Opportunity knocks
DiaryINDEXpastwill


2003年11月24日(月) 何かに、或いは誰かに依存することについて

たぶん、わたしという人間は何かに依存しやすい性質を持っていると思う。例えていえば、何かに夢中になる→そればかり目に入るようになる→ほかのことは疎かになる→そしてそれなしではいられなくなる。そんな感じ。さらに熱しにくく冷めにくいタイプ。いったん夢中になってしまうとかなり長い間それに執着してしまう。
そのことを自覚し始めたのは思春期以降。自分が依存度の高い人間であるということを意識し始めてからは、何かに依存するという状況をできるだけ作らないようにしてきた。「ノルウェイの森」の中で緑が渡辺に、どうして煙草をやめたのかと訊く場面があるけど、(「面倒くさかったからだよ、夜中に煙草が切れたときの辛さとかそういうのがさ。何かにそんなふうに縛られるのって好きじゃないんだよ」)その感じに少し似ている。煙草に関して言えば、1度吸ってしまったら一生離れられないんじゃないかという不安があるのでいまだに吸ったことがない。ドラッグ関係なんか1度手を出したらたぶん廃人になるまで止められないんじゃないかと思う。そういう不安が常にあるために、逆に何かに対して距離を置かなければいけないというブレーキが働く。またまた例えていうと、何かに夢中になる→ふと我に返る→自分が早晩それなしでいられなくなるんじゃないかということについて考える→不安になる→暴走しないようにある程度自分を抑制する。そんな感じ。

何かに或いは誰かに強く依存したいという気持ちがある一方、そんな風に何か或いは誰かに依存してはいけないという気持ちが強くある。いつもそんな風に両極端の方向に気持ちが引っ張られている。

なんでこんなことを書くかというと、何かに(或いは誰かに)依存したいという気持ちが最近強くなってきたのを自分で感じるから。

あーでも、ほんとわたしって余計なことごちゃごちゃ考えすぎるのかも。



2003年11月20日(木) 人間ドック

数年ぶりに人間ドックへいく。
朝8時までにと通知にあったので、連れ合いやコドモよりも早く家をでる。
6時55分の電車に乗ってN市まで。場所は駅からそう遠くないので雨の中てくてく歩く。
国際センタービルという大きなビルの10階にあるクリニック。連れ合いが所属している保険組合の推薦ということでそのクリニックにしたのだけど、革ばりのソファがずらっと並んでクラシックが静かな音で流れているようなところでクリニックというよりはホテルのロビーみたいな感じ。受付を済ませて5分ほどたってから名前を呼ばれた。これに着替えていただけますか、と言われて手に取ったのは薄緑のなんだか甚平みたいな服。更衣室の中で着替える。

最初に身長体重、視力検査、聴力検査。さらに奥にある部屋に進んで、心電図をとってもらう。吸盤のついた電極のようなものをぽこぽことつけられしばらく横になる。1分ほどで終わり、次は腹部エコー。検査室に入ると仰向けになって寝てくださいといわれたのでベッドに仰向けになる。そのあと服を脱いで全開になったおなかにどろどろしたジェルみたいなものを塗られ、大きなすりこぎみたいな機械でぐりぐりぐりぐりと押された。それが筆舌につくしがたいほどくすぐったくて、思わず身をよじりそうになったのだけど(だってわき腹のところをぐりぐりするんだもの)必死の思いでこらえる。(今思い出しても苦しい)かなりの長さに思えたのだけど実際は1分くらいの時間が流れた後やっと腹部エコーが終わり、次は採血。あまり血管がよく見えない腕らしくて、仕方なくいつもはとらないようなところ(皮膚の薄いところ)から採血された。でも結構熟練の看護士さんだったらしく、思ったより痛くはなかった。

次に胸部のレントゲンと胃透視。胸部のレントゲンは息をすってー、吐いてー、ぐらいで済むかららくだけど、胃透視のほうは胃の緊張をとる注射もしなきゃいけないしおなかをふくらますための発泡剤も飲まなきゃいけないしまずいバリウムも飲まないといけないし台の上であおむけになったり斜め横をむいたりすばやく回転しないといけなかったりでかなりたいへんだった。

最後は婦人科でマンモグラフィーというのと子宮頚癌の検査。マンモグラフィーというのはコンプレッサーのようなものを想像してもらうと近いと思う。それのなかに胸をはさんでぎゅうっと押えつける。ぺちゃんこになるー!!!とさけびそうになるくらいぎゅうっとされるのでかなり痛い。その後は子宮頚癌の検査。内診台の上に乗るのだけどあれはいつ乗ってもやだ、と思う。おなかの上にカーテンが下ろされて何をやってるのか見えないようになってるので、余計不快。でも仕方ないので我慢する。
そしてひととおり終わってからDrの内科検診。近頃気になっている症状とかないですか?と訊かれ、別にないです。と答えて終わり。ご苦労様でした、という声とともに検診が終わった。
結果は約2週間後に郵送されて来る。何もないといいのだけど。

終わったのが11時すぎ。胃透視のときに打った注射のせいで目が少しかすむ。交感神経に作用する薬らしいので効き目がうすれるまでソファに座って休む。その後ビルをでたのが11時半くらい。朝まで降っていた雨が小康状態になっていたので、しばらくぶらぶら歩くことにした。晴れの日はもちろん好きだけど、こんなふうに曇った日も実は好き。ほんのりと空気が冷たくて、息をはくと少し白い感じ。
歩きながらこのあと何をしようか考えていたら、友達Yから電話がかかってきた。検診に行く事を話していたので無事に終わったことを報告する。納屋橋の上でしばらくYと話した後、ふたたびぶらぶら散歩。
どうしようかなこれから、映画でも観にいこうかなと思っていたら急に下剤の効き目があらわれて、散歩どころでなくなった。結局はやめに帰って横になることに。
午後はトイレとお布団をいったりきたり。夕方までごろごろと調子が悪かった。

健康でいることってやっぱりかなりたいへんみたいだ、と実感した1日だった。





2003年11月15日(土) 再録

谷川俊太郎の33の質問  ちくま文庫

1  金、銀、鉄、アルミニウムのうち、もっとも好きなのは何ですか?

役に立ちそうなのは鉄だけど、好きなのは金。でもなんで銅がないんだろう。銅があったら銅なんだけど。

2  自信をもって扱える道具をひとつあげて下さい。

なし(不器用だから)

3  女の顔と乳房のどちらによりエロチシズムを感じますか?



4  アイウエオといろはの、どちらが好きですか?


いろは匂へど散りぬるを、の方

5  いま一番自分に問うてみたい問は、どんな問ですか?

何でこんなに落ちつきがないんだろうとは思う。

6  酔いざめの水以上に美味な酒を飲んだことがありますか?

なし

7  前世があるとしたら、自分は何だったと思いますか?

武士

8  草原、砂漠、岬、広場、洞窟、川岸、海辺、森、氷河、沼、村はずれ、島
   どこが一番落ち着きそうですか?
草原、もしくは川辺

9  白という言葉からの連想をいくつか話して下さいませんか?

雪景色 無垢 赤ん坊のこころ

10 好きな匂いを一つ二つあげて下さい。

クチナシ 日向の匂い 木の匂い

11 もしできたら、「やさしさ」を定義してみて下さい。

誰かに何かを無償で与えることのできる強さ

12 一日が二十五時間だったら、余った一時間を何に使いますか?

読書にまわす。

13 現在の仕事以外に、以下の仕事のうちどれがもっとも自分に向いていると思
いますか?指揮者、バーテンダー、表具師、テニスコーチ、殺し屋、乞食。

乞食

14 どんな状況の下で、もっとも強い恐怖を味わうと思いますか?

狭いところに閉じ込められて出られなくなる状況

15 何故結婚したのですか?

勢い

16 きらいな諺をひとつあげてください。

特になし

17 あなたにとって理想的な朝の様子を描写してみて下さい。

雨が続いたあとの久しぶりの青空。健康で不安なことなど1つもなく、すっきり目
覚める。そして何か良いことがあるとわかっている、そんな朝

18 一脚の椅子があります。どんな椅子を想像しますか?形、材質、色、置かれた場所など。

日のあたる窓辺に置かれた木の椅子。

19 目的地を決めずに旅にでるとしたら、東西南北、どちらの方角に向いそうで
すか?

北西

20 子どもの頃から今までずっと身近に持っているものがあったらあげてください。

引越しが多かったので、小さい頃のものは何も残ってない。いちばん長く持っているものは、村上春樹さんの「パン屋再襲撃」という本

21 素足で歩くとしたら、以下のどの上がもっとも快いと思いますか?大理石、牧草地、毛皮、木の床、ぬかるみ、畳、砂浜。

大理石か、牧草地

22 あなたが一番犯しやすそうな罪は?

思い浮かばない

23 もし人を殺すとしたら、どんな手段を択びますか?

殺せないと思う、たぶん。誰かを守るためならその時可能な手段でやるとは思う。

24 ヌーディストについてどう思いますか?

おなかが冷えないかな、とおもう

25 理想の献立の一例をあげて下さい。

あたたかいご飯と、味噌汁(油揚げと豆腐)、納豆、鯵のたたき(すごく新鮮なや
つ)漬物(梅干、茄子、野沢菜のわさび漬け、赤かぶ漬け)

26 大地震です。先ず何を持ち出しますか?

目に付いたもの、持てる限り

27 宇宙人から<アダマペ プサルネ ヨリカ>と問いかけられました。何と答
えますか?

沈黙。

28 人間は宇宙空間へ出てゆくべきだと考えますか?

考えない

29 あなたの人生における最初の記憶について述べて下さい。

誰かにつれられて散歩していたときのこと。草の背丈が自分よりもはるかに高くて、空を見上げるようにして歩いた。そのときのこと。何歳かはおぼえてない。

30 何のために、あるいは誰のためになら死ねますか?

こどものためなら。それ以外は無理。

31 最も深い感謝の念を、どういう形で表現しますか?

その人がしてくれたことをいつまでも覚えていること。きちんと「ありがとう」ということ。

32 好きな笑い話をひとつ、披露して下さいませんか?

持ち合わせがない。

33 何故これらの質問に答えたのですか?

誰かに自分のことを知って欲しいと思ったから。



2003年11月10日(月) 誉められること

誉められること。正直言ってあまり得意な方ではない。もちろん誉められればうれしいし、喜びもするのだけど、何となく自分が誉められることに対する違和感が後に残ってしまう。こんなに誉められていいんだろうか?誉められるべきものを自分は持っているのだろうか?なんて。
誉められること=そうあるべき姿を期待される→それが負担(あとでがっかりされるのが嫌、期待にそえないであろう自分が嫌)、そういう図式が自分の中にはあるのかもしれない。我ながら穿ち気味な考え方だとは思うのだけど。

思い返せば親に誉められたという記憶がまったくない。というとすごく出来の悪い子供だったのかと思われるかもしれないが(いや実際に出来の良い子供だったわけじゃないが)出来の悪い子供だったからというよりは、親がわたしの所業にあまり関心を払っていなかったという方が近いと思う。
良い成績をとっても特になにも言われなかったし、何かで賞状をもらったときもがんばったね、などという言葉はかけてくれなかった。その結果、無気力で受動的で事勿れ主義のわたしという人間ができあがってしまったのだ、たぶん。

そういう人間なのでたまに誉められたりすると自分がなぜそんなふうに誉められるのだろうと、とても懐疑的になってしまう。素直にそれを喜んで自分のエネルギーに転換する事ができない。考えてみれば損な性格だなあと思う。

だから、というわけでもないのだけど、わたしはコドモが良い事をしたときにはかなり誉める。ちょっとしたことでも必ず誉めてあげるようにしている。誉められて嬉しそうにするコドモの笑顔をみるのが好きだし、そんなふうに誉めてあげられる人間は親であるわたししかいないだろうと思うから。

そのかいあってコドモはわたしみたいに誉められることで困惑したりしない。素直にそれを受け入れ次もがんばろうとする。そんなふうに育ってくれてよかったと思う、ほんとうに。





2003年11月05日(水) 無題

最近、日記のページに何かを書くのだけど思いあぐねて結局閉じてしまうということが多くなっている。何かを書こうと思うのに自分の中がからっぽになったように言葉がでてこない。

書けなくなったわたしは昔の日記なんかを読み返してみる。去年の日記おととしの日記。ほとんど毎日、書いていたんだな、と何かしら不思議な気持ちになる。自分の中にこんなにもいろんなものがあったんだなと。
今は、今はどうなんだろう。
書くべきものがあるんだろうか。


n |MAIL