もんすん日記

2005年05月26日(木) 退屈と不幸せ

仕事と買い物と恋愛だけの人生は退屈。
さりとて。
人生に何か特別なことが必要だと思うのは、私の人間としての未熟さに起因する渇望感です。
プリミティブであろうと、食べて寝てこと足りる人間が一番幸せで、生命力も精神力も強いのだと思う。
輪廻転生という現象が本当にあるならば、私の魂なるものは、まだまだ多くの訓練が必要で、かといって重い試練に耐えられる力もないから、小さな不幸にしか出会わないのだ。

小さな不幸に酔っている人間には、本当の不幸は訪れない。
なぜなら、そういう人間は本当の不幸に耐えきれないからだ。

ということを誰かが書いていたな。

欲しいものが手に入ることと、退屈は、紙一重。
遊んで暮らせる毎日と、不幸せは、紙一重。

じゃあ、私の幸せの定義ってなんだったろう?

なーんてことを、TVで全身やけどを負った女性の話を見て、つらつらと考えた。

不幸(と、一般的に呼ばれるもの)や、思いがけない出来事は、ちゃんとそれに耐えうる力を持った人のところに、やってくるのだな、と。

自分に出来ることは、毎日を丁寧に生活すること。
遊ぶのが苦手なら、出来ることを、精一杯すること。
出会う人を大切にすること。

色々と振り返りながら、とりとめもなく考える。





2005年05月23日(月) 黙っているとき

私は黙っているときのほとんどは、悪いことを考えている。
とくに不幸な幼少時代があったわけでもなく
虐めにあったわけでも
大きな挫折があったわけでもない。
性格ということなのかしら。

「ひつじを数えるとほんとうに眠れるよ」と会社の人が言っていたので
ためしに数えてみたら、
1匹目2匹目はいいのですけど、
3匹目は縄で首をしめられ
4匹目は斧で首を切られ
5匹目には超自然的な力がはたらいて、
3,4匹目を殺した人間を飲み込むほどの大きな羊が。
・・・・・。

という感じのスプラッタになりました。

首の部分は、三島由紀夫の「愛の渇き」を読んだからです。
退屈というのは魔物。と思った作品。



2005年05月17日(火) 率直なひと

率直なひとが好き。
見栄を張らず、正直で、だめだったことは素直に認めるひと。
そんなひとにわたしもなりたい。
よろいを身にまとっていたほうが、生きていく上で何かと便利なのかもしれないが、もろいプライドが他人に見えてしまうと、それだけで哀しい。
こうありたいという自分にこだわりすぎず、今ある自分をちゃんと自分で受け止められるひとはいいな。
賢くあることはなかなか叶わなくても、正直でいることは、努力でなんとかなると思う。



2005年05月11日(水) 不眠

眠れない哀しさというのは、やはり同じ不眠症のひとにしかわかり得ないと思う。
10時半から布団にはいっているのに、まんじりともせず明け方を迎えたときとか。
本をなんとなく一冊読みきってしまったときとか。
眠れぬ暇を持て余して、うっかり昔の彼氏の写真をみつけたときとか。
眠れないときって、時間があっても、得てして建設的なことは出来ないのよね。

今日は久々にやってしまった。
レンドルミン2錠が効かなかったので、ついもひとつ、もふたつ・・・。

で、とんだ。

朝起きたら10時。
運悪く先輩も体調不良で休み。
昼前にはかけつけたけど、社会人失格。
しかもまだからだ全体がだるい。

ちなみに、不眠に効くとされているあらゆることは試しました。
きっと、複合的な原因でこんなからだになっちゃったのね。



2005年05月07日(土) 上品化計画

今日は以前から打ち合わせていたとおり、我が家の母の日に設定され、母の希望で妹と三人でパン教室に出かける。
パンは上手に出来たが、朝から寝不足もあって、妹と二人してブサイクだのなんだの、またケンカをはじめてしまう。
なごみ膳で、昼食をとっているときに、「言葉遣いもなっていないし、性格も悪いし、大声で騒がしいし、これではろくなことがない」ってことに気づいて、今後生活を改めることに。

1.家族仲良くする
  家事は率先して行なう
  家族で誉めあう
2.人の悪口は言い過ぎない
  悪口を言うときは、きちんとオチをもってくる
3.言葉遣いを正す
  おとん、おかん、とうちゃん、かあちゃん、あんたは禁止
  おとうさん、おかあさんと呼ぶ
  おっさん、おばはんも禁止
  「うんこ」と言わず、代替語をつかう(例:大きいほう)

禁止語をつかってしまったら、罰金100円で、お金がたまったら寄付することに。(尼崎のホームレスのおっちゃんにあげる)
私は今日一日で既に罰金700円。

心を入れ替えた妹と私は、気持ち悪いくらいに誉めあったが、慣れてくると随分気分が良い。

メールの設定をしてあげたら、「夜遅くにどうもありがとう」というメールまできて、まるで仲良し姉妹みたい。

「猫のうんこを掃除する」というのも禁止で
「猫の大きいほうを掃除してきます」と言い換えたりして大変だけど。

10連休ですっかり仕事忘れかけてるよ。



2005年05月06日(金) 不倫についての考察

友達の不倫話を聞いて思ったこと。
わたしは不倫ハンターイってわけではない。
でもね、慰謝料を請求されるくらい、世間では不道徳とされていることなんだ。
やるならやるで、きちんと覚悟をもってもらいたい。

会っているときに家庭の匂いを持ち込まないこと。
実行もしないのに、離婚したい、などと言わないこと。
秘密は守ること。
時がきたらきれいに別れること。

等は最低限のルールじゃないかと思うんだけど、いかがでしょ?
それが守れないほど未成熟なら、不倫なんてしないほうが賢明。
少なくとも、配偶者の悪口は聞いてて哀しいからやめようよ・・・と言えなかったので
今度彼女に会ったら言おう。

恋愛のかたちは色々あっていい。
でも、もたらされる幸福よりも妬みや嫉みの比重が多くなる恋愛なら、一人のほうがずっといい。
なんて、言えるような成熟した女性では私もない。
だけど、他人だから見える部分は確かにあるよね。



2005年05月05日(木)

妹を車で駅まで送る途中、自転車に水玉の傘をさして、派手な服装、マフィアばりのサングラスをかけた妙なおばさんが前からやってきた。
妹に「変なおばさんがいる」と言おうとしてよーく見たら、三日ぶりに帰ってきた自分の母親だった!
(夜勤以外は何故ルスだったのか不明)
私もおばさんになったら、こういう路線になるのだろうか、と考えたらちょと怖くなった。自分のセンスを信じず、ファッション誌に頼りつづけよう。

父親も久しぶりに家に帰ってきた。
沖縄に行くよと何回も言っていたのに、開口一番「ホンコン良かったか?」と聞かれた。
この人は昔カルピスを原液で飲んでいたことを、今思い出したよ。



2005年05月04日(水) 挨拶

連休中だけど、空き缶・空き瓶の日なので少し早起き。
ごみ置き場まで歩いていると、二件隣の奥さんがきれいな声で「おはようございます」と言ってくれた。
嬉しくて、気分が良くなる。
私はマナーも育ちも良いほうではないが、せめて挨拶だけはきちんとしよう、と日々心がけているつもり。
だけど、うちの近所の人って、挨拶すると(もちろん丁寧に返してくれる人が殆どだけど)吃驚した顔をしたり、目を合わせてくれなかったりするので、最近挨拶するのがなんだか怖かったのです。
当たり前のことが当たり前にできるというのは気持ちよいことだな。

挨拶だけでなく、言葉がないなあ、と最近良く思う。
電車で後からきた若いカップルのために席をつめてあげても、「ありがとう」も「すみません」もない。
お礼を言われたいわけじゃなくて、そういうやりとりが無言になっていくってなんだか怖いよ。
飲食店で食事をしても「ごちそうさま」を言わず、バスを降りるときにお金だけ払って何も言わない人もよく見かける。
そういうのに違和感があるのは、私だけなんかなあ?
バスの運転手さんが一生懸命ひとりひとりに「ありがとうございます」と言ってはるのに、何も返さないってわたしは居心地悪いけどなあ。

違和感といえば、脱線事故に対するマスコミの報道にも違和感がある。
マスゴミ。
JRは酷い、被災者は可哀想、飽きもせず同じことを繰り返しているが、何かが欠けている。
当事者感?
JRは酷い、被災者は可哀想というメッセージ以外にマスコミが出来ることってないんかな?

連休も気が付けば後半か。
きょうはなんにもない日。
本を読んで、すがすがしく過ごす。
天気がいいから、昼寝もしよう。



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