会は、そんなに立派なものではありません。迷いや、誤りや、どこかにいい加減さがあることが必要な面もあります。つまり感情を表現するということです。

人間を大切にすべく発生した共産主義が、結果としてあのようになってしまったのは残念です。なんとなく当たり前になってしまいましたが、何で世襲なんだい!と思ったことを、皆さん思い出しましょう。

日本の二世議員もそうですが、それが生まれるのは、ある利権を存続させる力によるのです。北朝鮮は、国家の利益が国家元首に直接帰属してしまっているということです。

北朝鮮で印象的だった出来事を、ひとつ書きます。同行していた現地旅行社の通訳(政府の人間)に対して、ある日本人観光者が、日本の週刊誌を手渡しました。それを渡された北朝鮮人は、背広のなかに急いで隠しました。見つかれば大罪ですが、それでも見たかったのでしょう。(申し添えますと、安易にこういう行為をする日本人は問題だと思います。)

いかなる根拠があるにしろ、言論と表現の自由は、民主主義社会にとって失われてはいけません。その意味からも、現在の北朝鮮の政治体制を、私は否定いたします。

昨今日本でも、理由をつけながら言論の自由を制限する傾向があります。話題のタブーも、現に存在します。制限が徐々に減っているならば、民主主義の成長中ということで評価できます。しかし最近は、制限が増えている気がします。それは民主主義の後退です。


2004年04月19日(月) かつての職場、衆議院議員会館

霞ヶ関に用事があり、せっかくなので国会周辺でお世話になっている方のところへご挨拶に伺いました。市議時代は、時々衆議院の傍聴などに行っていましたが、昨今ではとても久し振りでした。懐かしかったです。

ひとつ自慢をします。国会に私のポスターが貼ってあるのです。私がかつて秘書をしていた伊藤達也代議士の事務所の部屋にです。今日訪問したら、いまだに貼っていただいてました。言葉にできない感動です。ありがとうごさいます。だから言うわけではありませんが、伊藤代議士(現金融担当副大臣)は数少ない本物の政治家です。しかし選挙情勢は厳しいです。皆さんのご支援をお願いします。

さて全く別の話しで、ひとつ気になったことがあります。駐車場に車を停めてから、各所訪問を終わって車を出すまでの一時間少しで、実に5人の知人に偶然会いました。私がここで働いていたのは、既に八年も前のことです。しかも基本的に地元勤務だったので、国会周辺に多くいたわけではありません。結果思うのは、それだけ政治の世界とは狭いところなのです。無論それで良いわけではありませんが。

国会はどなたでも訪問できますし、会議も無論傍聴できます。いつでも言っていただければ手配いたします。


2004年04月18日(日) 合併協議会公募委員に応募しました

いつかこの日記にも書きましたが、相模原市と津久井3町との合併協議会の公募委員会に応募いたしました。「合併を踏まえたまちづくり」というタイトルでの800字程度の論文を提出との条件があり、下記がその全文です。字数が制限されているため、最も基本的なことのみ書きました。


「合併をふまえたまちづくり」

 全国における昨今の合併議論の盛り上がりは、その端緒となった政府の提案と推奨のみがきっかとは思われません。最大の要因は社会環境の変化に伴う生活圏の拡大であります。現在とのギャップという点でとかく例に挙げられる都道府県制度は、旧くは大化の改新にその源流を見るとさえ言われているように、既存の行政範囲を維持することは、生活に密着すべき地方行政が、その範囲において基本的な限界を抱えていることになります。
 相模原市は、本年市制施行50周年の記念すべき年を迎えましたが。その原形である相模原町の成立自体が、当時においては大規模な町村間の合併であったことを思えば、現在の市の発展の基礎的要因に、合併によるスケールメリットの拡大があることは、私のみならず多くの市民が自覚するところであります。今回共に合併を協議する城山・津久井・相模湖の3町は人口と財政力こそ相模原市に及ばないものの、その面積においては相模原市の倍以上あり、これ自体が大きな財産と言えます。
 また住宅を基本とする相模原市のまち並みとは違い、緑と自然を中心とする環境は、単にないものねだりと言うことではなく、人間が社会の中で生きていく上でかけがえのないものです。具体的な新市建設計画が、単なる互いの総合計画の羅列ではなく、協同による将来を見通した上で調和をされていることも重要なことです。
 また、合併のもうひとつの意義は、来たるべき高齢化社会を見据え、効率の良い行政体をつくりあげていくことにあります。議員特例の存在などが果たして、これに反しないのか検討も必要です。
 どちらにしろ、単に行政テクニックに偏重する合併議論ではなく、市民の率直なまちづくりに関するビジョンと思いを議論していくことが必要と考えます。僭越ながら、その一端に加わりたく委員会に応募いたしました。何とぞよろしくお願い申し上げます。
                
                            寺崎雄介


2004年04月17日(土) 久々に地元上溝の会合

とても久ぶりに地元上溝の会に参加いたしました。本年退職された上溝小学校の校長先生の送別会です。

市議時代は様々な地元の宴会に出ても、いつも同じ顔が多いなあ、と思っていましたが、今や懐かしいお顔ばかりで、嬉しいひと時を過ごせました。

数人の方から、市議に再び戻ったほうがよいとのありがたいお言葉もいただいただきました。

しかし、自ら市議の辞職願いを書き県政を目指した思いは、いまだ実現できていません。再び県会に挑戦するという決意は揺らいだことがありません。あわせて私と思いを共有できる方が、地元から市議になってもらえるよう微力を尽くしたいと思います。


2004年04月16日(金) 審議拒否、それは最悪の戦術

民主党はじめ野党の大部分が、年金問題などで審議拒否をしています。議会運営が思い通りにならない結果です。

政府を組織している与党が、国会でも過半数を占めているため、少数の言うところの数の横暴がまかり通ってしまうことも確かにあります。しかし政治家であるならば、議論を通じて問題点を明らかにすべきであって、審議そのものに参加しないことは問題です。第一相手を利するだけです。

国会のなかで発言の機会を得られないならば、政治家には最も効果のある手段があります。それは議会の外に出て、有権者に直接訴えることです。審議拒否をしては、その有権者に理解が得られません。審議に参加しつつ、議会内外で発言する手法をとるべきです。

民主党も結党当時は、かつての社会党のようにはなるまいと皆言っていました。しかし野党が長くなると、どうしても手詰まり感からでしょうか、同じような行動になってしまいます。

神奈川県議会では野党自民党が、同じような手法をとっています。日本に健全野党が育ちにくい現状があります。だからこそ、ひとつひとつの審議の場を大切にすべきです。

市議時代少数会派を経験しました。私たちだけでなく、他の議員も意見は言っても、最終的に日程が決定されれば従いました。当たり前のことです。


2004年04月15日(木) 一年が過ぎ、あと3年の月日

昨年の県会議員選挙の投票日は、4月13日でした。あれから1年が過ぎたのです。率直に言えば、長い一年でした。市議現職のときは、あっと言う間に過ぎ去った4年間でしたが、まだ一年かと思います。

しかしこれは悪いことではありません。体感速度は年齢に連れ、速くなっていくと言いますが、この年で充実した日々を遅らせていただいています。この日記もそうですが、日々ひとつひとつ節目をつくりながら、残りの3年間頑張ってまいります。

今後ともよろしくお願い申し上げます。




2004年04月14日(水) バーべキュー大会まで日が迫ってきました

後援会主催のバーベキュー大会まで日がせまってきました。準備などは後援会の皆さんがして下さっていますが、何をおいても多くの参加者を募るのは私自身の仕事です。

顔を知っていただいて、声を聞いていただいて、そこからしか政策や人間性を理解いただけない部分があります。政治とは直接関係ない、このような企画をする意味を改めて考えなくてはいけません。

行事づくしで、一体何が本来の仕事かわからなくなっている方もいますが、政策を訴える場としっかり認識し、当日努力いたします。

皆さまのご協力は本当にありがたいです。


2004年04月13日(火) ひたすら党の会合

JR相模原駅前の中華料理屋で、民主党支部の会合がありました。午後3時半より参議院選挙打ちあわせ、4時半より四役会、6時より常任幹事会、そして6時半より懇親会と正直長かったです。

懇親会からは藤井裕久代議士も参加され、イラクの情報など、個人的にいくつか意見交換ができました。

政党とは政策を共有するメンバーが、それを実現すべく組織した運動体です。とかく選挙、選挙で一番肝心の政策がおろそかになりがちですが、少なくとも民主党は、そうでないようありたいものです。





2004年04月12日(月) だめで元々、しかし訴えるのは政策

他の議員候補者だった方の支援者のところに、後援会事業のお願いに伺いました。私もこういうことでは奥手のため、恐る恐るだったのですが、言われたことは「そんなことは、営業と一緒でだめで元々だと思え」です。その通りです。

今日はあわせて月に一度の後援会役員会でした。毎回ありがたくて涙が出そうです。しかし政治家とは、社会全体の上に立っているのであって、自らの後援者のみのために存在するわけではありません。

むしろ自分の支援者とは別の皆さんのところに、政策を訴えることこそ重要なのかもしれません。

一度当選すれば、自分の枠を守ることに専念するあり方が、結果それ以外の方に疎外感を持たせ、政治不信や無関心につながっている現状があります。




2004年04月11日(日) イラク人質事件での二つの思い

私は天邪鬼なのでしょうか。どうもこの事件についての報道の仕方、議論のあり方に疑問を感じます。

政府が何と言っているかは別にして、イラクはどう見ても戦場です。今回人実になった3名の方も、だからこそ救援に向ったのだと思います。そしてNGOの原則は自己責任です。その行為によって政府の政策が左右されるようなことはあってはなりませんし、またNGOの方も期待していないと思います。

マスコミのあり方も疑問です。人質になった方の家族の映像に何の意味があるのでしょうか。家族の心境は察するにあまりありますが、それを加えて映像にすることに何の意味が?「これだけ家族が困っているのだから、自衛隊を撤退すべき」とまで言い切るのならまだしも、そうでもありません。つまりワイドショー根性ということです。自衛隊派遣に元から反対している私も、この報道のあり方はよくわかりません。

さて政府です。NGOは自己責任と言いましたが、その意味は政府の政策がそれによって変更されてはいけないということです。しかし、それがどんな経緯であったにしろ、国家の意味は国民を守ってこそあります。もっとがむしゃらに、一生懸命人質になった方々を助ける努力をすべきです。最近愛国心を教育現場などで強制する意見がありますが、何をか言わんやです。国が必死で国民を守れば、愛国心は自然に醸成されます。

人質の自己責任と、政府の弱さ。この決して矛盾しない二つを思いました。


2004年04月10日(土) 久々に街宣車乗車・・・そして思う

参議院選挙の運動で、とても久しぶりに街宣車に乗りアナウンスいたしました。最初は調子が出ませんでしたが、徐々に声が響くようになってきました。

ここでまた悩みです。街宣車で名前を連呼することに何の意味があるのか!?自分自身多々経験しながら、いまだに疑問です。

街宣車で政策を訴えることは、まず不可能です。とすると、街宣車を皆んなで禁止すればいいのではないか。そう思います。冠婚葬祭への寄付の禁止など、あまり政治家として意味のないことは、皆で禁止してきた経緯もあります。街宣車もその対象とすべきかもしれません。


2004年04月09日(金) 小田急線の上溝延長

「小田急線が上溝に来るんだって?」と近所の方に質問されました。そんな事実はないということを説明いたしました。

事実は、それを相模原市が希望しているということです。小田急電鉄に要望書を出していることは事実ですが、現状では実現は困難です。

この種の誤解は他にもよくあります。行政の説明不足もありますが、責任は各種議員に大きくあります。

選挙の際に、「小田急線が上溝まで来る」「リニアモーターカーが橋本に来る」「相模線に作の口駅ができる」などなど、できもしないことをあたかもすぐに実現するかのように言っています。

まあ、現在の民意がそれで「あの人に投票しよう!」とはなるはずもありませんが・・・。主張の良し悪しは別にして、少なくとも市民が誤解しないような正確な訴えが必要です。


2004年04月08日(木) 独裁は何故いけないか

独裁は何故いけないのしょうか。少なくともアメリカと、その同盟国である日本では「悪」とされています。フセイン大統領などは、その映像のみで“悪の権化”になっていました。

相手の考え方を尊重するのが民主主義であるのに、民主主義の解釈自体については狭い考え方が蔓延している気がします。

民主主義が「善」であるという表現は適当ではありません。民主主義は制度でしかなく、その結果としての社会の姿で評価ができます。しかし独裁政治は、その政治の中身がどうにしろ「悪」であると考えます。

何故か。人々から税金を集めるという“強制”をする権利が、人民自身にしかないからです。言い方を変えれば、法律の適用など“人を傷つける行為”をすることも人民自身にしかありません。

以上は学説でなく、私の意見です。冒頭にも書きましたが、民主主義は多様性こそ重要です。違った民主主義観を抱擁し続ける努力を、政治に携わる人間はしなくてはなりません。


2004年04月07日(水) 合併協議会に応募します

相模原市と城山町、津久井町、藤野町の任意合併協議会が設立されました。第一回会合が30日に開催されます。

協議会のなかに「まちづくりの将来ビジョン検討委員会」という一般公募による会議体ができます。その公募に立候補することにしました。手続きは簡単ですが、人数が1市3町あわせて30名程度ということで、任命いただけるかはわかりません。

相模原市の将来を大きく左右する合併について、深い議論が行われていない現状があります。何とか発言の機会を求めたいと考えていたところ、この公募がありました。

審査するのは市役所ですので、迷惑がられるかもしれませんが、結果については改めてご報告いたします。


2004年04月06日(火) イラク統治は何のためか

イラク国民の6割はシーア派だそうです。その指導者を連合軍政府が指名手配し、幹部などが逮捕されています。報道を見ていると、混乱を収めるためとのことですが、「暴徒?」の要求はアメリカ軍の撤退だそうです。

日本国憲法が制定されてから半世紀が経ちました。9条が大きくクローズアップされますが、他にもこの憲法には議論すべき点があります。それは、アメリカンデモクラシーは日本に馴染むのかということです。答えは否です。自分自身政治の世界にいて、どうもしっくりこないことが多々あります。

民主主義は、現在の世界において最良の制度だと思いますが、そのあり方はそれぞれの国によって違ってしかるべきです。一部の国の基準で、どこがより民主的かなどを図るべきではありません。日本がこれから行う憲法論議は、日本独自の民主主義のあり方を模索するものでなくてはなりません。

さてイラクです。イラクにも彼らのつくる民主主義があります。大切なのは、これからつくる議会と憲法が、イラク国民のものであることです。これから数十年経ってから、「イラク人による憲法を」などと言うことが言われないように、連合国は過剰な介入をすべきではありません。



2004年04月05日(月) 新小倉橋と公共工事

とても久しぶりに、妻と夕刻からドライブをしました。目的は八王子での花見です。公園に桜が多く咲いていて、屋台など出ていました。桜の多さでは相模原の桜並木の方が圧倒的ですが、座敷をひいて宴会などしている風景も、これはこれで良いなと思いました。

帰りは少し迂回して津久井経由です。新小倉橋を初めて通りました。橋を渡ったあと、戻る際に以前の橋を通ると、とても懐かしい気がしました。合併すれば、ここも相模原市です。身近で嬉しく感じました。

さて、この新小倉橋は完成によって周辺の交通が明らかに便利になりました。結果が出た公共事業ということです。とかく高速道路建設や整備新幹線を、無駄な公共事業と批判する方が多いです。しかしお金がかかるから悪というのは、公共事業の評価の仕方ではありません。その事業にしっかりした目的があり、結果達成されたのかがポイントです。

悪い例です。渋滞がひどい交差点を改良した結果、更に渋滞がひどくなることがあります。これこそ無駄な公共事業です。ちなみに私の住まいのそばに、そういった場所があります。

他の施策も一緒ですが、一度完了してしまうと後から検証しないのが行政の慣習でした。しっかりした事後評価を行うことによって、公共事業の中身も向上していきます。


2004年04月04日(日) 市制50周年の意味とは

今日も桜まつりです。第31回桜まつりのサブテーマは“市制50周年記念”です。

そもそも周年の意味とは何でしょうか。区切りをつけることによって、過去を検証し未来にいかすこと。そして先人の努力に感謝し、それを刻んでいくことです。

本年度の相模原市の予算書のなかに、麻溝公園の整備がありますが、その理由に何と「市制50周年を記念して・・・」とあります。一体何の関係があるのでしょうか。実はその他にも、中身に目をむけないための形容詞として、大切な周年を使う傾向があります。

かみしめて使うからこそ、50周年は意味があります。深く考えないならば、使わない方がいいと思います。


2004年04月03日(土) 今日は桜まつりです

今日は桜まつり(正式には相模原市民まつり)です。陽気もとても良く、多くの参加者で大賑わいでした。

まつり当日は毎年、青年会議所のメンバーとしての活動が多いですが(実は桜まつりの実行委員長は青年会議所理事長なのです)、あわせて時間を見つけて、知り合いのテントなどを挨拶まわりしました。まつりはいいものです。応援してくれるかくれないか、そんなことを考えずに日頃ご無沙汰している方とお話しができます。

まつりは、地域に密着してこそ意味があります。上溝夏まつりや新磯の大凧まつりなどは、その良い例です。これらは年月を経ての伝統行事でもあります。また何らかのかたちでまつりに関わっている人数が、その地域のなかで多いことも特徴です。

一方比較的最近に、行政などが主導でおこしたまつりもあります。この桜まつりもその一つですが、30年の時を経て、完全に市民まつりとして定着いたしました。しかし残念ながら、他のいくつかのまつりに参加してみて、行政の補助金なくして成立たないようなものも多数あります。

数年やってみて地域に根付かなければ止めてしまうなど、今一度精査しなければなりません。


2004年04月02日(金) ポスターは必要か

来る参議院選挙に向けて応援している、浅尾慶一郎参議院議員のポスターを、日中貼ってまわりました。県議選の際には、自分のポスターも数百枚貼りました。

しかしいつも思うのは、ポスターは本当に必要か、一体政治活動として何の意味があるのかということです。私もやっている以上原罪を背負っていますし、今後もポスターは貼ると思います。

ただ数十年後、こんなものが必要ない政治を実現したいとも思います。




2004年04月01日(木) 空虚な政治家のことば

最近、政治家の発する言葉が空虚に思えます。まあ以前からでしたが、最近現場から離れたせいか、一層そう思います。言葉を変えれば、政治家のことばが信頼できないのです。

では、自分のことばはどうでしょうか。少なくとも、支援者の皆さまは、私のことばを信頼してくれています。その期待に応えたいと思いながら、時として虚言を弄してしまうこともあります。政治家のみでなく、社会に生きる人々すべてがそう悩むのでしょうか。

この空虚な政治家のことばを変えていくために必要なものは何か、ここに政治不信を解消するポイントがあると思います。有権者との密接な触れ合いはひとつの方法ですが、盆踊りをまわってそれができるかは疑問です。


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