子供達が進級して初めての授業参観アンド懇談会。
娘の方は担任もそのまま持ち上がりで、特に心配もないが、息子のほうは担任が替わり、しかもその担任が初任である(担任を持つのははじめて)、と言うこともあり、授業参観、懇談会にはきちんと出たい、と思い、人員が少ないにも関わらず、半ば無理矢理有休をとって、出席した。
まだ27歳、と言う若い担任の先生は、初めての担任と言うことで、すごく張り切っていて、それが良いのか悪いのか、って言う感じも否めなかったり。
でも、一生懸命さが伝わってきたので、とりあえず一安心した。
さて、初めての懇談会と言えばお決まりのPTAの役員決めがある。
仕事を口実に今まで逃げてきたのだが、役員の仕事自体はやってもいいかな、とは思っていた。ただ、実際の所、仕事を持っているがために集まりに出るそのたびに休みを取るわけにも行かないし、なかなか参加できないのは事実なので、丁重にお断りしてきたし、周りも察してくれて、押されることもなかった。
今回もそんな風にして自分は蚊帳の外で、と思っていたのだが、3つの役員のうち、残りひとつがなかなか決まらず、「公平に」ということでくじ引きで決定することになった。
「そうはいっても仕事してたらなかなか参加できないよね」
「でも、確立としてはかなり低いよね。当たったとしたら相当なクジ運だよね」
ととなりにいたお母さんと話しながら、クジを引く番がまわってきた。
いったんつかんだものの、いや、なんか違うかも、、、と思い、選び直したあたしが手にしたクジは、まさに当たりクジ。
あまりのことに動揺し、断わるタイミングを逸し、気がつくと役員名簿に署名させられていた。
さて。
いきなりしょっぱなから会合に出られませんが。
「出きる時だけ、担当をひとつ決めて、それだけでもがんばってやっていただければいいですよ」
と決めなおす気がない補助担任のベテラン先生の言葉を信じて、こうなりゃやるしかないか、と開き直った。
まあ、仕事もってる母親がどこまでPTAに参加できるか、って言うのも身をもって知りたい気もするし。
そうは言っても、ちっとばかり不安だったりもする。
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2005年04月11日(月) |
社会人としての常識。 |
先日、元マネのお父様が亡くなり、パートであるあたし達は1人あたり1000円で、まとめてお香典を包むことになった。
社員の人たちは当然であるが、一人一人お香典を包み、できる限りお通夜に出席したり、仕事でどうしても都合がつかない人は誰かにお香典を頼んだりしていた。
そんな中、K嬢はお通夜に出席することになり、遠く離れたゆーじくんに連絡をし、ゆーじ君に頼まれお香典を立て替えることに。
ついでだから、と先日移動したユタカ君にも連絡をしたらしい。
訃報と、自分が出席する旨を伝えると、
「はあ・・・」
「いや、ユタカ君はどうするの?」
「僕は仕事でいけません!」
力強く答えが返ってきたらしい。
ユタカ君は、元マネには入社以来ずっとお世話になっていた。仕事柄、そう簡単に出席できないにしても、お香典を頼むなり、弔電を打つなり、人としてしなければならないことはあるだろうに、と、
「で?どうするの?」
と語気を強めて聞いた所、
「いや、何も考えてません」
と答えが返ってきたらしい。
実はK嬢から連絡が入る前に、他の人からも連絡を受けていたらしいのだが、それでも何も考えていない、と言うのだ。
これにはあきれたK嬢が、ゆーじくんからはお香典を頼まれていることを伝えても、まだ、
「はあ・・・」
としか返って来ず、いい加減しびれを切らし、
「どうするの?」
と再度促すと、
「じゃあ、僕もお香典包んだ方がいいですかね?」
冠婚葬祭のマナーは、経験しなければ分からないところが多分にあるし、社会人として日も浅く、多分、そう言った場の経験も少ないであろう彼からしたら、どうしたらいいかわからない、と言うのが正直な所であるとは思うのだけど、それにしても、それならそれで、どうしたらいいでしょう?とひとこと聞くぐらいのことはできないんでしょうかねえ。
今年入ってきた新入社員の子達もそんな感じなのかしら、と思うとなんだかなあ、と言う気持ちになりますわい。
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2005年04月05日(火) |
先を越されて思わず苦笑いした。 |
お気に入りの日記が、「またいつか」なんて書いてあって、あたしは思わず苦笑した。
仕事を辞める時もそうだけど、何を選択しても本人の自由なのに、関わった人たちは自分だけ置いてきぼりにされたような気持ちになってしまう。ずいぶん勝手なことだけど。
だから、あたしも、
「してやられた」
と言う気がした。
めんどくさいって言うのが一番の理由で。
ネットに飽きたって言うのが、理由のほとんどで。
だからと言って、彼女のような潔さもないあたしは、だらだらと細々とここにいつづけるのだろうなあ、と思う。
今日から新学期。1年前、大きなランドセルを背負った息子が、それでもまだ大きく見えるランドセルを背負って、2年生になる。
これまた勝手なのだけど、いつまでも今のまま小さければいいのに、と思う。
もうすでに目線が同じくらいになって、幼い頃の面影をすっかり失ってしまった娘を見るにつけ、いつの日か、あたしの背を追い越し、かわいらしい声も、愛らしい顔立ちも変わってしまうであろう息子の、成長を止めてしまえたら、と密かに思っている。
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