Opportunity knocks
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2003年05月29日(木) 中間テスト 読書

台風の影響かわからないけど強い風が一日中吹いていた。
天気は良くもなく悪くもなく。

今日からコドモは中間テスト。
なんだか自分が中学生だったときのことを思い出して少し懐かしかった。
県庁所在地とか、日本最東端の島は?とか、正と負の計算とか、英語の肯定文を疑問文に変えなさいとか。

いろんなことをつらつら思い出しながら11時くらいまでコドモの試験勉強に付き合った。


「子規のココア・漱石のカステラ」読了。
明治時代の文豪の素顔や日常、書簡、手記などを紹介した本。
正岡子規が漱石にあてて書いた手紙や、子規が書いた随筆が原文のままでいろいろと書かれているのだけど、それを読んで日本語はやっぱり奥深いものだなあと思った。もっともっと勉強せねば、なんて思ったり。

この本の著者は坪内稔典という方なのだけど、図書館で本を借りたときからどこかで聞いたことのある名前だなあ・・と思っていた。考えても思い出せないので気のせいかな、なんて思っていたのだけど、今日大学のほうから送られてきた機関紙を読んでいたらその方の名前がでていて、やっと思い出した。
わたしが行っている大学の教授をされている方だった。それもわたしの在籍している学部、学科の教授。本を手に取ったときはまったく覚えていなかったので、偶然に少しびっくりする。(というか最初に気づけよな、とひとりつっこみ)でもとっても感じの良い文章で、書かれてることもすごく示唆にとんでいるものばかりだったので、この先講義を受けるのが楽しみ。
この本を読んだ後、無性に日本文学が読みたくなって、今は志賀直哉の「灰色の月」を読んでいる。そんな感じでしばらくは読書も日本文学が続きそう。


2003年05月27日(火) 無題

おとつい三重県の津市にある競艇場で、一人の女性選手がレース中の事故で亡くなった。なんでこんなことを書くかというと、実は、うちの連れ合いはつい5年ほど前まで競艇の選手をしていて、今回亡くなった女性とは同期で親しい間柄だったからだ。

亡くなった方は木村厚子さんといって、デビューから15年目のベテラン選手だった。連れ合いが選手生活に見切りをつけて引退を決意した後も、彼女は選手生活を続けた。結婚もして子供も産んで、尚且つプロのスポーツ選手だった。それがどんなにすごいことか、普通の人にはたぶんわからないだろうと思う。
競艇選手はほかのスポーツと違って決して華やかなものじゃない。あくまでギャンブルの対象である。ひどい野次も飛ぶ。女性でありながら男子選手と一緒のレースもこなさなければならない。一方プライベートでは、ごく普通の女性として家事をこなし、母として子供に接する。そんな両極端の生活を彼女は続けてきた。

連れ合いは結婚してから5年後に武蔵野美大の通信学部に入学し、勉強をはじめた。連れ合いは競艇の仕事を自分は長く続けられないだろうということを知っていたのだ。大学卒業後、連れ合いは競艇選手を引退した。

彼女もいろんなことを考えていたと思う。もしかして、選手を続けるのもあと少しの間と思っていたかもしれない。あと少し、もうあと少しがんばろうって思っていたのかもしれない。でも事故は起こってしまった。

連れ合いは運が良かった。連れ合いが死亡事故に遭う可能性は彼女と同じくらいあった。でも、連れ合いは今も生きている。運が良かったのだ。
でも。でも、何ていえばいいんだろう・・・

何かをやめる、別の道を選択するというのはかなり大変なことだと思うのだ。今までやってきたことに区切りをつけ、新しく何かをはじめるというのは。

だからわたしは、連れ合いが選手をやめて別の道を探してくれたことを今でも感謝している。無事に暮らせていることを感謝している。

連れ合いと彼女の差はごくごく小さいものだったと思う。でも、そのささいなことが人生を変えてしまったのだ。そう考えると、人生はなんて困難で先のみえないものなんだろうと思う。

昨日は眠れずにずっとそんなことを考えていた。


2003年05月26日(月) 揺れる

夕方、ご飯の下ごしらえをした後ソファに寝転がって本を読んでいたら、
体がゆらゆら揺れるような感覚があった。何だろうと思って起き上がってみると微かにカーテンが揺れている。地震かも、と思ったけど特に気にもとめず、そのまま読書を続けた。
7時。テレビをつけてNHKにあわせたら、東北地方に震度7の地震、という
ニュースが流れていてびっくりした。
そういえば阪神大震災のときもそうだった。朝方震度3くらいの揺れがあって、まあたいしたことないだろうと思っていたら、数百キロ離れたその場所では大惨事が起こっていた。

秋田にいる友達はだいじょうぶだっただろうか。Kさんのご実家は無事だろうか。心配だ。なんの被害もないといいのだけど。


2003年05月25日(日) 仏像をみにいく

日曜日の午前。連れ合いとコドモと三人で、パキスタン・ガンダーラ、インド・マトゥーラ彫刻展というのをみにいく。
彫刻はほとんどが仏像で、紀元2〜4世紀頃に作られたもの。仏教が興ったのが紀元前5世紀くらいだから、数百年の間に仏教は人々の間に浸透し、次第に宗教として一つの大きな形を作りだしていったのだろう。展示してある仏像は、そんな仏教の創生期を象徴するような素晴らしいものばかりだった。

仏像には前から興味があって、京都にいったときも熱心にみていたのだけど、今日見た仏像は、やはり日本でみたことのある仏像とはまったく違っていた。どういう風に違うのかというと、まず西洋の文化の影響をかなり受けているということ。
僧が着る袈裟は普通、偏袒右肩といって右肩袖を抜いて右肩をあらわにするのが一般的に知られているのだけど、ガンダーラの仏像は通肩といって両肩を隠すものがほとんどで、着方もギリシャ、ローマの影響を受けている。さらに顔の感じが全く違う。なんというかすごく精悍で人間くさい雰囲気がある。仏像というと目をつむって瞑想している表情が普通だと思っていたが、中にはしっかり見開いている釈迦の像もあった。東洋と西洋が混じり合う感じがひとつひとつの仏像によく現れていてとても興味深かった。
仏像のほかに仏伝を彫刻にしたものもあって、それもすごく見応えがあった。仏伝というのは仏陀が悟りを開くまでの様子やその後の生涯を伝えるために作られたもので、今回の彫刻の中には、様々な仏伝彫刻が展示されていた。
文字もまだそれほど発達してない時代、人々は様々な形をとりながらいろんなものを後世に伝えたのだな、と思うとなんだか感動してしまった。

とても見応えのある展覧会だった。


2003年05月24日(土) スーパーマーケットにいって

スーパーマーケットにいくと今時の季節感が味わえて結構楽しい。
野菜売場には漬物用のらっきょうがなかなかの匂いを発しているし、
その隣には青々とした梅がうずたかく積まれている。
果物売場にはそろそろ終わりに近づいてきた苺のかわりに、アメリカンチェリー、甲州ブドウ(デラウエアのこと)びわ、いちじく、などが並んでいる。
魚売場は今が旬のあさりが元気よく水をはき、ほたるいか、鰹、なんかがおいしそう。肉売場は・・・特に変化ないか。

急にピーマンが食べたくなったので5個入りのものを3袋買う。
どんな料理をつくるかというと、ただのシンプルなピーマン煮
半割して種をとったものを素揚げし、濃いめのだし汁に砂糖、しょうゆ、酒、みりん,種をとった鷹の爪を入れ、その中にピーマンをいれてくつくつ煮る。ピーマンがくったりして味がしみたら火からおろし、今度はあら熱をとって冷やす。ほどよくつめたくなったのをたべる。
結構量(カロチンがとれる)もたべられるし、なかなかおいしいので家ではよく作る。今日の晩御飯はそのピーマンと素麺、白シメジと小松菜の炒め煮、鰆の西京焼き。なかなかおいしくできた。小確幸。




2003年05月23日(金) 無題

最近またよく夢をみるようになった。
明確ではっきりした夢ではなく、細切れのような断片的な夢。
そのなかでかなりの頻度で見る夢がある。
デパートの中にいる夢。デパートは毎回同じものがでてくる。
全体的に塔のようなつくりになっている建物で、デパートなのにいつも暗くて静か。BGMもなければ店員もほとんどいない。

夢によっていろんなバリエーションがある。
ただうろうろしている夢もみたし、友達とそこで待ち合わせをする夢もみた。
文房具を探したり、家具売り場でソファを買う夢とかもみた。

昨日は昔の恋人と買い物をする夢を見た。ガラス製の置物とか、グラスとかがずらっと並んでいる陳列棚の間をふたりで歩いている。デパートの中はいつもと同じ雰囲気。床の色も天井の高さも、照明も空気の匂いも、いつもと同じだ。歩いているうちに、出口が見当たらないことに気づく。どこまでいってもガラス製品の陳列棚が続いている。夢の中のわたしは出口はどこにあるのかが思い出せなくて、だんだん不安になってくる。わたしは昔の恋人に声をかける。「ねえ、出口はどこだった?」
でも恋人にはわたしの声が聞こえない。わたしはひとりで出口をさがす。
そんな夢。あとはよく覚えていない。

子供が生まれる夢もよく見る。そういえば2,3年前、大きな鍋で子猫を作る夢をみたっけ。まず子猫の素を入れる。一昼夜かけてぐつぐつ煮る。鳴き声が聞こえたら蓋をあける。五匹の子猫が鍋の中で丸まっている。
もちろん自分の子供が生まれる夢もみる。親指姫みたいな小さい子供が生まれる夢もみた。生まれたばかりなのにもう言葉を話したりする。

夢をみるのは結構疲れる。夢をみた日は一日その夢の雰囲気が頭に残って、何をやっても夢の続きのような気がしてしまう。それに、なぜか楽しい夢、もっとみていたいという夢はほとんどみることができない。
できるなら夢などみずにぐっすり眠りたいと思う。
なんだか夢疲れしている今日この頃。


2003年05月21日(水) 図書館へ

図書館へいってまた本を借りてきた。

「フラゴナールの婚約者」 ロジェ・グルニエ (読めるかな)
「幻獣辞典」 ホルヘ・ルイス・ボルヘス (おもしろそう)
「ディフェンス」 ウラジーミル・ナボコフ( ううむ・・)
「雨月物語」 上田 秋成 (そろそろ読んでみようかなと)
「萌の朱雀」 河瀬 直美 (映画もみたことないけど)
「充たされざる者」 カズオ・イシグロ (たのしみ)
「六月の長い一日」 ロジェ・グルニエ (なんでふたつも…)
「道草」 夏目 漱石 (読んだことない)
「春は馬車に乗って・日輪」 横光 利一 (お勉強お勉強)
「夜明け前」 島崎 藤村 (同じくお勉強)
「網走まで・灰色の月」 志賀 直哉 (短編が好き)
「田舎教師」 田山 花袋 (読まなきゃ)
「子規のココア・漱石のカステラ」 坪内 稔典 (タイトルが気になる)

どうでもいいことだけど、「みすず書房」がどうも「みみず書房」にみえてしまう・・・ううむ。



2003年05月20日(火) 不条理

朝、新聞を読んでいたら大阪府池田市の校内児童殺傷事件の公判のことが書かれてあったので読んでみた。記事には大阪地裁での公判を終え、22日にも論告求刑が行われると書かれてあり、今までの公判の経緯や宅間被告の様子などが簡単に書かれてあった。その中でこの事件を起こした動機について宅間被告が述べたことが書かれているのだけど、それを読んで今日一日ずっとそのことが頭の隅にひっかかった。少し抜粋してみる。

「家が安定して頭の良い子でも自分みたいなアホに殺されるかもしれない『不条理』さを世の中に分からせたかった」昨年7月の第11回公判で弁護士から事件の動機を聞かれた宅間被告はそう答えた。同年8月の第13回公判では、「芦屋の豪邸に住む人もいれば汚い団地に住む人もいる」ことを『不条理』の例に挙げた。

これを読んで『不条理』というものについて考えた。芦屋の豪邸に住む人もいれば汚い団地に住む人がいるというのは『不条理』なことなんだろうか。育ちがよくて頭の良い子供が頭のいかれた男に殺されるのは『不条理』なことなのだろうか。でもそれを不条理と呼ぶなら、家が貧乏なのは不条理、親がアル中なのも不条理、汚い団地に住んでいるのも不条理、その一方で芦屋の豪邸に住んで贅沢な暮らしをしている人がいるというのも不条理、人が人を殺すのも不条理、ということになってしまう。そして『不条理』さを盾にすれば人を殺してもよいということになってしまう。

不条理という言葉を広辞苑でひいてみると、�‘四�に反すること。不合理なこと。背理。�⊆詑玄腟舛陵儻譴膿誉犬飽婬舛鮓�出す望みがないことをいい、絶望的な状況あるいは限界状況を指す。とある。

宅間被告が置かれていた状況はたぶん彼にとってすごく『不条理』なものだったのだろう。家が貧乏なのは不条理、人が自分よりうまくやっているのは不条理、誰も自分を助けてくれないのは不条理・・・。
彼の周りには道理に反すること(=不条理)、が満ち満ちていたのだ。
まさに、人生に意義を見出す望みがない絶望的な状況、限界状況だったのかもしれない。
わたしはそれは違う、ということができる。自分の置かれている状況が不条理だとは思わない。自分の人生は意義のあるものだと信じているし、自分の力で切り開いていけるものだと思っている。でも、そう思えない人もいるのだ。宅間被告のように。


宅間被告は不条理を分からせたかった、と言っているのだけど、いったい何に、誰に分からせたかったのだろうか。死んでいった子供たちにだろうか。
世の中の大人たちにだろうか。彼はそうすることで救いを見出せたのだろうか。
あまりにも悲しい人生だと思う。そんなことでしか救いを見出せないのだとしたら、生きている価値なんて本当にないのかもしれない。


考えたことの10分の一も文章にできてないけれど、今日は一日ずっとそんなことを考えていた。




2003年05月19日(月) 掛け替えのないもの

「ささやかだけれど、役にたつこと」読了。
カーヴァーの小説を読むと、カーヴァーの小説を読んだときにしか感じない、なんともいえない感情が後に残る。
なんだろうなあ、すごく静かな気持ちなんだけど、うれしいわけでも悲しいわけでもない。静かで安らかな気持ち。夢をみないで眠っているときの気持ち、というか、ただぼんやりと無心に何かをみているときの気持ちというか、赤ん坊が母親の体内にいるときの気持ち、というか・・。(そんなのわかるのか?という疑問はおいといて)

彼の小説の内容は決して明るいものではないし、むしろやるせないような悲観的な内容が多いのだけど、不思議に自然に受け入れてしまう。
あとがきの中で訳者である村上さんが、彼はほんとうにオリジナルな作家だった、と書いていたけど、ほんとうにそうだなあと思う。ああいう文章はカーヴァーにしか書けないとほんとうに思う。

カーヴァーは最後に書いた詩の中でこう書いている。

「望むものは手に入れたよ。自らをかけがえのない者と呼ぶこと、この地上におけるかけがえのない者と感じることだよ」


2003年05月18日(日) 無題

最近PCの調子がまたよくない。ネットに全く繋がらない。
連れ合いとコドモのPCは快適に繋がるのにわたしのPCだけなぜ?

そんな感じで連れ合いやコドモのPCを使ってメールを書いたり日記を更新したりしているのだけど、わたしが連れ合いやコドモのPCを使おうとすると結構抵抗にあったりする。

「なんでぼくの(おれの)パソコン使うのお?自分の使えばいいじゃん」

繋がらないんだからしかたないでしょ、といって強引に使うのだけど、何かみられて困るものでもあるのか、パソコンの横に立ってわたしを監視している。うっとうしい。

あー、快適に繋がるネット環境がほしいよお・・・。


2003年05月16日(金) 友達と昼食

友達がお昼ご飯をご馳走してくれるとのことで、仕事が終わったあと直行した。
何を食べさせてくれるの?ときくと、なにやらよくわからないが米の粉で作ったアジア風の麺なのだそう。わくわくしながら待っていると、透き通ったような、でも素麺やパスタとはまた違う感じの麺がでてきた。唐辛子のスープに挽肉を味噌で味付けしたものとモヤシがのっている。
いただきまーす。と口に入れたらなかなかの味。麺もつるつるしてこしがあって食感がすごくよかった。アジアではこういう麺が結構多いのだそう。おいしかった。

食後、久しぶりに会ったのもあっていろいろなことを話した。この友達は山男ならぬ山女で大学時代、しょっちゅう山登り、沢登りに明け暮れていたという人で(一年のうち130日は山行していたとのこと)、もう少し余裕ができたら一緒に山いこうよ、とそんな話で盛り上がった。大学では山岳部、ワンゲル部、ハイキング部、野草を愛でる会、野鳥観察の会だの、山関係でもいろんなサークルがあったみたいで、彼女が所属していたのは、沢登りなんかをメインにしたワンゲル部だったそう。
wandervogelというのはもともと渡り鳥を意味する言葉で、渡り鳥のように自然と一体化して山野を歩こうじゃないかという感じで20世紀初頭のドイツで使われるようになった言葉らしい。山登りというと、ハードな世界を想像していたのだけど、楽しみ方はひとそれぞれだという彼女の言葉を聞いて、少し山登りが身近に感じられた気がした。
歩くのはもともと好きなので、もう少し体力をつけて本格的にやってみようかなと思っている。





2003年05月15日(木) 無題

仕事休みの一日。
特に何もする予定がないので、ふらっと街へでかけることにした。
いろんなところをまわっていろいろ買い物をする。黒のストレートのpants、ベージュの皮のスニーカー、白地で小さく柄の入ったTシャツ(ベネトン)、などなど。あと、漬け物の専門店にいって粕漬け用の粕も買う。漬け物は結構好きな方。特に酒粕で漬けたものが好きでいろんなものを買ったりしている。買った粕と同じもので漬けた胡瓜とか茄子、筍があって、親切な店員さんが少しずつ試食させてくれた。とても美味しかった。同じようにうまく漬けることができるといいのだけど。がんばってやってみよう。

お昼ご飯はいつもよくいく魚料理専門のお店。銀だらを特製のたまりでつけたものを頼んだら感動的なおいしさだったので、連れ合いとコドモにも一切れずつ買う。一切れ750円。おいしいものはやっぱりそれ相応の値段がするみたいだ。

昼食後はお気に入りの本屋へいって、数え切れないほどの本を眺めながら過ごした。何冊か買いたいなあと思う本があったのだけど、すでに使えるお金が底をついていたので今回は見送ることに。後ろ髪をひかれながら本屋を後にした。

買い物袋をいくつも抱えながら帰宅。
久しぶりに買い物欲を満たせた一日だった。



2003年05月14日(水) 左手の薬指には

久しぶりに結婚指輪をはずしてみた。
(別に特別な理由があってはずしたわけではないので誤解無きよう)
金属アレルギーのせいか、指輪に密着している部分が気になったりすることが時々ある。もともと装身具を身につけるのがあまり好きな方ではなくて、ネックレスもブレスレットも指輪も時計もイヤリングも必要な時以外あまりつけない。
例外はピアスと(ただし体にあうものだけ)結婚指輪で、特に結婚指輪はもう指の一部になっているくらいの感覚なので滅多に気にはならない。でも時々思い出したように気になるときがある。それが金属アレルギーのせいなのかほかに理由があるのかよくわからない。とにかく、いつもは全く気にならないものがなぜか無性に気になって仕方なくなる。
で、はずしてみた。
何だかすっきりした。
何だか体が軽くなったような気がした。
そんな感じで半日ほど過ごしてみた。
が、しかし。
しばらくの間感じていた開放感みたいなものが、時間がたつにつれて変な違和感に変わっていった。無意識のうちに指輪をまわす癖があるのだけど、指輪がないのでまわしようがなかったりする。そのたびに、あそういえば指輪してなかったんだった・・とますます指輪をしていないことが気になってくる。
その違和感に負けて、また指輪をはめた。
これを書いている今も左手の薬指にある。
考えてみると結婚から今まで13年と2ヶ月23日の間、ほとんどこの指輪はわたしと一緒だったのだ。良くも悪くも、この指輪はそれだけの存在感を持っているのかもしれない。

これからたぶん、死ぬまで一緒なんだろう、そう思うと少しふらっとしそうだけど、少しずつ時間を積み上げていくように、一緒にうまくやっていこうと思っている。


2003年05月11日(日) 児童書

「片目のオオカミ」 ダニエル・ペナック(白水社)
「庭を出ためんどり」 ファン・ソンミ(平凡社)
「ぼくはアフリカにすむキリンといいます」」岩佐めぐみ(偕成社)
「黒いヴァイオリン」」 ウルフ・スタルク(あすなろ書房)
読了。
コドモの学校には毎日読書タイムというのがあって、20分間それぞれが選んだ本を読むことになっている。
どんな本を読もうかな、とコドモがいうので図書館へいって児童書をいろいろかりてきた。その中で良い本だなあと思ったのが上にあげた4冊。

児童書なので内容はすごくわかりやすい。「庭をでためんどり」なんかは250ページくらいあるのだけど集中すれば1時間くらいで読めてしまう。でも中身はとても興味深くて読んだ後いろんなことを考えさせられる。
それと、挿画が多く描かれているのだけどそれがこの4冊は素晴らしかった。文章のために描かれたような絵だった。たぶん、その絵を描いた人はその本のことを深く理解し、その内容に共鳴したのだと思う。そう思わせるくらい文章と絵が調和していた。とくに「庭をでためんどり」は最初、挿絵に惹かれて手に取った。どことなくKさんの描く絵にタッチが似ているような気がしたのだけど、どうかな。
とにかく素晴らしかった。

コドモはこの中の「片目のオオカミ」を今読んでいる。
何かを感じ取ってくれたらと思う。


2003年05月10日(土) 無題

冷やっこの薬味に万能葱を買ってきて、さあ刻もうとおもったらニラだった。
疲れてるみたいだ。


2003年05月08日(木) 連れ合い、その後。

今日も連れ合いの調子はあまり良くない。朝ふらふらしながら学校へ行ったと思ったら、お昼前に帰ってきた。まだ頭がふらふらして気分が悪いそうだ。
自業自得とはいえ、さすがに少し可哀相になってきた。少しだけど。
職場のことは気にせずゆっくり治すようにと校長先生が言って下さったみたいで、今週いっぱいお休みすることになった。

「おまえより、校長先生や他の先生の方が優しくしてくれたぞ」と連れ合い。
「へえ、そう。」とわたし。
「ねえ、もうちょっと優しくしてくれよー」と連れ合い。
「甘えるんじゃない」とわたし。

それでも、連れ合いの言うがままに白桃の缶詰だのナタデココだのプッチンプリンだのアイスクリームだの(甘くて冷たいものなら食べられるのだそうだ)買ってきてあげたり、お医者さんまで薬を貰いにいったりしている。十分優しいじゃないですか。ねえ?
でも、コドモが病気になったときとは明かに態度が違うなあと自分でも思う。そりゃあ違うよ、やっぱり。

あーもう。とにかく早く治って欲しい。はやく治ってくれー。


2003年05月07日(水) 熱発、説教、良い薬

連れ合いのおたふく風邪がいまだに治らない。
発症したのは先月の末だから、もう10日近くになる。
最初は頬と耳の下が脹れて痛む程度で、コドモのときよりも軽く済みそうだと思っていたのだけど、GWの最終日にいきなり熱が出た。なんで熱がでたかというと、実はそれなりのわけがある。病み上がりだというのに地元の祭り(5月3,4日)に参加したのだ。(やめときなさいと強く言ったにもかかわらず)しかも4日は家に帰ってこなかった。そして5日の夕方、寒気がするというので熱を測ってみたら、38度9分。もう、なにやってんだか・・という感じで怒りのボルテージが上がりっぱなしである。

「大人のくせに自分の健康管理もできないの?」
「喉元過ぎれば熱さを忘れるってあなたのためにあるような言葉だよね」
「コドモよりたちが悪いと思うよ。コドモは少なくとも人の言うこときちんと聞くからね、あなたと違って」
アイスノンを取り替えたり額に冷たいタオルをのせたり薬を飲ませたりしながら容赦なく説教する。
連れ合いは熱と痛みとわたしの説教のトリプルパンチでかなり参ったようだった。
人の言う事を素直に聞かない連れ合いには結構良い薬だったかもしれない。

今日の夜になってやっと熱が平熱近くに下がってきた。明日は学校にいけるかどうか・・いけるといいのだけど。


2003年05月03日(土) 姪っ子

さて、3連休。
明日は弟の子どもたちがあそびにくる。
5,6,7歳の年子で3人とも女の子。
一緒にお祭り(潮干祭という祭りがやっている)行って風船つりでもしようかなと思っている。

普段男の子としか接してない(コドモ、コドモの友達)ので、女の子と遊んだり話をしたりするのはすごく新鮮で楽しい。
膝にのせて本を読んであげたり、お姫さまの絵を書いてあげたり(女の子はお姫さまの絵が無性に好きなのだ)髪の毛を編込みにしてあげたり、などなど。
女の子はわりあいおとなしくて静かだ。
男の子はそうはいかない。ゲームの相手を無理やりさせられたり(いつも負ける)キャッチボールの相手をさせられたり、腕相撲の相手もさせられる(これはまだまだ勝てる)かなり体力がいるのだ、これが。
まあどちらもそれなりに楽しいのだけど。

明日は普段遊べない分、こころゆくまで一緒に遊びたいと思う。


2003年05月02日(金) 無題

連休があけたら観にいきたい、と思っている映画、
「アバウト・シュミット」
Hさんに教えてもらったシュミット度チェック(公式HPにあります)やってみた。なんと80%。
(TVひとりつっこみにコートの下パジャマなんて日常茶飯事だし・・)
これはよろこんでいいものなのか、それとも憂うべきことなのだろうか。
わからない・・

それにしてもジャック・ニコルソン、いいよなあ。
映画、非常に楽しみ。


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